影が薄いからと辺境に飛ばされた【英雄】のバフ使い、村の修道院で人助けしながらゆっくり暮らします

名無し

一話


「よくぞ余の元へ参った、我が国の誇りである【英雄】たちよ!」


 豊かな白髭を蓄えた国王の賛辞によって、【英雄】が集められた謁見の間は今にも割れんばかりに沸き上がっていた。


「これ! そこの怪しいやつ!」


「え、え? 僕?」


 王の前で額突いていた【英雄】の一人が親衛隊の男に指摘され、びっくりした表情を浮かべてみせた。


「そうだ、お前だお前! 何故お前のような一般人がこのような神聖な場所にいる!?」


「い、いや、待ってよ。僕、シャドウ=ベルリアスっていって、これでも一応【英雄】なんだけど……」


「なっ……!? シャ、シャドウ様でしたか! こ、これは失礼!」


 真っ青な顔でひざまずく男に向かって、シャドウは苦笑いを浮かべながら『いいよいいよ』と優しく対応してみせる。


(まあ、しょうがないよね……)


【英雄】ではないと思われるのもそのはずで、シャドウは煌びやかな衣装で自身を着飾ることもなく、偉ぶって周りを威圧するような態度も取らず、一般人然とした佇まいを保っていたためだ。


 なんとも異様な空気が立ち込みる中、『あんな影の薄いやつが本当に【英雄】なのか?』、『何かの間違いじゃ?』、そんな疑念に満ちたひそやかな声が次々と漏れ出す。


「これこれ! 無礼であろう! まあ、余にも少し思うところはあるが……オッホン」


 王がシャドウに対して眉をひそめつつ咳払いをしたのち、さらに言葉を続けた。


「これより【英雄】たちに報酬を与える! グレンデ=アノーザ、前に出よ!」


「ははあっ」


 恭しく前に出たのは、彫刻を思わせる整った容姿を持つ美女だが、同時に氷のような印象も持ち合わせる人物だった。


「至高の弓使いであるお主は、二つ名『神に祝福されし蜂』を持つほどに、回避能力、および弓矢で敵の急所を捉える能力は群を抜いており、ここまで無敗、掠り傷一つないと言われている! それゆえ、国の北部を任せる!」


「ありがたき幸せであります!」


「おめでとう、グレンデ――」


「――お黙り! ……はー、北部か。治安は悪くないし広いけどねえ、隣国との国境付近なんて面倒臭いったらありゃしないよ。金魚のフンのシャドウが死んだらいいのにさあ……」


(なんで僕が責められなきゃいけないんだ……)


 小声で愚痴を吐くグレンデをシャドウが恨めしそうに見やる。


「オッホン。次――!」


 続いて王様に呼ばれて前に出たのは、オルダン=リックフォールという髭面の剣士の男。『爆発する剣』の異名を持つ最強のソードマンであると説明を受けたのち、国の南部を与えると宣言された。


「ありがたき幸せええぇっ! ……あーあ、国の南か。海が近いのはいいがクソ田舎じゃねえか。あ、祝福の言葉はいらねえからとっとと死ねよ、シャドウ……!」


(僕まだ何も言ってないんだけどなあ……)


 八つ当たり気味にオルダンに凄まれ、肩を竦めるシャドウ。


 オルダンの次に名前を呼ばれたのは、ルミーナ=ラトリアムという少女だ。『不可侵の領域』という異名を持つ最高の魔法使いであり、国の東側を任せるというものであった。


「お、王様ぁ! わたしぃ、とっても幸せですううぅ! チッ……どうせなら中心部がよかったのにぃ。疫病神のシャドウ、お願いですからあぁ、さっさとくたばってくださいぃ……」


(だから、僕のせいにされても困るって……)


 ルミーナからもこれでもかと敵意をぶつけられ、疲れた顔で溜息を零すシャドウ。


「次――!」


 四人目はバラム=ゾリングス。『デモンズヒーラー』という二つ名を持ち、聖なる力だけでなく悪魔の力も借りているといわれるほど、卓越した治癒力を誇る最上の回復師である。


「ははあっ、誠に恐悦至極であります」


 王様から国の中央付近を与えると宣告され、さも当然のようにクールに笑ってみせると、穏やかな表情でありながらも虫ケラでも見るような眼差しをシャドウに向けた。


「シャドウ。凡庸なバフ使いのあなたが、何故今まで【英雄】の恩恵を受けられたかわかりますか? それは、あなたがパーティーの古株だからと見逃してきた私たちのおかげなのですよ。あなたのような影の薄い凡人は、王様もおられるこの華やかな場には相応しくありません。そのことはこれから証明されるでしょう」


「…………」


 バラムから諭されるように罵られ、陰鬱そうに項垂れるシャドウ。


(はあ。僕、ここにいちゃいけないのかな……。みんな、最初の頃はとても優しかったのに。どうしてこうなった?)


 霞んだ真っ赤な絨毯を見ながら過去を思い返すシャドウ。今はどこかへ雲隠れした師匠がこう話していた。


『シャドウよ、お前が生み出す殺気と能力はあまりにも強すぎるのじゃ。もしそれを制御せずに生きるなら一生孤独でいなければならんじゃろう。強すぎる力は、それを押さえつけようとする力を生み出してしまうものじゃからのう。それゆえ、たまにガス抜きする程度にしてなるべく人には見せないようにしなさい』と。


 その教えを、シャドウは徹底して守ってきた。たまに人気のない場所でストレス発散することはあっても力を誇示することなく、一介のバフ使いとして謙虚に生きてきた。なのに、今やほかの【英雄】たちから無能同然だと軽蔑され、針の筵状態なのが信じられなかったのだ。


「――最後に、シャドウ=ベルリアス! お主には国の西側を任せる!」


 王様がそう告げたことで、周囲からざわめきとともに失笑や哀れむような声が飛んできた。


「ははあ、ありがとうございます、王様」


 シャドウはひれ伏しつつ笑顔で受け取ったものの、これは文字通りの左遷であり、残酷な刑罰といっても過言ではなかった。


 そこは辺境中の辺境であり、凶悪なモンスターや盗賊たちが蹂躙跋扈し、住民への被害が頻発する魔境だったからだ。


 国から見捨てられた場所ともいわれており、現在では城壁よりも高い壁を周囲に作られているため、国の許可がないと勝手に出入りすることもできない。


(けど、僕にはちょうどいい刺激になる。なんにもないような場所だからストレス発散できるし、心の傷を癒すついでにのんびり暮らすにはうってつけだしね)


 シャドウが悔しかったのは、左遷されたことではなかった。今まで一緒に過ごしてきた【英雄】たちの、その心の片隅にさえも自分が存在してはいなかったという事実だ。


(さよなら、グレンデ、オルダン、ルミーナ、バラム……)


 シャドウがこれ以上ない危険地帯へ赴くことになり、この日を境にして【五人目の英雄】の記録は、彼を疎ましく思う者たちの声に押される格好で、王の命令によって抹殺されることになる。

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