第22話:文芸部VS生徒会

「廃部だと? 何言ってるんだ」

「部活定例会で決まったことだよ。文芸部は何の成果も生み出していない」

「成果のあるなしで、廃部決定する有無はないと思うんだが?」

「そもそもだけどね、正式な部活動には三人以上の部員が必要なんだ。でも、お得意の歴史と伝統とやらで、文芸部だけは存続が認められてきた。だけど、そんなものおかしいと思わないかい? 君たち若者は心のなかで思ってるんじゃないかな? 誰かを特別扱いするのはおかしいって。面倒な風習や規則はおかしいって。自分たちに押し付けるなって」


 それなのに、と呟きつつ、白銀髪の少女は不敵な笑みを浮かべて。


「不都合が起きたときだけは、自分の主張を押し付けてくる。ナンセンスな生き物だよ、人間というのは。ただの欲望の塊じゃないか。ボクだってね、ただ文芸部を潰したいだけじゃないんだよ。学園全体の幸せを願ってのことなんだ。完璧な平等を与えたいんだよ」


 特例で存続を認められている文芸部は悪の象徴ってか?

 特別扱いを受けている文芸部を潰さないと、学園は平等にならないってか?

 生徒の上に立つ生徒会長らしい、正義感溢れる主張だな。ご立派すぎるよ。


「ボクは生徒会長として、この学園に不平等を起こしてはならないと思っている。生徒全員が平等に、同じ権利を持てるようにしたいんだ。そのためにも無駄なんだよ、文芸部は。何の成果もなければ、何の貢献もできない。ただの邪魔で、お荷物な部活動なんだよ」


 白翼月姫は断言して。


「副会長、お願いします」


 彼女の隣に立っていた堅物女子が一歩前に出てきた。手には分厚い辞書みたいなものを持っている。どうやら学校の細かいデータが入っているようだ。


「文化祭の部誌発表以外では、文芸部は一切活躍しておりません。ましてや、部誌も数十冊程度を無料で配る程度。部室には大量の私物が持ち込まれ、外から見れば、ただ遊んでいるだけとしか言いようがありません」


 眼鏡をクイッと持ち上げて。


「佐倉海斗さん。あなたはもう部活へ通っていませんよね? 実質幽霊部員ですよね? そんなあなたが文芸部廃部に、何か口出しする権利があるんですか?」


 遊んでいる。

 そう言われてもおかしくないほどに、文芸部は何の結果も生み出していない。

 それは事実だ。でも俺は黒羽先輩に教えてもらったことが山ほどあるのだ。

 だからこそ——。


「さっきの発言取り消してもらってもいいか? 文芸部は無駄っての」


 威圧的な態度を示したせいか、月姫は目を大きく見開いている。

 流石は幼馴染みだ。

 俺が久々にキレていることを知り、驚いているようだ。


「黒羽先輩と過ごした文芸部の日々は、決して“無駄”と言われるものじゃない。俺たち二人が言うならまだしも、部外者からとやかく言われる筋合いはない。取り消せよ、今の言葉」


 感情を表に出すのは苦手だ。

 言葉一つで、相手を傷付けてしまうからだ。

 でも、今はそんなの関係ない。


「残念だけど、取り消さないよ。ボクが目指す理想の学園を作るために」


 月姫は付け加えるように。


「でも、そんな反抗的な態度を取ってもいいのかな? ボクに逆らうということは、この学園全体を敵に回すってことだよ? カイトだって知ってるだろ? ボクが圧倒的なカリスマ性を誇って、この学園の頂点に君臨していることぐらいさ」


 白翼月姫が言っていることが正しい。

 俺たちの言い分が、明らかにおかしいのだ。

 特例を認めて、部活を存続させてくれ。

 そんなことを言っているのだから。

 どっちが正義で、どっちが悪か。

 そんな話をすれば、簡単に決着がつくだろう。

 それでも——。


「ちょっと待ってください! 正式な部活動には三人必要なんですよね? それなら、わたしが入ります! わたしが文芸部に入部します!! だから、全部解決ですッ!」


 俺が言いたいことを言おうとした瞬間、横槍が入った。志乃ちゃんだった。

 俺と月姫の間に突然入り、入部宣言したのだ。

 これで認められるのかと思った矢先、月姫は「ふふふふ」と笑みを漏らして。


「三人の部員が集まったから存続できる。そーいう問題じゃないんだよ? 分かるかな〜? 文芸部の活動は目に見えないんだよ。実績が何もない。それが大問題なんだ」


 それにね、と続けるように。


「他の部活動から多くの苦情が届いているんだよ、文芸部は。特別扱いしすぎだって。オレたちの大切なマネージャーを奪うなって。ただイチャイチャするだけならさっさと廃部にしてくれ。うらやまけしからんってね」


 他の部活動ってアイツらのことか……?

 志乃ちゃんにしつこくマネージャーになってくれと懇願してた奴等か?

 可愛いマネージャーを確保できずにイライラが止まらなかったのかな?

 ったく……面倒な真似をしてくれたもんだぜ、全く。


「失礼しましたー」


 生徒会室の隣。

 職員室から出てきたのは、オリーブオイルのように透き通った髪の少女だった。

 春休みの宿題を無事に提出できたのか、ニコニコ笑顔だ。普段からあんな表情を見せれば、もっと男子にモテるのではないかと思ってしまう。いつもはツンツンしているし。


 それにしても、アイツ張り切って部活に行ったんじゃなかったっけ?

 白翼月姫脚本の演劇だから練習しなきゃとか言ってし。

 ん、ちょっと待てよ……。


「なあ、月姫。文芸部が実績も何もなく遊んでるから許せないんだよな?」

「そうだよ。遊んでいる部活動を取り締まらないわけにはいかないからねー」

「なら話は簡単だな」


 俺はそう呟いてから。


「演劇部部長〜! こっちに来てくれないか?」


 俺の呼び声を聞き、金髪の少女が振り向いた。

 そのまま俺たちの元へと来てくれた。


「で、何? てか、この状況何なの?」


 突然呼び出されたことに驚きを隠せない金枝詩織。

 実は、彼女は演劇部部長なのだ。

 で、次の講演では主役を務めることに決まっているらしい。


「月姫、今度の舞台で演劇部の脚本を担当するんだよな?」


 呼び出して申し訳ないのだが、金枝は一旦無視。

 月姫の冷めた瞳を見据えて、俺は訊ねる。


「うん。そうだけど何?」

「文芸部と勝負しないか?」

「何が目的?」

「文芸部が勝ったら廃部取り消し」

「もしも、ボクが勝ったら?」

「俺が生徒会に入る。お前の好きに扱ってもらってかまわない」


 数秒間の沈黙が起きた。

 生徒会に入るのを、今まで俺は何度も断ってきた。

 でも、今回ばかりはリスクを負わないといけない。

 たった一人の大切な先輩を守るために。彼女が愛した部活を守るためには。


「ダメよッ! そんなこと許されないわぁ!」


 役目を終えた線香花火のように黙っていた黒羽先輩が口を開いた。

 と、思いきや、俺への説教を始めてしまう。


「これは私と生徒会の問題。だから、海斗君が思い悩む必要なんて」


 黒羽先輩は、俺のことを思って言ってくれているのだろう。

 生徒会に入るということは、月姫の下につくということだ。

 残りの学校生活を全て捧げることになるだろう。

 つまり、それは——。


「カイトにもう二度と小説なんてくだらないものを書くなと命じてもいいの?」

「あぁ、お前が勝ったらな。俺は何でもお前の言うことを聞いてやるよ」

「ふふっ。面白いね、カイト。交渉成立だ。正々堂々と戦おうじゃないか」


 文芸部VS生徒会の対決が決まった。

 だが、その前に。


「ルールの確認をしよう。どうやって勝敗を決めるんだい?」

「白翼月姫よりも面白い脚本を文芸部が書き上げる。それだけだ」

「どちらが素晴らしい脚本なのか。それを決めるのは?」

「んなもん、簡単なことだよ」


 呼び出したまま、全然話を振らなかった金髪ギャルへと俺は指を向けて。


「演劇部部長——金枝詩織に決めてもらおうか。どっちが素晴らしい脚本なのか」


「えっ……? あ、あたしッ……?」


 名前を呼ばれて思わず声を出してしまう金枝詩織。


「あたしが決めるの……? うそ、うそ……そんな大事な役目なんて」


 自分を指差しながら戸惑う金髪の少女。

 その隣でぷるぷる震えていた黒髪ロングの先輩は宣言する。


「勝手に話を進めないでもらえるかしら? 私が文芸部代表として戦わせてもらうわ」

「残念ですけど、俺が文芸部代表です。喧嘩を売ったのは俺ですから」


 バチバチといがみあう俺たちを見てか、生徒から絶大な支持を受ける才女は言う。


「いいよ、二人が相手でも。ボクがぶっちぎりで勝つからさ。無駄な努力をしてくれ」


 それにしても、と雪のように白い髪を持つ少女は口端を歪めて。


「黒羽先輩もお行儀が悪いですね? あのとき、圧倒的な才能差で負けたのに」

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