第10話 孤児院と書いて〇〇〇と読む 1

「おじいちゃん!……助けて!……ニコとギュンターが!」


「ミレ!……酷い怪我をしてるじゃないか!大丈夫か?」


「そんな事より早く西の大通りに!……ニコとギュンターが貴族に殺されちゃう!」


 普段は無表情で大人しいミレがこんなに慌てているのは初めての事だった。可愛い顔が腫れて虎模様の耳も片方が少し裂けていて痛々しくて、直ぐにでもシスター達に治療を頼みたいのだが、済まないミレ。どうか無事でいてくれニコラウス、ギュンター。とにかく急いで案内を頼んだ。


 この孤児院のどの子も私にとっては我が孫の様に可愛くて大切だ。貴族が相手だろうが何だろうと守る事が出来るのならこの老骨じじいの命など如何でもいい。ミレに見習いシスターを付け現場に着いたと同時に、直ちに衛兵詰所に彼女を抱えて走って逃げる様に厳命した。





「……これで終わりか?」


 ようやくたどり着くと、膨大な魔力と殺気を纏った少年が一人で立っていた。正しくはその化け物の周囲が広く空けられていた。西の大通りは賑わいを忘れ大衆は静まり返っていた。

 特に恐るべきはその10歳程にしか見えない容姿の少年の目つきだった。周りに転がる十数は超える屍を只の物体としか捉えて居ない。それは昔従軍した時に見た事がある。血で血を洗う戦場に慣れた戦士にしか出来ない無機質で冷徹な目だった。しかも未だに新たに向かって来る敵を想定して一分の油断もしていない。


 万が一にも敵と認められてしまうのが恐ろしくて身動きも出来ず、声も発せられない。おそらくこの場に居る大衆の全てが私と同じ状態なのだろう。ミレとこの場から逃げる筈の見習いシスターも、小さなミレを抱きかかえた侭固まっている。

 それでもニコラウスとギュンターの安否を確かめねばと見廻すと、少年の少し後ろに二人は並んで横たわっていた。ボロボロな姿だが幸い腹が上下していて呼吸をしている様子だった。……ああ!良かった!


 その時。10人程の衛兵隊が現れた。


「暴れている不埒な輩とはお前だな!……う!!……何という惨状だ……大人しく武装を解き縛に着け!」


「俺は理由も聞かれずに賊として捕らえられるいわれはない。それに武装も何も見ての通りナイフひとつ持ってはいないんだがな?」


 落ち着いた言葉や所作には見た目の年齢では有り得ない程の老獪な高位の貴族の様な威厳と気品があった。しかもこんな場面だというのに。動揺した衛兵が思わず出してしまったお決まり事の武装解除の言葉を、流してやらずに皮肉で返すのにも程がある。


 今まで誰もが殺気に当てられていたせいで気に留める事が出来なかったが、よく見れば、周囲の惨状を起こしたにも関らず、仕立ての良い貴族服には目立った汚れすら無いのが恐ろしい。

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