第4話 反省

 勇人が目を覚ますと、赤眼の瞳を周りに向け状況を把握し始めた。


 周りは西洋の屋敷の中をイメージさせる内装。廊下が真っすぐ続き、床には赤いカーペットがひかれ、壁には外が見えるはずの窓が取り付けられている。だが窓を覗き込んでも意味はなく、外に広がるのは闇。

 夜だからなどではなく、黒一色な空間が広がっており、入り込んでしまえばもう抜け出す事が出来なくなるとそう錯覚させられる。


 勇人が落ち着きながら周りを見渡していると、廊下の奥から人の足音が聞こえ始めた。

 一人の足音しか聞こえず、その足音はどんどん大きくなる。


「きたか」


 廊下の先から、一人の女性が息を切らしながら走って来ていた。


「た、助けて!!! 何かが、何かが追いかけてくる!!!」


 顔を青くし、転びそうになるのを耐えながら勇人へと走る雫。

 やっと追いつくと、彼の後ろに隠れ、服を掴み助けを求めるように縋った。そんな彼女の様子に、勇人は呆れたように肩を落とし前へと向き直す。


 静かな空間に広がる気配。肌に刺さる感覚に、勇人は眉を顰めた。すると、雫が大きな声を上げ、勇人は肩を震わせた。


「き、きたぁぁぁぁぁあああ!!!!!」

「っ、来た?」


 勇人の服を掴む手は震え、顔は背中に埋める。今にも力なく崩れ落ちそうな彼女の姿に、本当に何かが近づいて来ている事を理解した。


「…………やはり、私には見えませんね…………。仕方がない、


 諦めたように肩を落とし、勇人は右手の中指と親指で”パチン”という音を鳴らした。


 彼に応えるよう、隣に赤黒いモヤが出現。そこから姿を現したのは、キョトンとした顔を浮かべた凛だった。


「え、ここって――――でたぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」

「凛、凛!! こっちこっち!!」


 勇人が笑顔で凛の名前を明るく呼んだ。


「え、あ、鬼神さん!! これは一体!!」

「私の事は”勇人”って、呼んでほしいな」

「今はどうでもいいです!! これは一体何なんですか!?」


 凛の視線の先にいるのは、複数の女の生霊。恨めしそうな顔を浮かべている人や、怒りを露わにしている人など。数十人と沢山、雫を睨みつけている。


「何人くらいいるんだ?」

「本当に見えないんですか!?」

「見えていたら君をここには呼ばないよ? 危ないからね。でも、大丈夫。見えなくても必ず私が守るから、離れないでね」


 横に近づいて来た凛の肩に手を置き、自身に引き寄せる。

 凛は顔を赤くし、咄嗟に彼を見あげた。


 勇人は真剣な面持ちで、目の前にいると思っている女性達を見ていた。


 彼の目には女性達は映らない。


 それでも、まるで見えているかのように振る舞い声をかける。


「君達の欲しいモノは何ですか? 何を求めているのでしょう」


 優しい彼の言葉に、中心に立っていた女性が勇人の後ろを指さす。

 凛が咄嗟に後ろを向き、彼女の視線を見た勇人が「やっぱりか」と呟く。


「私の後ろにいる女性は貴方達に何をしたのでしょうか」

『その女は、私の彼氏を、奪った』


 一人の女性の憎しみの声に続き、他の女性達も次々に口を開く。


『私も』

『私の彼氏も』

「私だって』


 怒りの込められている声が三人が立つ廊下に響き渡る。

 凛と雫は声に耐えきれず耳を塞ぎ、涙を零す。


 強く目を閉じ耐えていた凛の耳に温かく、大きな手が重なり、声が聞こえなくなった。

 その手は勇人の物で安心させるような優しい笑みが凛の視界を覆う。


「大丈夫。君は、大丈夫だから」


 安心させるような声に、安堵の息を吐く凛。今だ苦しんでいる雫に、勇人は優しい笑みを消し、軽蔑するような瞳を浮かべ見下ろした。


「君は、本当に最低だね。人の恋心を奪い、幸せを蹴り落とし、自分は上へと上り詰めた。だが、それも飽きればまた違う山を登る。友人の彼氏が山、蹴り落としたのは元カノ。自分の顔が整っているからって、男を奪うのは良くないと思うよ。まぁ、君に揺らいでしまう男も男だけどね」


 今もまだ周りの音を遮断しようとしている雫は耐え切れず、膝から崩れ落ちてしまった。それでも女性達の声は鳴りやまず、雫を苦しめる。


「君が心から謝罪すれば、許してくれるかもしれないよ。まぁ、女心は私にはわからないから断言は出来ないけど。謝罪する意思はある?」

「ある!! あります!! だから助けて!!」

「…………これは無いかなぁ。仕方がない。まぁ、凛の友人だから、これくらいで許してあげようか」


 息を吐き、ローブの内側に手を伸ばす。


「君達はもうお帰りなさい。体に戻れなくなってしまいますよ。さぁ、こちらを通ってお帰りよ」


 ローブから出した手には、何も書いていない長方形の紙が握られている。


 先程の時雨と同じく、親指を噛み血をお札に押し付けた。すると、赤い扉の模様が描かれ始める。


 勇人がお札を前方に投げると光出し、女性達を包み込む。抗うモノはおらず、全員、光に誘われるように姿を消した。


 見届けた三人は、何もない空間を見続ける。恨みの言葉を放って消えた女性の声がいまだ耳に残り、雫は床に這いつくばり息を整えていた。


「…………だから、やめてって言っていたのに……」

「…………しょうがないでしょ、人の持っている者は欲しくなるんだもん。仕方がないじゃん!!」


 興奮気味に叫び怒りを露わにする雫に、凛は軽蔑した。


「何よ、なによその目は!!! 私にそんな目を向けないで!!」


 勢いのまま立ち上がり、凛を殴ろうと右手を振り上げる。だが、すぐさま勇人が反応し腕を掴み、床にたたきつけた。


「やっぱり、君は反省していないね。しょうがない、このまま閉じ込めてやろう」

「――――は?」


 雫の頭を鷲掴み、無理やり目を合わせた。


 勇人の赤眼に映る雫の顔は、驚きの表情。




「楽しみなはれ、闇に潜む悪夢の中で――――…………」

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