入学式は悪友を呼ぶ

 それから、僕らは空席についた。なお、座席は出席番号に基づく並行式であり、偶然にも僕の左隣に佳菜が座ることとなった。


「生徒諸君。私が1年A組の担任を務める麻切あさぎり燈子とうこだ。科目は日本史を担当している。これから偉大なる日本国についてしかと学んでもらおう」


 この段階で既に確信していたが、この教諭は右に曲がっているらしい。ちなみに、左に曲がる人は毎朝のごとくを拝んでいることだろう。

 ……そろそろ危ない。まあこの麻切教諭が全部悪いということでいいだろうか。



 それから、入学式について軽く説明があり、入学式の進行はつつがなく進んだ。とはいえ、不満が2つほどある。


 第一に、校長の話がやはり長い。5行で終わる話に15分もかけるんじゃねえ。何が「努力が必要だから努力しなければならない」だ。そういえば校長の名前は大泉といったか。小さくないのか。

 第二に、新入生代表の挨拶を入試の成績がトップの奴に無理やり押し付けるのはいかがなものか。世の中、試験の成績がすべてじゃないんだぞ。



 かくして、入学式が終わって目をこすりながら教室に戻ると、また担任による注意事項がつらつらと述べられる。


「というわけで、明日からはくれぐれも遅刻をしないように。分かったか島原」

「それは定刻までに着席するということでよろしいですか?」

「当たり前だ!!」


 また逆鱗に触れてしまったらしい。まだ年は行ってなさそうに見えるが、更年期というものだろうか。



 そうしてほどなく解散となるのだが、教室の中はどこかがやがやとしている。もう既に新たな友達を作りにかかっている人々が意外と多いということだろうか。

 僕はそんな彼ら彼女らの姿を横目に教室を後にしようとする。友達なんてなるようになるものだろう。わざわざ焦らなくとも、友達百人くらいなら容易に作れるはずだ。



「お、もう帰るのか?」


 刹那、後ろの席から話しかけられた。

 振り返ると、そこにいたのは金髪を赤のヘアバンドでまとめた、美形ではあるもののいかにも軽そうな男子であった。これが日常ラブコメものであれば報われない悪友ポジに落ち着くやつだろう。そして、この作品は日常ラブコメものであるので、コイツは報われない悪友になることだろう。


「まあな。自由市民は家に早く帰らなくてはならないって条例で定められてるから」

「どこの条例だよ」


 とりあえず帰る理由を適当に答えたのだが、あまりにも適当過ぎたみたいだ。まあ、僕が自由市民としての自負を持っているというのは紛れもない事実である。とかく、この世は生きづらい。


「それで、僕に何か用か?」


 ユートピアの話は置いといて、もう少し現実的な話をしよう。


「いーや、なんとなく大物感がしたから人脈作っとこうかなって……。あ、オレ須藤すどう泰斗たいとな」


 この暫定悪友の名前は須藤泰斗というらしい。


「大物感って……。僕のことか?」

「だって大物だろ。入学式から遅刻して担任教師を軽くあしらった挙句に新入生代表の挨拶をするんだから……」


 それは僕という人間の都合のいい部分のみを切り取っているに過ぎない。元来、僕はどこにでもいる平凡な人間であり、それこそ辞書の「平凡」の項に僕の名前が掲載されてないのが不思議なくらいである。第八版には説明も変わってくるだろうか。


「そういえば、新入生代表の挨拶って、やっぱ入試の成績で決まるのか?」


 という弁明をする前に、他称「悪友止まり」の彼は別の話題を提供しやがった。


「おそらくそうだろうな。実際にその因果関係について説明されたわけではないが、学園が僕に新入生代表の挨拶を押し付けたことと、僕が入試でトップの成績をとったということは事実だから、総合的にそうだろうよ」


 ちなみに、入試の順位が分かるのかというツッコミをしてくる読者がいることも想定内なので答えておくと、入試の順位などは公式には開示されていない。ただ、点数が開示されており、それゆえに自分の順位が分かるという具合だ。

 詰まるところ、全教科で満点をとれば必然的にトップになるというわけだ。


「ほえー……。頭良すぎてネジ外れた奴って実在すんだな……」

「それは買いかぶりすぎだ。別にネジは外れちゃいねえ。僕のネジが外れているように周りから見えるとすれば、それは僕以外の全員の目が狂ってるってことだ」


 先ほどから繰り返すが、僕は平凡な常識人である。前世の因縁という不確実なものを振りかざして従属を求めてくるどこぞやの佳菜とは大違いだ。


「そういうとこが大物感パないんだよな……」


 ただ、世の中にはえてしてバイアスが存在するものである。須藤'sバイアスからすれば、僕の大物感はパないらしい。


「ピプペポ?」

「パないってそういう意味じゃねえよ!」


 ついボケてしまった。やっぱり須藤はツッコミ気質である。


「大体、大きいだの小さいだのってのは相対的で主観的なもんだ。例えば、日本人男性からすれば身長180センチと聞けば大きいと感じるけど、西欧人からすればそうでもないだろ?」

「なるほどなるほど……。つまり、お前自身は普通の人間だけど、オレが小物過ぎるから大物感を感じるだけだってことか?」

「理解が早くて助かる」

「誰が小物だ!」


 成る程。つまり須藤は報われない悪友兼ツッコミ要因ということか。典型的なキャラクターであって、むしろ安心した。


 私立経片学園の生活も楽しいものになりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る