24ページ目 ミカン畑で捕まえて

 ノミコが居なくなってから3日が経った。

 その間、ボクとアカリはずっと探索を続けていたが、全く手掛かりが掴めなかった。


【新着メッセージがあります】

「しねくんたいくかんうらにちょつときて」


「しね。って縁起悪いな……」


 3時間目の授業終了後、アカリからSNSでメッセージが届いた。

 慌てた様子が感じとれる文面から、愛の告白ではないことは明白だった。

 もしかして、リベンジマッチか?

 ノミコの居ぬ間にボクを叩きのめそうなんて猪突猛進な彼女にしてはなかなか策士じゃないか。

 実に有効な戦術だ。


 ボクは、アカリとの因縁浅からぬ場所である体育間裏に向かった。

 

 ――*――


「おーい。椎音くーん、こっちよー」

 

 アカリが遠くで手招きしている。

 さすがに決闘では無かったようだ。

 となると用事ってなんだろう。

 まさか……本当に告白!?

 いやいやいや勘違いするなって。自分を低く見積もるんだクラマ。

 あれは曲がりなりにも学園最上級の女子生徒だぞ。ボクなんて歯牙にもかけないはずだ。

 とは思うものの、そわそわしながらアカリの元へ向かうが、何か様子が変だ。

 よく見ると体操着姿だった。

 それでいて、しゃがみこんで誰かを抱きかかえている。


「えっ! 黒崎さん?」


 そこには、先日ラノベ談義で花を咲かせた黒崎さんが、アカリの腕に抱かれていた。


「体育の授業中に見つけたから慌てて連絡したのよ。椎音くん、この子と知り合いなの?」


「つい先日ね。ノミコを探索中に知り合ったんだよ。図書室に本を運ぶのを手伝ったんだ」


「ふーん……。あたしが必死に捜索している間、この子とイチャイチャしてたんだ」


「なっ、なに言ってんの違うって!」


 急に冗談を言うアカリにボクはたじろいだ。


「それより黒崎さんは何で倒れているの? もしかして貧血?」


「違うわよ黒魔術よ。く・ろ・ま・じゅ・つ! 黒いモヤが見えるでしょ」


 黒崎さんをよく見ると全身に黒い膜のようなものに包まれていた。

 これは、ボクがクラスメイトに散々かけた黒魔術と同じ現象だった。


「てことは……」


「あの駄本の仕業ね。やっぱり誰かに拾われたんだ」


「えっ!」


 ボクは焦った。黒崎さんが黒魔術にかかったということは、ノミコを使える魔術師に拾われたということだ。

 そいつがもし、ボクのような人間だったら……。


「とにかく彼女を治療しないと!」


「そ……そうだね」


 アカリは黒崎さんの胸に手を当て呪文を唱えた。


「精霊たちよ! 彼女にまつろう闇を浄化せよ!」


 しばらくするとアカリの手を中心に光が広がり、黒崎さんに纏わりついていた靄が消えていった。


「これで大丈夫っと」


「だけど、このまま放置しておけない。黒崎さんは虚弱そうだし保健室まで運ばないと」


「ずいぶんと親切ね。まっ、いいけど……」


 ボクは黒崎さんを担ぎ、保健室へと向かった。

 4時間目の授業開始のチャイムはすでになり終えていた。


「うぅ……ん」


「黒崎さん大丈夫?」


「うぅっ。私は……世界を滅ぼす……破滅の……魔女である……」


 ネクラ魔法の影響で意識が朦朧もうろうとしているらしく、うわ言のようにつぶやいていた。

 ラノベ好きだから妄想力は高いだろうと予想していたが、やはり中二病患者だったか。


「あぁ……安らぐ……魂の……安寧……」


「そっ、そんなに抱き着かないで」


 ギューッと抱き着かれて、おとなしい彼女のおとなしくない胸のふくらみが背中を圧迫する。


「なーんか……うれしそうな顔ね」


 隣を歩いていたアカリが、冷ややかな視線を向ける。


「そそそっ。そんなことないって!」


 うそです。ホントはうれしいです。


「そういえば、こんなシチュエーション前にもあったような。あっ、峰岸さんがボクのベッドに入ってきた時だっ!」


「なななっ、こんな廊下の真ん中で、なに言ってんの!」


 アカリの時も柔らかなふくらみに至福のひとときを感じたが、黒崎さんの方が弾力・柔らかさともに上だった。

 こんなこと口にすればアカリにぶっ飛ばされそうだから黙っておくけど。


 ――*――


 保健室にたどり着くも、ミカン先生は不在だった。

 あの不良教師は、普段仕事をしているんだろうか?

 ベッドに黒崎さんを寝かせ、アカリと今後戦略を練ることにした。


「被害者が出た以上、一刻の猶予も無いわ。早く駄本と所有者を探しださないと」


「だけどノミコを拾ったヤツなんて、どうやって見つけるの?」


「そこなのよ……」


 魔術師を探索するときは相手がしっぽを出さない限り、見つけることが出来ないとアカリは答えた。ボクはどうしたモノかと途方に暮れた。


「うっ……」


 二人して思案していたところ、黒崎さんが目を覚ました。


「……ここは?」


「黒崎さん大丈夫?」


「きゃああああっ……って誰かと思えば椎音くんですか? あと……隣に居るのは峰岸さんですか? ここは保健室……ですよね。なぜ私はここに?」


「体育館裏で倒れていたから運んだんだよ」


「あっ、そう……なんですか。ありがとうございます」


「あなた、なぜ体育館裏で――」


「気分はどう? 具合が悪いならもうちょっと寝てたほうが良いよ。飲み物いる? 何か買ってくるけど」


 タイミングよく、アカリの言葉をさえぎる形でボクは黒崎さんの具合を伺った。

 すると〈ゲシッ〉っと右足のすねに衝撃と痛みを覚えた。

 どうやらアカリが蹴ったようである。


「なっ、なにするの。峰岸さん」


「あっ、ごめーん。ちょっと足が当たっちゃったぁ」

 

「そう。気を付けて」


「ところで黒崎さんは倒れた時の記憶を――」


「今は黒崎さんも混乱していると思うから無理せずゆっくり休んで」


「ふんっ!」


 さっきより強く<ゲシッ>と同じ場所に蹴りを入れるアカリ。

 イッタイなぁ。何かのサインか?


「ちょっと峰岸さん。言いたいことでもあるの?」

 

 と黒崎さんから隠れるように、後ろを向いてヒソヒソ声でアカリに問いかけた。


「べっつにー?」


「じゃあ蹴らないでよ。今は黒崎さんとしゃべってるんだから」


「そうなんだー。椎音くんは黒魔術の暴走を止めるより、彼女のほうを優先するんだー」


「誰もそんなこと言ってないだろ。目覚めてすぐで状況も把握して無さそうだから心配してるだけだって」


「ふーん。へー。そー」


 アカリは何がしたいんだ? 行動が読めない。


「あっ、あの……」


 ボク達が話しているところ、黒崎さんが申し訳なさそうに割り込んできた。


「なにっ?」


「あっ、えっと、いえ……何でもないです……」


 ちょっと怒り気味のアカリに怯んだようで、体を委縮させる黒崎さんだった。


「大丈夫だよ。峰岸さんはただ気が立っているだけだから」


「あっ、ありがとう椎音くん。でも私、倒れた時の記憶を覚えているんです」


「「えぇっ!!」」


 ボクたちは同時に驚いた。


「そうなの!? 」


「ぜひ詳細に教えてちょうだい!」


「えぇ……はい」


 やった、渡りに船だ。

 もしかしたら、ノミコを持ち去った犯人が判るかもしれない!


「だっ、だけど」


「なになに? 困りごと? ノド渇いた? 水でもお茶でもジュースでも買ってくるよ?」


「あっ、あまりにも突拍子が無くて……。妄想だと笑わないで欲しいんですが……」


「大丈夫よ。椎音くんが実は女だった。って言われてもあたしは笑わないから」


「どんな例えだ!」


 ボクはアカリにツッコミを入れつつも、黒崎さんには出来るだけ平静を装って話した。


「大丈夫だよ。ボクたちは黒崎さんの話を聞いても笑わないから」


「ありがとう。私、クラスに友だちが居ないので、休み時間になるといつも目的も無く校舎をブラブラするんです。あの時も校内でひとり散策していたんです」


 あれ? どこかで聞いたことがあるなぁ……。

 あと、とてもデジャヴとシンパシーを感じる……。


「そしたら私、見ちゃったんです。体育館裏でプカプカ浮く本と、それに喋りかけている人影を」


 それはまぎれもなく、ノミコヤツだ。


「それでその人影って誰!?」


「あっ、それは……。誰だろうって隠れていたんですが、物音を立ててしまい人影に見つかっちゃって、急に力が抜けたように意識が遠のいたんです」


「じゃあ、もしかして誰かわからなかったの?」


「すっ、すみません。顔までは見ていないんです。だけど、意識が途切れゆく中、かすかに記憶が残っていたんですが、あのだぼだぼの白衣、一目見れば忘れられないファッションセンス。間違いなく、ミカン先生……だと思います」


 意外な人物だった。

 あのミカン先生が?

 ノミコと話せるということは魔力保持者なのか?

 アカリもさぞ動揺しているだろうと表情をうかがうと、取り乱した様子もなく冷静に話を聞いていた。


「あれっ? 峰岸さん、なんで驚いていないの?」


「いや、まぁ……ね」


 歯切れの悪い回答だ。

 そう言えば初めて保健室でアカリと出会った時、ミカン先生のことを聞いたら、奥歯にものが挟まったような回答だった。

 ミカン先生には何か秘密があるのだろうか?


「あの……私、やっぱり夢でも見ていたんですかね」


「うん、そうかも。あたしも貧血で倒れそうなとき、『フランス料理フルコース』や『満漢全席』とかの食べ物の幻覚をよく見るから、もしかすると、アナタも貧血じゃないかしら?」


 しれっと嘘を吐くアカリ。

 その食い意地の張った幻覚は、紛れもなくあなただけの体験だと思いますよ。


「そっ、そうですか……」


 彼女の実体験をもとにしたウソを信じ、落ち込む黒崎さん。


「あの、そんな落ち込まないで。黒崎さんは優しそうで繊細そうだから、きっとストレスや疲れが重なったんだと思う。ここで、ゆっくり休んだほうが良いよ」


 アカリの心ない嘘を真に受けて、落ち込まれるのはあまりにも不憫なため、ついフォローを入れた。

 陽キャは他人の言葉をいちいち真に受けないし、自分の発言が他人にどう影響を与えるか考えて発言しないから、それを真に受けるに陰キャはいつも傷つくんだよな。


「なによっ……あたしが倒れた時は、そんなに優しく声をかけなかったのに」


「えっ、なんか言った?」


「別に!」


 ムスーッとしたアカリを横目に「お大事に」と黒崎さんに言い残し、保健室を後にした。

 保健室から教室に戻る途中、ボクはアカリに疑問を投げかけた。


「峰岸さん一つ聞いてもいいかな?」


「なによっ!」


 いまだ原因不明の怒りが解けないようであったが、ボクは話を続けた。


「ミカン先生とノミコのことなんだけど」


「椎音くんは、黒魔術より黒崎さんの方が大事なんでしょ!」


 なんなんだホント。

 アカリはボクのこと「猫だ」と揶揄するけど、ボクからすればアカリの方がよっぽど気難しくて気まぐれな猫のようだ。


「なんで不機嫌なのさ?」


「さぁねっ! 自分の胸に聞いてみれば!」


 話が進まない。


「自分の胸に聞いたが真っ黒なだけだったから、ギブアップ。教えてもらえると助かるんだけど」


「ふんっ!」


 はぁ……仕方ないな。

 同じ相手に2度もやることになるなんて。 


「ほらっ、この通り。だから出来れば早く機嫌を直してほしい」


 ボクはアカリの目の前に立ち、土下座した。


「なんで椎根くんが土下座するの? よけい腹が立つんですけど?」


 このアマぁ……。


「ちがいますー。土下座じゃありませんー」


 と煽る口調を発しつつ、ボクは土下座から三転倒立へと移行した。


「これが土下座の最終進化系、三転倒立土下座――土下倒立だ!」


 アカリの様子を下からのぞいたが、彼女は呆れた顔をしていた。

 ちなみに今日は薄青紫色を基調とした花柄の下着だった。


「なに土下座ついでに、のぞいてんの!」


 バレていた……。


「ごめんごめん。だけど、これでもダメだった?」


 ボクは、上目遣いでアカリを見つめた。

 自分の童顔で中性的な顔は好きではないけど、相手の情に訴えるときはうってつけなことも知っている。

 まぁ、めったに使わないんだけど。


「もぅ……。わかったわよ。そんな捨て猫みたいな顔されたら、あたしが悪者みたいで、こっちも許すしかないじゃない」


 ようやく立ち止まり、ボクの話を聞いてくれるようになった。

 はははっ。作戦の勝利だ。


 ――*――


「あたしが、ミカン先生が駄本と話していたと言われて驚かなかったのは、ミカン先生が常人とは桁違いの魔力保持者だったからよ」


 あのちびっこ先生が?

 常人には理解しがたいファッションセンスとか桁違いの怠け者の方がまだしっくりくる。


「椎音くんのベッドに添い寝……じゃなくて、あたしが間違えて一番奥のベッドに侵入したじゃない?」


 あぁ。お胸と太ももがとても柔らかかった。まさしく夢見心地な気分だった。

 

「あれって、実はいつもミカン先生に対してやってたことなの」


「どういうこと? もしかして峰岸さんってレズ?」


「違うわよ! ミカン先生って仕事サボって奥のベッドを使うことが多いから、あたしも添い寝して魔力を補充していたの。体調がすぐれないと魔力も回復しないのよ。だから魔力を持っている人から直接体を接触させて魔力を吸引するの」


 あぁ、なるほど。ミカン先生とボクの背丈って近いから、だから間違えてボクに抱き着いてきたのか。

 というか、ミカン先生もよく添い寝を許したな。


「それで魔力を吸引している身から言わせてもらうと、ミカン先生の魔力って“ジャリッ”とした感覚なの。何というか、砂糖のように甘いんだけど、ザラザラしているというか」


 その独特な魔力の味の感想、聞いたことがあるぞ? 

 確かボクが怒りや憎しみに満ちた感情のまま、ノミコの術式を解放したときだ。

 その状態って確か――。


「もしかして『負の感情が多い人間は、そういう魔力の感触だ』って言わないよね?」


「意外! よく分かったわね。そのとおりで、ああいう魔力の持ち主って、どちらかと言うと黒魔術寄りなの。きっとミカン先生、あの駄本に選ばれたんじゃないかな?」


「じゃあ、早くミカン先生を探さないと!」


「そうね!」


 その後、ボク達は職員室や講堂、テニスコートや部室棟など、様々な場所を走り回って探したが、ミカン先生の姿は見当たらなかった。


「はぁはぁ……。あの不良教師、どこ行った?」


「ふぅふぅ……。神出鬼没だから、ミカン先生」


 校舎と文化棟を繋ぐわたり廊下にボク達は集合していた。

 ずっと走り回ったせいか、まるでマラソン直後のように手を膝に当て、頭を落とし息を整えていた。

 ここまでやったのにミカン先生はどこにも見つからず、収穫はゼロであった。

 呼吸が落ち着き、ふと頭を上げ渡り廊下の窓から空を見上げてみると、校舎の屋上から白い布がたなびいているのが見えた。あれは白衣か? ということは……。


 ミカン先生だ!


 ボクたちは急ぎ、校舎の屋上へと向かった。

 時刻は12時30分。

 授業はとっくに終了し、昼休みへと突入していた。

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