18ページ目 黒VS白!

 ノミコが羞恥プレイを晒されてから翌日。

 つまりボクが人間としての尊厳を失った次の日。


 ボクは授業中、アカリの誤解をどうやって解こうか? などと考えていた。

 そして昼休みになり、教室でボッチ飯を食べている時のことだった。


「椎音鞍馬! ちょっと体育館裏に来なさい!」


 アカリが教室に入るやいなや大声で怒鳴り込んできた。

 どう考えても、甘い愛の告白を匂わせるものではなく、体育館裏で貴様をボコすと言わんばかりの空気と殺気を放っていた。


 ここは他の人達もいるので、彼女の血に半分流れているイギリス人の気質のように、淑女的に呼び出してもらいたいのだけど。


「あのぅ。なんの用でしょうか?」


 だが名指しで呼ばれたから、対応せざるを得ない。

 あくまで下手に伺った。


「ご用もなにも昨日の件よ!」


「昨日のとは?」


 昨日の件ぐらい分かってはいるけど、とぼけるしかない。

 しかし、この白魔術師は直情的すぎる。

 イノシシか。敵を見つけたら一直線か。


「ごまかさないで! きのうあたしが倒れて保健室までキミが運んで介抱して……」


「あっ、あの、わかりましたんで! もう少しお静かにしてもらえると」


「静かに出来るわけないでしょう! そのうえ、あたしにあんな過激なプレイを見せつけて!」


 あぁ、顔を真っ赤にしながら話すんじゃない。みんな誤解するだろうが。


「見せつけて?」

「峰岸さんを介抱したとか、椎音ギルティ!」

「過激なプレイって何?」

「ていうか、峰岸さんて佐咲くんと付き合ってなかったっけ?」

「ボクのアカリたんがけがされたぁ!」

「椎音コロス!」


 ほら、クラス中どよめきだした。

 佐咲が部活のミーティングでこの場に居ないことが唯一の救いだ。


「わかった。わかりましたから今すぐ行きましょう!」


「なっ、何よ! 引っ張らないでくれる! 自分で歩けるんだから!」


 ボクは強引に彼女の手を引き、未だ混乱中の教室を後にした。

 このあとクラスに戻るの嫌だなぁ。


 ――*――


 アカリは体育館裏に着いたとたん、ボクの手を振り払って西部劇の決闘のように距離を取った。

 ボクも臨戦態勢に入った。


「用件ってなに?」


「決まってるでしょ! 昨日の続きよ」


 そりゃそうだろうな。まぁ、お約束として聞かなければと思っただけだ。


「はん! また性懲りもなくワタシ達に挑むんですか」


 生徒手帳に化けていたノミコは姿を変え、いつもの洋書に戻った。


「いや昨日のボクたちほぼ負けていたから」


 やる気満々のノミコにツッコんだが聞いちゃいなかった。


「ほら言った通りでしょ。白魔術と共存なんて無理だって」


「その話は、きのうお前を屈服させて決着が付いただろう」


「屈服なんて、いま思い出すだけでもゾクゾクします!」


「相変わらず緊張感が無いわね!」


 あっという間に距離を詰めるアカリ。

 魔力を帯びた拳がボクを襲う。

 しかしボクも猫のように必死に避け続けた。


「くっ、ちょこまかと!」


「うおっ! あぶなっ!」


 よけ続けるうちに分かったが、彼女は格闘技に精通しているわけではない。素人に毛が生えた程度の格闘スキルを運動神経の良さでカバーしているだけだ。

 なぜかと言うと彼女の攻撃のクセは、性格と同じく直線的でひねりが無い。

 そのため動きは読みやすいが、手数の多さとスピードには注意しないといけない。


「ネクラになぁれ!」


 ボクも唯一の対抗手段である黒魔術で反撃に出た。黒い雲がアカリの身体にまとわりつく。


「精霊よ! 我に這いよる邪悪なる呪いを跳ね返せ!」


 しかし、雲はいとも簡単にかき消されてしまった。


「ありゃりゃ。やっぱりザコのクラマくんとでは、レベル差がありすぎでしたね」


 ノミコの言うとおり、実力差がありすぎだ。

 アカリのステータスは、高い身体能力。手で触れるだけで発動する力。しかも直接攻撃系。先ほどのこちらの攻撃を無効化できる防御技もある。

 対してボクは、平凡以下の身体能力。ノミコと言う媒介がないと発動できない魔術。その上、タイムラグが長いデバフ系。体全体を魔力で覆っているが、焼け石に水だ。


「勝てないって、こんなの」


 泣き言を言っても、アカリの攻撃の手は止まない。


「うっ! やばっ!」


 彼女の拳が、肩をちょっとかすめた。


「当たったみたいね」


「あああっ……なっ、なんだ!?」


 心がぐちゃぐちゃにされていくような、考えすぎて頭がグルグルするような感覚がボクを襲った。


「汚れた心が浄化されている証拠よ」


「うおおおっ! なんだか、みんなのためにパシリたくなってきたぁ!」


 ボクは皆のために奉仕する社会の奴隷だと思えてきた。

 これが白魔術の力、何と恐ろしい。


「何とか耐えてください! ここで絶えないと、あなたパシりとして高校3年間過ごすことになりますよ!」


「なっ、なんてしょぼい威力だが……それはいやだああぁぁ!」


 気合で何とか打ち消したが、少しかすっただけで劇薬のように効いたため驚いた。黒魔術師には白魔術が天敵というのはこういうことか。


「危なかったですね。あと2、3発食らうと完全に浄化されて、立派なパシリストとして名を馳せますよ」


 ノミコの言う通り、あと数発食らうとボクは伝説のパシリとして学園の歴史に名を刻むことになるだろう。


「このままだと負け確定です。勝つ手段を考えてください」


「そんなこと言っても」


「おしゃべりが過ぎる!」


 攻撃の手を緩めないアカリ。何とかかわし続けているが、持久力の差で、そのうち追いつめられるのは明白だった。


「峰岸さん」


「何よっ!」


「昨日、ボクとノミコのやり取リ、見てただろっ」


「見てない!」


「いいや。顔面を隠した振りしてガッツリ見てたね。そして、自分に置き換えて興奮したんでしょ? 年頃だもんね!」


「なっ!?」


 あぁ、もうヤケクソだ! アカリの感情を揺さぶる戦法だ! ゲスいやり方だと笑わば笑え!


「ボクが眠っていたベッドに入ってきたのも、実はわざとだったんじゃないか? 峰岸さんって性欲強そうだしさぁ」


「ふっ……」


 一瞬立ち止まった。もしかして効いてる? 

 アカリって、案外豆腐メンタルの匂いがするから、こういう煽りに弱いと思ったんだけど。


「ふざけないでえぇぇぇっ!!」


 前言撤回、逆効果だった。彼女の攻撃がさらに苛烈になり、手だけでなく足蹴りも追加された。いよいよ防戦一方だ。


「このっ!」


「どぅふっ!」


 腰のひねりが乗った強烈な回し蹴りが、わき腹にもろに入った。


「があはっ! ゴホッゴホッ!」


 情けないことに、ボクは5mぐらい吹っ飛んでしまった。


 痛い痛い痛い痛い。

 ジンジンと疼痛とうつうがわき腹を中心に広がっていく。

 蹴られた箇所は魔力でコーティングしていたため白魔術の浸透は防げたが、物理的な障壁は皆無だ。つまり蹴りの威力だけでも死ぬほど強烈だった。

 ボクがダメージで立てないことを察して歩み寄るアカリ。チェックメイトだった。


「さぁ、観念しなさい」


「峰岸さん……」


「なに?」


「パンツ見えてる。青色ストライプの」


「どっ、どこ見てんのよ!」


「いいじゃん。最後の想い出になるんだから。どうせ、ボクの記憶を消すんだろ?」


「えぇ。黒魔術はやっぱり間違っている。キミが今後も黒魔術を使い続ければ、絶対に後悔する。今なら、たとえ魔術が無くなっても普通の人間として生きていられる。それが、キミにとって絶対に良いことなの」


 しゃがみ込み、透き通るような白い右手でボクの顔を覆う。


 あぁ……。


 この時だ!


「ノミコ!」


「アイアイサー!」


 ボクの掛け声で、ノミコは必殺の脳天直撃ダイレクトアタックを仕掛けた。だが、


「そう来ると思ってた」


 彼女はそんなこともお見通しだと言わんばかりに、ノミコを左手でキャッチした。


「どっ、どうして……」


 ボクは奇襲がバレていたことに驚いた。


「キミの考えなんて想像がつく。近づいてきたスキをうかがって奇襲を仕掛ける。いかにも黒魔術師が考えつく卑怯な戦法よ」


「そうだね。やっぱりベタすぎだったか……」


「最後の最後まで、こんな手を使うなんて……」


 万策尽きた。

 悲しそうにボクを見つめるアカリ。

 こんな冷たく悲哀に満ちた目をさせるなんて、本当にゲスになってしまったな。


「ははっ、確かに卑怯な手だよな」


「そうね。ホントに見損なったわ」


「そうか。じゃあ……さらに幻滅されそうだ!」


「えっ!?」


 驚く彼女の右手を掴み、そして――


「ノミコ、行くぞ!」


「アイッ!」


「「ネクラになぁれ!! ダークネス!!」」


「きゃあああああああ!!」


 ボクの右手から、アカリの右手を通り、二つのたわわな胸部に伝わって左手に持っていたノミコへと、電気回路が構成されるように魔力が流れる。


「あああぁぁぁ、なっ、なんでえええぇ!?」


「『黒魔術は発動できないはずなのに?』だろ?」


 前回、アカリがノミコを掴んだ時、ノミコは魔力を解放できなかった。

 そのため、その対策は昨日からずっと考えていた。


「答えは、キミの手にボクの魔力を仕込んでおいたから。でした」


「そん……なこ……と! い……つの間に」


「キミの手、柔らかくてすべすべしてて、ちょっとドキドキした」


「もしかしてっ!? 教室を出たとき……から!」


「そうだ」


「じゃあ、この駄本を持たせたのも……」


「そう、すべて計算」

 

 教室でアカリの手を強引に引っぱったのも、あおって怒らせたことも、ボクが窮地に追い込まれたことも考えてのことだった。唯一、黒魔術のコーティングが上手くいくか心配だったが杞憂だったようだ。どうやらボクの魔力はねちっこくしぶといらしい。

 だけど、つくづくアカリが単純なやつでよかった。

 ここまで予定どおり引っかかるとは思ってなかったけど。


「じゃあ、悪いけど!」


「いやああああぁぁぁぁっ!!」


 絶叫が途絶え、力尽きるアカリを確認し、初の魔術勝負はボクの勝利で幕を閉じた。


 ――*――


 10分ほど時間が経ったが、まだ彼女は意識を取り戻さなかった。


「この女、どうなるか知りませんよ? 白魔術師相手に黒魔術のフルパワーを直接体内に魔力を叩き込むなんて荒業、どのような精神異常が現れるか未知数ですよ。もしかして一生廃人かも」


「不吉なこと言うなよ」


「うぅ……」


「だっ、大丈夫?」


 警戒しつつも、声を掛けてみる。


「うーん、ここどこ? おにいちゃん、だぁれ?」


「「ぬなっ!?」」


 ボクとノミコはそろって驚いた。

 ボクとの激闘なぞ、全く無かったかのように、キョロキョロと辺りを見渡す峰岸さん。

 もしかして、これはアニメや漫画で定番の『アレ』ですか?


「もしかして……」


「えぇ、アレのようですね……」


「あっ、あかりわかった。おにいちゃん、いまはやりの、ろりこん。ていう人でしょ。あかりのかわいさにめがくらんだのねー」


「どうやら」


「精神だけ」


「「幼児退行してるっ!!」」

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