13ページ目 トサカに来たので、お先真っ暗にしてみました



 初の黒魔術発動後、1週間が経った。



「ネクラになぁれ」



「キャン!」



「あがっ!」



 今日も今日で、ボクに危害を加える者を黒魔術の餌食にした。


 ボクをこれまで、パシリ扱いしてきた【木下】


 体育の授業のとき、ボクを必ず笑いものにしていた【林田】


 ボクと同レベルのくせに、佐咲が居ない時はボクを見下す【森口】



 何人もの人間をネクラにしたせいか、クラス内では「幽霊や悪霊が教室に居て、生徒に憑りついているんじゃないか?」とか「集団催眠の一種だ」などの噂が立ち始めている。


 ボクの魔術を、何らかの超常現象と結び付けようとしているらしい。



「君たちの推理は正しい。実はボクが犯人です」



 なーんて言えないが、本当はボクが諸悪の根源だとぶちまけたいぐらいだ。


 言っておくが、ボクは別にアナキスト(混沌主義者)ではない。


 ボクを蔑む人間が嫌いなだけだ。


 今は、グチャグチャに壊れていくクラスの様子を見渡すのが楽しくて楽しくて仕方が無い。ノミコと出会ってから、ボクもド外道になったことを自覚している。



「クラマ、いいか?」



「あっ! えっ!? うん……」



 佐咲に久々に声を掛けられ、ボクはちょっとビビッてしまった。



 ――*――



 佐咲は校舎の中央階段を、どんどん上へ上へと登っていく。


 こいつの背中は見慣れているが、今日は心なしか小さく見える。


 ボクが彼の取り巻きを剥がしていったからだろう。佐咲グループはもう半分以上、瓦解している。


 屋上へと続く階段はバリケードが張られ立入禁止だったが、佐咲はどこ吹く風でバリケードを突破して、


屋上のドアを開けた。



「いいの?」



「……」



 佐咲はボクの言葉を無視して屋上に出た。ボクも続いて外へ出る。


 屋上に出たボクら二人は少しのあいだ無言だった。佐咲はしばらく空を見上げていたが、こちらを振り返り、ボクに迫ってきた。


 距離を詰めようとするため、ボクは後退したが、どんどんドンドン近づいてくる。後ずさりするも、壁際まで下がってしまい、これ以上は逃げ場がなかった。



「なっ、なに?」



 佐咲は無言のままボクを見つめた。体が大きいため威圧感がハンパない。


 そして右手を上げ、ボク目掛けて振り下ろした。


 やっ、やられる!



「……最近、クラスの様子おかしくないか?」



 佐咲の右手は、ボクの顔を横切り、後ろの壁を押さえていた。


 そう、男に“壁ドン”された。


 しかも相手は佐咲だから、そのしぐさも映えること映えること。


 ボクの心中は複雑だった。なぜに嫌いなうえに、今ケンカ中の男に迫られなければならんのだ。



「そっ、そうかもね?」



 ボクは少しビビりながら答えた。



「お前は大丈夫か?」



「あぁ、ボクは平気だと思う」



「そうか。お前はクラスの異変について、どう思う?」



「みんなは『幽霊に取りつかれた』とか、『集団催眠だ』とか言ってるから、そうだとしか」



「だけど、おかしくねーか? 精神がおかしくなるのは俺と仲が良い連中ばかりだ。集団催眠や幽霊に取りつかれたなら、もっとクラス中に広がるはずだ」



 そりゃそうだ。ボクはお前の周りをまずは狙っていたからな。



「しかも、おかしくなった奴は決まって何事も無かったかのように元に戻る。そう考えると催眠の線が近いが、ガラッと性格が変わったようになってんのが変だ。どちらかと言えば洗脳だ。まるでフィクションかファンタジーのようだ」


 


 佐咲の推測はかなり核心をついていた。



「きゅ、急にどうしたんだよ。佐咲くんがファンタジーとかめずらしい」



「ワリィ、変なこと聞いて。そういえばクラマ。そろそろ仲直りしねぇか?」



「……」



「そっか……」



 去りゆく佐咲の背中には哀愁が漂っていた。


 ボクは何をムキになっているのだろう。あちらから差し伸べた手を断ってしまった。



「ヤバいですよ彼、なかなか勘が鋭いです。今すぐ餌食にしましょう!」



 感傷を打ち消すノミコの声。この本は本当に空気というものが読めない。


 ノミコは生徒手帳ほどのサイズに変更し、ボクのズボンポケットに入っていた。


 


「はぁ。とりあえず黙っておいてくれて助かったよ」



「そうじゃなくて、彼とは距離を取ってください」



「もう取ってるよ。距離」



「心じゃなく、物理的な距離です」



 ノミコに言われるまでも無い。


 授業中は仕方ないとしても、休み時間中は校内を散歩することが日課になっている。ノミコの忠告は図らずとも実行している。


 ボクは、トイレに行くついでに校内をぐるっと回ることにした。


 


「ふぅ……」



 トイレで用を足しているときの感覚は魔力を放出している感覚に近かった。以前ノミコが言っていた通り、何かを放出するときの快感は、人間の三大欲求に通じるものがある。



「トイレまで肌身離さず持って行くの。やめてもらえます?」



「仕方ないだろ」



 教室を離れる時はノミコを持ち歩くのも癖になってしまった。ボクのカバンを漁るやつなど居ないが、念には念を入れてだ。


 ボクはノミコとの会話に意識が向いていたため、注意力が散漫になっていた。



「痛ってえなぁー、チビッ!」



 便器から離れようとしたとき《ドンッ》と、後ろの人にぶつかってしまった。相手は、この学校でもガラが悪いことで有名なバスケ部の上級生だった。たしか苗字は小坂で、名前はえーと……知らない。



「すみません」



「どこ向いて歩いてんだよ! ちっさすぎて前が見えなかったってか、今度ぶつかったら殺すぞ!」



 背が高いうえ髪形がモヒカンなため、威圧感がすごい。



「うわ面倒だなぁ」


「あぁ、なんだって!」



「はぁ、すみません」



「聞こえねぇよ。このチビカスが」



「何ですか。この脳筋カスは?」



「あぁっ!? 何か言ったかぁ、チビすけよぉ!?」



「ぼっ、ボクじゃないです!」



「そのクソモヒカンが似合わないことに気づかないなんて、よっぽどソフトクリームよりも甘い頭してるんですねって言ったんですよ! そのトサカは三歩歩けば全部忘れるっていうニワトリをイメージしてますぅ? だったらあなたにピッタリですね!」



「ノッ、ノミコ!?」



「んっだと! もういっぺん言ってみろやあぁぁ!」



「いや、ボクが言ったのでは」



 ボクの言葉など聞かず、胸ぐらをつかむトサカもとい小坂先輩。一回り二回りも大きな身長だったため、軽々と持ち上がってしまった。



「クラマくん。ネクラ魔法です。フルパワーの」



「そっ、そうか! ネクラになぁれ、ダークネス!」



「ンゴッ! フキィ!」



 幸いここは、本校舎から少し離れた多目的ホールの手前にある小さなトイレだった。生徒の使用頻度も少なく、人通りも少ないので誰かに見られることは無いだろう。


 だから、ノミコに言われるがままフルパワーでぶっ放したんだが。



「アアアアッッ! オオオオォッ!」



 電気ショックのように、背筋と手足が強制的に伸びたり、縮んだりを繰り返している。こりゃ効きすぎたかも。



「ちょっと、これは」



 って、ええぇッ!? 首が締まって息苦しくなっていく。ボクを持ち上げたままだってことを忘れていた。掴まれていた腕の力が硬直して、どんどん力が強くなってくる! 


 やがて、完全に首が絞まった状態となり、こちらもマズい状況になった。



「離してぇ、首がっ、ぐびがぁ……」



 ヤバイ。意識が遠のいてきた。



「ぐおぉぉっ、まっ、まじでヤバくなっでぎだ」



 もう、オチてしまうかと思った瞬間、首にかかる力が急激に解放され、《ドサッ!》と倒れる音がした。


 やっと術が決まったみたいだ。



「ガハッ、ゲホッ、ゲホッ、オェッ……。ホント危なかった! 体から力が抜けそうになったの! 頭スゥーっ……て、ちょっとキモチ良くなったの!」



 白目を向いて倒れているモヒカン野郎に窮状を訴えたが返事はない。息を整え、魔術は効いているんだろうか? と足でチョンチョンと触れてみたが反応は無かった。



「死んでないよな?」



「んぁっ」



「うぉっ! ビックリした!」



「死にたい……」



 しばしの沈黙の後、そう一言ポツリとつぶやくと、ボクなんか眼中にないように、むくっと起き上がるトサカ先輩。あまりにも淡泊な反応。術は失敗したのか? と思ったそのとき、トサカ先輩は洋式便器を見つけると突然走り出し、便器に顔を突っ込む奇行に走ったのだ。



「オイイイイッ! いきなりナニしてんだあぁぁ! おい離れろって!」



 もしかして便器の水で溺死しようとしてんのか!? 「死にたい」って言ってもそんなん無理だって! 顔デカいから水がびちゃびちゃ溢れだしてんだよ。そもそも汚いから便器の水はやめろおお!


 必死に便器から引きはがそうとしたが、重いうえに力が強くてボクの力ではビクともしなかった。軽く修羅場を繰り広げているうちに、トサカ先輩も苦しいんのか手や足をバタバタ震え出した。



「ほら、いろいろと苦しいんでしょ。もうやめろって! 明らかに無理してんでしょうが」



 どう見ても、体の反応と脳の命令とで矛盾した行動をしていた。これがノミコの言っていた本物のマインドコントロールか? どうにかしなければ本当に溺死してしまいそうだ、学校の便器で!


 力づくで引き剥がそうと、わき腹をくすぐったり、ケツにカンチョーをしたり精いっぱいの策を実行したが、全然引き剥がせなかった。



「クソッ、どうにもならない!」



 万策尽き、意識がなくなった後に、便器の水まみれのデカブツ男と、人生初チューもとい人工呼吸を行うしかない。と覚悟をくくったとき、《プツッ》と、操り人形の糸がはさみで切られたかのように、腕から体全体の力が無くなった。



 ついに意識がなくなった。


 人生の初キスは男か……。と意気消沈気味に思った瞬間「がはッ!」と、トサカ先輩が便器から顔を離し苦しそうにゴホゴホと咳き立てながら、酸素をむさぼるように大きく呼吸しだした。



「だっ、大丈夫ですか?」



「はぁはぁ、おいテメェ!」



 命に別条が無さそうでなにより。さらに初チューも避けられてホッとしたものの、今度は自分の顔面を便器にチューさせられるかも……と不安がよぎった。



「教えろ。なんで俺は便器に顔をツッコんでたんだ?」



(おっ?)


 


 これは記憶が曖昧になっているパターンだ!



「いやっ、あのそのぉ、なんかぁトイレに来た時から、フラフラしてるんで『大丈夫ですか?』と声を掛けたんです。だけどそのまま便器に顔を突っ込んで気絶されたんです。覚えてませんか?」



「あぁん? お前、嘘言ってんじゃねぇぞ!」



「いえいえ、疲労困ぱいって感じでしたよ! フラフラ歩いてボクのことも見えなかったのか、ぶつかってきたじゃないですか」



「そうだったか? そういえば、そうだったかもな……。そういや、昨日もオールでカラオケ行ってたしな。オイッ、チビ!」



「ハイッ、なんでしょう」



「オレが便器に顔ツッコんでたの絶対、誰にも言うんじゃねぇぞ。チクったら殺す!」



「わかりました。言いません!」



(言いませんが、SNSに匿名で書き込みます)と心の中でつぶやきながら、洗面所で何度も顔を洗い、トイレから出ていく彼を見送る。



「ノミコ、なんでケンカ売ったんだよ」



「えぇー? だってあそこまで言われて悔しくないんですか?」



「それはそうだけど」



「トイレに顔を突っ込んだときとかホントおかしかったですよ。ざまぁみやがれです」



「だけどフルパワーでの発動は危険だとわかった。マインドコントロールじゃなくて、マリオネットだろ。あれ」



「そうですね。前に言ったとおり、ただ奇功に走らせるだけです。切札として取っておいた方がいいですね」



「そうだな。ボクもすごい疲れたし」



 だがその切り札が意外にも早く使う日が来るとは、この時のボクは知るよしも無かった。

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