10ページ目 突き刺さる言葉と黒い衝動



 ボクと峰岸アカリが他愛ない話しをしていると、ミカン先生が満足そうな顔をして戻ってきた。


 少し甘ったるい匂いがするため、先ほど手渡したイチゴ・オレを飲み終えたのだろう。ミカン先生、イチゴ・オレをやたら時間かけて飲むからな。彼女なりの作法があるらしい。



「あっ! ミカン先生おかえりっ!」



「あれっ? あかりちゃん? もしかして、また貧血ですかぁ? もう10回目ですよ。だから成長期に過度のダイエットはダメだって言ったじゃないですかぁ。せんせーの言うことはちゃんと守ってください。『めッ!』ですよ!」



「あたしを見るなり、怒らないでよぉ」



「いーえ、こういうことは繰り返しが大事なんです。睡眠もしっかり取るようにしてください。肌も荒れてるじゃないですか! こんなに可愛い顔しているのに」



 アカリの頬をぷにぷに触り、健康状態を確認するミカン先生は、さながら保健教諭のようだった。いや実際そうなんだけどね。普段の勤務態度がアレなだけに、ボクはちょっとした驚きを隠せなかった。



「ミカン先生。そんなにほっぺつねらないで。最近は調子いいから大丈夫だって」



「ダメです。せんせーの言うことはちゃんと聞くこと! いつもは、しゅんとして大人しく聞いてくれるじゃないですかぁ」



「へぇー?」



 峰岸アカリは、ミカン先生の言うことは聞くのかー。


 しかも泣きそうになりながらなんて、良いことを聞いたなー。



「キミ、なにそのニヤニヤ顔! もぅ、ミカン先生。今そんなこと言わなくていいじゃない」



「わたしに反論するのも、これまた珍しい。さては何かありますね。あっ、なぁるほど」



 ミカン先生がこちらを向いてニヤァっとほくそ笑んだ。


 小生意気な子供にバカにされている気分になる。



「クラマくん、今のは聞き流してください。女の子の可愛さは血のにじむような努力の先に作られるんですから。かくいうわたしも涙ぐましい努力をしたから、今のプリチーな姿があると言っても過言ではないです」



「ミカン先生は、血じゃなく栄養が体に溜まらなかっただけじゃ?」



「まぁっ、なんて失礼なんでしょ! クラマくんはいつも一言余計ですぅ!」



 フグのように頬を膨らますミカン先生を見て、ボクとアカリは笑い出す。ミカン先生も最後には笑い出し、雰囲気が和んだ。


 その後、アカリの体調がまだ万全でないとミカン先生が判断したため、アカリとミカン先生と三人で談笑をしていた。


 だがしばらくして、規則正しいチャイムの鐘が鳴る。それは楽しい時間の終わりを告げることを意味していた。



「さぁ、授業終わっちゃいましたよ。アカリちゃんもだいぶ顔色が良くなってきたし、そろそろ教室に戻ってください。青春は一分一秒も無駄にしてはいけませんよ」



 どこかで聞いたようなセリフだ。



「じゃあ、ボクはこれで」



「あたしも戻るね。バイバイ、ミカン先生!」



「はぁい、もう来ないでくださいねー」



 ドアをゆっくり閉め終え、ひと呼吸した。



 楽しい空間から離れると去来するのは、後ろ髪を引かれる思いよりも、楽しい時間を自分のせいで壊さなくて良かったという安堵感だった。


 人付き合いに慣れていないボクは“楽しい”を誰かと共有することにも慣れていなかった。


 対照的に「楽しい時間を全力で満喫しました」と言わんばかりの笑顔で、アカリが隣に立っていた。



「ミカン先生って、ホントちっちゃくってかわいいよね。声も子供みたいだし。あんな大人が居るなんて、日本ってファンタスティック!」



「あれは日本でもレアケース」



「そんなキミも背が小さいね」



 と言って、手でお互いの身長差を測る仕草をするアカリ。


 確かに並んで立つと、俺の方が彼女を見上げる姿をとる。文庫本一冊程度の差があった。



「峰岸さんがデカいんだよ」



「あっ、ひどぉい! 女の子に言うセリフぅ?」



 ショックを受けたのだろうか、ちょっと怒った後、しょげたようだ。


 まったく、怒ったり泣いたり笑ったりしょげたりと表情がコロコロと変わる人だ。


 外国生活が長いから自己表現が開放的なのか。


 こっちは女性と付き合ったことなんてないヘタレなんだから、一挙手一投足がドキッとする。



「じゃあ、ボクは早退するんで」



「えっ、サボるの!?」



「そうだよ。教室に居るのが嫌だったから、保健室を避難所代わりに使ったんだよ」



「教室がイヤって?」



 アカリはボクの言うことが理解できないようだ。陽キャにとって学校はさぞ居心地がいいだろうな。



「そのまんまだよ。学校が嫌いなんだ。集団生活はボクにとって非常に苦痛なんだ」



「えー? 高校って、すっごい楽しいじゃん! 勉強面白いし、体育楽しいし、みんなとおしゃべり出来るし、イベントいっぱいあるし!」


 


「峰岸さんにはそうかもね。だけど強制的に他人と同じ空間を共有させられ、競争させられ優劣をつけられるのに、とても息苦しさを感じる人間も居るんだよ。ボクみたいに」



「ふーん。キミって学校向いてないね」



 何気ない一言だった。


 アカリはきっと深い意味なんて持たせてない。だけど、ボクはこの言葉が深く突き刺さった。きっと図星だからだ。


 ボクは少しふさぎ込み無言のまま教室へと向かった。重苦しい空気だ。と思っているのは、ボクだけだろう。隣のアカリは意気揚々とした顔で前を向いているし。



 校舎の1階、中央階段に差し掛かった。


 ボクとアカリはクラスが別で、階も別だったためここで別れ、カバンを取りに教室へと戻った。


 次の授業は体育。授業開始のチャイムの後、ドアを開けると、すでに誰一人いなかった。クラスの連中とは誰にも会いたくなかったので助かった。



「わかっているとはいえ、やっぱりヒヤヒヤするな」



 安堵と同時に早めにこの場を離れるべきと考え、机にあるカバンを取り、すぐに教室から去ろうと思った。



「あっれー? 椎音じゃん!」



 だが、蛇のようにまとわりつく粘着質な声が呼び止めた。


 安原だった。


 いま一番会いたくないのは佐咲だが、二番目に会いたくない【佐咲の取り巻き】と出くわしてしまった。



「オマエ、なんで二時間目居なかったん? あっわかった、サボりだろ?」



「そういう安原くんこそ、授業は?」



「オレは、体育館用の上履きを忘れたから取りに来たんだよ」



「へ、へぇ……」



 そう言って自分の席に向かう安原。ボクは気まずい気分で立ち尽くしていた。


 口火を切ったのは、安原だった。



「あのさぁ、瞬とのやり取り見てたんだんけど、なにあれ? この際だから言っとくけど、瞬に気に入られてるからって調子乗んなよ? お前みたいなパッとしない奴、瞬に相手してもらってるだけでもありがたく思えよ!」



「別に調子に乗っては、いないけど……」



「偉そうに『友達じゃねぇ!』とかヌカしてたじゃねぇかよ。いいか? 絶交したなら二度と近づくなよ。絶対だからな! もし瞬が許しても、俺が許さねぇからな!」



 安原は言いたいことを言い終えたのか、勝ち誇った顔で教室を後にした。



「……」



 再び、ボク一人になり、教室に静寂が戻った。



「…………ハアアアアアアッ!? 何なんだアイツ!!」



 静かな教室で一人叫んだ。



「クソクソクソクソッ! 好き好んで佐咲に絡まれてるわけじゃねーんだよバーカ! ボクの気持ちも知らないで! ふっざけんなよ、クソ安原!」



 ボクの中の黒い感情が一気に噴出した。



 アイツ、絶対に復讐してやる!

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