5ページ目 術式解放×消しゴム=オ〇ニー5回



 だけど、ちょっと楽しそうだ。



 ボクも何か始めるべきだと思っていた矢先に、このお誘い。


 正直に言えば、さっき母さんに「青春を謳歌しろ」と言われたことが尾を引いていた。



 コイツは利己的かつかなり自信過剰なところはあるけど、本当に性悪な本ではなさそうだ。


 ちょっとおバカで与しやすそうですらある。



「それで封印解除するには具体的にどうすれば良いんだ?」



「消しゴムで消すんです!」



「……はっ?」



 つい聞き返してしまった。


 術式の解除って、例えば特殊な術や知識を覚えたり、希少な素材や道具を集めて儀式を行って、やっと解けるものだろ。



「おーい聞いてますかー?」



「うん、聞いてる聞いてる。つまりだ『本のラクガキを、そこらに売っている何の変哲もない消しゴムで消せば力を授ける』ってことだよね」



「ザッツラーイト! その通りです!」



 拍子抜けだ。



「あー……。メーカーはトンボ鉛筆? コ〇ヨ? ぺん〇る? 今持ってるのは、まと〇くんだけど、それでもいい?」



「砂消しでなければ、ステッ〇ラーでも、シー〇のスーパーゴールドでもかまいませんよ。あっ、匂い付き消しゴムはダメですよ。私ナチュラルフレグランス派なので」



 高い消しゴムばっかり言いやがって。



「じゃあそれ買ってくるから、自分で消せばいいんじゃないの?」



「はぁ、ほんとアホですねー。さすが蔵三の孫です」



「なんだと?」



「あのね、バカにもわかるように言いますが、私がやっても意味が無いんです」



「だれがバカだっ!」



「はいはい賢いかしこい。話を戻しますが、使う消しゴムが重要では無いんです。蔵三は稀有なる才能を持ったクソ……黒魔術師。たとえ落書きを消しゴムで消して字が読めるようになっても、封印解除には何の役にも立ちません」



 そこでボクの力が必要になるらしい。


 じいちゃんと同じ魔力を持ったボクが。化石を発掘するように慎重に魔力を込めて一文字ずつ消すことによって、術式が解放され魔術の起動が可能になる。


 これには相当な魔力消費が必要なため、1日に開放できる文字数はせいぜい30字程度。


 魔法陣などの挿絵に至っては1ページ解除するだけで1か月はかかるとのこと。



「わかりましたか? 相当な根気と労力がいる作業なんですよ。ワタシ自身は総ページ約700枚の書物。下手すれば一生かかる作業です」



「一生かかるって、お前の魔術が使えるころに、ボクが使い物にならなかったら意味ないだろ!」



「大丈夫ですよ。私は章、節、項目ごとに分かれてますので、項目を開放するごとに、それに該当する魔術が使えるようになります。頑張れば1か月もあれば1個ぐらい魔術が使えるんじゃないですか?」 



「それならいいんだけど。ちなみに魔力消費って、実際どう消費されるんだ?」



「オ○ニー5回分ぐらいの肉体疲労が消しゴムかけ中にあなたを襲います」



 なぜオ〇ニーで例えた? しかももう一つ問題がある!



「オ〇ニー5回もしたら死ぬって!」



「大丈夫ですよ、あなた若いんだから。しかし限界突破したら腹上死ってこともありますけどね。あっ、この場合はオナ死ですね。ホホホーン!」



 変な笑い方をする奴だ。 



「あのさ、それってただのアレな例えで話しただけだよね? 実際は運動後の疲れと似ているんだろ?」



「いえいえ。オ〇ニーで例えたのは、人間って何かを放出するとき一種の快楽が生じるんです。魔力を放出しながら封印を解放する……まさしくオ〇ニーじゃないですか! まぁ、射〇はしないでしょうが」



 消しゴムかけただけで、絶頂するなんてどんな特殊性癖だよ。


 もし誰かに見られたら、一生立ち直れない自信がある。



「本当に、オ○ニー5回分?」



「うん。オ〇ニー5回です! その分の幸福と半端じゃない賢者タイムと疲労があなたを襲います!」



 マジかよ……。



「やっぱり考え直してもいい?」



「そう言うと思いましたよ。じゃあ、あなたに一つ私のカラクリを伝えましょう。あなたが最初に本を開けたとき、“何”が入っていましたか?」



 そうだ。すっかり忘れてた。


 最初、拳銃が入ってて、次は札束が入っていた。


 たぶん、コイツが魅せた幻覚だろうけど、あれはいったい何がしたかったんだ。



「最初に開いたときは、リボルバーの拳銃と未使用の弾と使用済みの薬莢が転がってた。次に開いたときは100万円の札束が何束も入っていたよ」



「銃と札束ですか、ホホホンッ。いやはや、わかりやすい人ですねぇ」



 魔術書は、勝ち誇ったようにボクの周りをひらひらと踊る。



「あれにはトラップを施してあったんです。私の封印を解除しようとした者に“欲望のカタチ”を見せ、それを手にした者には“ペナルティ”を与えるというもの……です」



「なんだ、ペナルティって?」



「“欲望のカタチ”を手にした者には、私の封印は二度と解けません!」



「それのどこがペナルティなんだ? むしろ、お前に関わらなくて済むからラッキーじゃないか」



「もう! なんでわからないんですか! 私の叡智を得られないということは、その人にとって重大な損失! バラ色の未来を捨てるがごとき所業ですよ!」



 自意識過剰な本だ。


 お前が100万円以上の価値があるとは思えん。



「それでボクの“欲望のカタチ”っていうのは、どういうものだったんだ?」



「銃とは『力の象徴』なんですよ。アナタは力がほしい、それも直接的で暴力にも似た力です。だけど、ナイフなどの近接武器では無いところを見ると、安全圏から敵を倒す力が欲しいんです。つまり卑怯者ですね。使用済みの弾は、力の渇望と不満は今にも暴発寸前だという意味です。あなた最近イライラしてませんか?」



 心理カウンセリングを受けているようだ。


 だが思い当たる節もあり、最近、佐咲に対してイラダチが隠せなくなり、いつか爆発して衝突しそうだと、ボク自身思うこともある。


 しかしタイマンでは絶対にかなわないので、正面からのケンカは避けたいと小ズルいことも考えていた。



「札束は言うまでもありませんね。『お金が欲しい』ということですね」



 はて? これが謎だ。確かにお金は欲しい。


 だけど“お金そのもの”に対する執着が強いと思ったことはこれまで無かった。


 お金を使って手に入れられるゲームやマンガやグッズの方が良いのだけど。



「お金はあくまで欲しいものを買うための手段だから、そこまで執着して無いと思うんだけど」



「お金があれば、物欲を満たせます」



「そりゃそうだけど。それならお金そのものより、お金を生みだす頭脳や能力の方が欲しいなぁ」



「結局はそれもお金につながるんです! 本当に蔵三そっくりで、理屈っぽくてイライラしますね!」



 そんなものなのか? と疑問に感じながらも、この本の機嫌をこれ以上損ねても面倒なだけなので、黙ることにした。



「“欲望のカタチ”は手に入らなかったけど、お前にはそれ以上のメリットがあるのか?」



「えぇあります。ワタシを手に入れれば“欲望のカタチ”を手に入れ、さらにそれ以上の欲望を叶えることも出来ます。その方法が私と契約して『黒魔術を覚えること』なんですよ。相手を呪う術も、人心掌握の術も黒魔術にはあります。黒魔術を使えば、嫌いな相手を不幸のどん底に陥れることも、新興宗教の教祖や稀代の詐欺師になって民衆から金を巻き上げることも出来ますよ」



「まるで悪役だな」



「イイんですよ。そもそも黒魔術を使ってまで不幸を願われるような奴は、ソイツの性格に難がありますので、皆に感謝されこそすれ、非難されるいわれはありません。新興宗教にハマる人間は、そもそも依存癖があるんですよ。心の安寧を与えて、その対価にお金を得ることに何の罪があります? 詐欺師になるにしても詐欺師を相手にサギを働けば善良な人達は誰も傷つきません。あなたは確かに悪役になるかもしれませんが、悪をもって悪を征す、ダークヒーローになれば良いのです」



「へっ。へぇー」



 ダークヒーローって、ちょっとかっこいいかも。



「普通の人生では、一生掛けても手に入らない力と財産が手に入れられるチャンスが、今、目の前にあるんです。これを逃がす手は無いと思うんですけどね。しかも、せいぜい運動部並の肉体的負担だけで手に入る。こんな破格な条件は他には無いと思うんですけどねぇ?」



 こいつの話術はなかなか大したものだった。


 こちらの望みを叶えるメソッドを示し、その望みを大義とうまく合わせて罪悪感を打ち消し、望みを実現可能な道筋へと落とし込み、具体的な労力を提示する。


 ボクもコイツの話を聞いて、心が傾いていた。



「お前の方がよっぽど詐欺師みたいだ。けど……わかった。やるよ。お前の術式を解除して黒魔術を手に入れる」



「うん。アナタならそう言うと思ってましたよ。さすが蔵三の孫! 欲望に忠実! 乗せられやすいところもソックリ!」



「なんか言ったか?」



「いーえ。『頑張って私の封印を解いてください』と言っただけでーす」



「なんか引っかかるな……まぁいいか!」



「ホント、バカな奴です……」



 本はボソッと言った気がしたが、ボクには聞こえなかった。


 


 こうしてボクは、非常にうさんくさくて自意識過剰で、人を小バカにした態度を取る未確認飛行魔術書――ネクラノミコンと出会い、黒魔術師の道に足を踏み入れることになった。


 それが底なしの泥沼だったとは、知るよしもなく……。

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