ネクラノミコン パシリが嫌だったので黒魔術で学園中をムチャクチャにしてみた

秋野炬燵

1ページ目 椎音と佐咲

 6月の雨。

 梅雨と呼ばれる気象現象。

 ボクは教室の窓に映る雨をぼんやりと眺めていた。

 雨を好むヒトって本当に居るのだろうか?

 農家は日照りが続くと「雨が降ってほしい」って話すけど、農家じゃなかったら絶対別の答えになるよなと、底意地の悪いことを考えていた。


 雨は嫌いだ。うっとうしくてジメジメしてて、何もしなくてもイライラする。

 今もそうだ。

 だが、それは雨のせいだけでは無いともわかっていた……。


「おい佐咲、授業中だぞ! 堂々と寝るんじゃない!」


 雨以外でイライラしている原因。

 それは国語教師の注意もどこ吹く風で、机で突っ伏して居眠りをしている大男。こいつが、半分担っていた。

 名前を「佐咲瞬 ささきしゅん」と呼ぶ。


「椎音! お前も注意せんか!」


 椎音とは、ボクのことだ。名簿順的に、佐咲はボクの前の席になる。 


「なんでボクが!?」


「お前は佐咲と小学性からの知り合いだろうが!」

 

 ボクこと「椎音鞍馬しいねくらま」と「佐咲瞬 ささきしゅん」は幼なじみだった。

 佐咲は、ボクの住む神崎市の神崎東小学5年生の時に引っ越してきた。

 そこから神崎中学校、神崎高校と、幼なじみと言う名の腐れ縁がずっと続いている。

 だが、それが何だというのだ。幼なじみなど、なりたくてなるものでは無い。

 国語教師のくせに、文法が破綻していることにも気付かないのか。

 これだから「吉田の授業は寝てヨシだっ!」なんて揶揄やゆされ、バカにされるんだよ。

 そんなことを考えていると、授業終了を告げるチャイムが響いた。


「おっ、もう授業終わりか。椎音、佐咲に後で職員室まで来るように伝えておけ!」


「えっ! なんで!?」


 ボクの言葉も聞かず、吉田は教室を去った。

 理不尽すぎる。


 ――*――


「ふぁぁああ。良く寝た……」


 こっちの気も知らずデカイあくびしやがって。


「佐咲君、授業中に居眠りするのは良くないって」


「いいじゃねぇか。朝練後に吉田の授業なんて拷問以外の何でもねぇよ」


「その吉田先生から『後で職員室に来るように』って。それとコレ」


 ボクは佐咲に授業のノートを渡した。

 これは彼を気遣っているからでは、断じて無い。

 吉田は佐咲にはまったく響かない説教をした後、授業のノートはボクに見せてもらえと、十中八九言ってくるからだ。

 かれこれ入学して10回以上は同じやり取りをしているから間違いない。


「おっ。サンキュー、クラマ。いつも悪いな」

 

 こいつは、ボクがノートを差し出すのを、さも当たり前と言わんばかりに受け取る。

 本当にイラつく。

 ボクはコイツが嫌いだ。バスケ部所属で身長180㎝超なところも嫌いだ。

 スポーツは言わずもがな、学業も授業は聞いてないのにも関わらず学年トップクラスなところや、見た目についても健康的で、活動的な男の特徴である浅黒く焼けた肌とライトブラウンの茶髪、目鼻立ちもくっきりした顔つきで、今すぐ芸能界やモデルで稼げるレベルであることも腹立たしい。

 性格も外見に寄るのか、明るくてサバサバしているうえに、統率力もあるから学校中の人気者であるところも憎らしい。


 つまりだ。

 この大男を一言で表すなら『陽キャ』という言葉がぴったりなのだ。そこが非常に腹立たしい。

 コイツはボクが持っていないすべてを持っている。ボクとは何もかもが正反対と言っても過言ではない。


 ボクの身長は150㎝そこそこ。つまりチビ。

 スポーツは苦手で学業はボチボチ出来るが、佐咲には遠く及ばない。

 佐咲のような精悍せいかんな顔と違い、たまに女性と間違われる顔もコンプレックスで、これのせいで男として屈辱的な思いを何度も経験した。

 皆をまとめる能力? あるわけない。むしろ今のように巻き込まれてばっかりだ。


 よく【天は人に二物を与えない】と言うが本当にそのとおりだ。

 佐咲には二物じゃ足りない。


「瞬、この動画見たぁ?」


「おぉ見た見た。いいよな、このPV」


「なになにー。何話してんの?」


「瞬、おれ明日彼女とデートなんだけどちょっと相談乗ってくれよ」


 またか……。

 毎度毎度のことながら、佐咲の周りには人が集まってくる。

 5人、6人……と、どんどん集まり、声のサラウンド音源が完成しつつある。

 そういえば入学当初からヤツは人気者だった。

 4月から佐咲を中心としたグループが早くも出来上がっていた。

 5月ですでに野球部並みの円陣が組めるまでの規模になっていた。

 そう、コイツの人望は、もはやちょっとした“魔法”と呼べる代物だった。

 日を追うごとに、ネズミ算的に取り巻きが増えていく。1年後はどうなることやら……。

 

 目立つことや人混みが嫌いなボクにとって、非常に居心地が悪い。

 このまま居座り続けると、いずれ佐咲の取り巻きから「席を譲れ」と言われるだろう。

 そうなる前に自発的に退散することにした。

 なんて諦めが早いヤツだ。と思うだろう。だが、ボクもかつてはそうじゃなかった。

 寝たふりをしてでも、なんとしても自分の席を死守してやる! と入学当初は意気込んでいたのだが、その決意は、佐咲の魔法とも呼べる人望には適わず、2か月と持たなかった。

 6月に入ってからはいっそ開き直り、休み時間中は校内を意味も無く散策する流浪の学生となった。


「クラマ、購買行くのか? ならカレーパンとカフェオレを買ってきてくれよ」


 なっ! 佐咲に見つかってしまった!

 しかも、さらりとパシリを要求された!


「あっ、それならあたし、野菜ジュース!」


「クリームパンとハムカツサンドも!」


「じゃあ俺も焼きそばパンとイチゴオレ!」


「俺も!」

「わたしも!」


 周囲からぶわっと声が溢れた。

 待ってくれ。一気に言われても、ボクの耳は二つしかないんだ。


「えっ、ちょっとまっ……。佐咲君がカレーパンとカフェオレ、新山さんが野菜ジュースで、安原君がクリームパンとハムカツサンド……」


 この注文量を休み時間中に捌ききるために、ボクは何往復も購買を行き来するハメになった……。


 ――*――


「はぁ……今日も散々な1日だった」


 下校時、雨はすでに上がっていた。

 夏の訪れを予感させる夕焼け空が浮かんでいた。

 カラスの群れがカァカァと鳴き、セミたちのまばらな声がちらほらと聞こえる。

 すれ違う女子高生達は夏休みの計画を話し合っていた。

 そして前方には、男女の高校生カップルがイチャイチャしながら歩いていた。

 

 これらの情景がまぶしくて、とても目に染みる。

 最後のカップルの光景が一番心をえぐったのが実のところではあるが。


「ただいま」


「お帰り。今日も早いわねぇ」


 母が余計なことを言いながら出迎える。


「帰宅部だから早いに決まっている」


「あんたも高校生なら友達と部活動をエンジョイするなり、夜遅くに返ってくるなり、もう少し青春を謳歌しなよ。若人でしょ?」


「そんなのボクの勝手だろ!」


 いつもなら聞き流せるのだが、今日は母に当たってしまった。

 ボクは通学かばんを玄関に投げ捨て、庭の方へと向かった。


 ボクの家は、かつて士族だったため、それなりに立派な家と土地を持っていた。

 その名残なのか母屋のほかに、時代劇で見たような壁が真っ白な立派な土蔵が庭に建っていた。

 

 歴史を感じる古い外観と、それに負けず内部もノスタルジックだった。

 重いトビラを開けると赤土とヒノキの香り、そして絵画に使われている顔料の匂いが始めに出迎える。換気が完全には行き届かないジメジメとした重たい空気が漂い、ケーブルむき出しの裸電球の心許ない光が非日常感を演出する。

 雰囲気としては明治か大正で時が止まっているようだった。

 トビラを閉めると、街はずれの静寂な立地も相まって、外からの音は聞こえず、時の流れが停止したような感覚が味わえた。


 土蔵には先祖代々のお宝や骨董品が収められていた。

 それ以外には、工具や季節家電・園芸用品などが保管され、物置きとしての側面もあった。

 

 ボクは中学生のときに、土蔵の一画、3畳ぐらいのスペースに絨毯を敷き、その上にソファを置き、骨董品が陳列されていた棚を使ってパーティション兼書斎棚として活用し、まるで社長や大作家が使っているような年季の入った木製の幅広い机と、クッションの利いたふかふかな椅子を設置した。どれもウチにある物ばかりだからお金はかからなかった。

 コンセプトは“大人の男”の書斎で、これがなかなか傑作で、2年経った今もこのレイアウトのままだ。

 

 ボクはここで、ラノベやゲーム、ネットやプラモデル等のインドア趣味を堪能していた。


「『陰陽狂いのサト子ちゃん。異世界を征く』の3巻はどこだっけなぁ?」


 昨日読みかけだったラノベの続きを読もうと、書斎棚に手を伸ばした。

 そこで手が止まった。

 いつもは目もくれない、その他大勢に分類されていた薄汚い古ぼけた文献が目に入った。

 今まであることすら認識していなかった1冊の本が、ボクに手に取ってほしそうにしていた。ちょっとポエミーで気持ち悪いが、自分の感覚を正確に言えばこのとおりなのである。


「なんだこれ? 古い……辞書か?」


 分厚いその本を観察する。

 本革で作られた重厚なカバーには、ペルシャ絨毯じゅうたんのような紋様が四隅まで刻まれ、中心に魔法陣が描かれていた。だが一番驚いたのは、本に鎖が何重にも巻き付けられ、ご丁寧にも南京錠まで掛けてあることだった。

 どう見ても呪いの書のたぐいだ。


 この後の展開を予想してみる。

 まぁ、ボクがうっかり本の封印を解いてしまう流れだ。すると、かわいいサキュバスが現れて、エッチな御奉仕をしてくれるというのが昨今の流行りだが……。

 そんなこと無いだろうな。ラノベじゃあるまいし。


 ここは「触らぬ神に祟りなし」とも言うし、無視一択だな。

 ボクは本を書棚に戻した。


 ……。

 …………。

 ………………。

 

 でも、やっぱり気になる。

 中身が知りたい。何が書かれているか知りたい。

 知的好奇心へのあくなき欲求。これも人間の本能か。

 カギを探してみようか? だけど、この土蔵にあるのだろうか。いや、待てよ? カギなんて探さず、鎖をペンチで断ち切ればいいのでは? 幸いここには工具もある。金ノコギリもあったはずだ。


 ボクは好奇心にあらがえず、本の封印を解こうと画策した。

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