2)令和4年12月7日

 夕飯を食っていたら、向かいに座っていたさおりが「フミ車ぶつけられたんだって?」と聞いてきた。

 俺の横には栞が、さおりの横には一葉かずはがいて、一家団欒のお食事タイムなのだが、チビはふたりとも箸を止めてテレビに夢中になっている。なんか最近やたら人気があるという、海外の動物のアニメ。俺はさおりに「話したっけ?」と聞きながら、食卓の真ん中にでんと置かれた唐揚げに箸を伸ばした。

「いや、かずちからじゃないよ。フミに会ってさ、スーパーで。めっちゃ焼き鳥買ってた」

 さおりは唐揚げの皿を少し俺のほうに押し出しながら答えた。俺は感謝を述べつつ取り皿に唐揚げを三つ乗せ、最後に取った一つは隣の栞の皿に置いた。


「さおりが行くような時間にスーパーにいたの? フミさん」

「そう。スーツでさ。私も、え~こんな時間に? って思って。そしたら、じゃんけんでなんかの打ち上げの買い出し係になったって言ってた。なんか、意外とアレだね、弁護士事務所」

 アレの意味するところはハッキリは分からないが、ニュアンスは分かる。フミさんの事務所は(幸いなことにお世話になったことはないので、ホームページを見る限りだけど)確かフミさんのほかにも弁護士がいて、フミさんはその中で最年少っぽかった。かといって事務員さんもいるだろうに、とか思いながら唐揚げを頬張っていたら、さおりは「そうじゃなくて」と話を戻した。

「こないだ夜にさ、珍しく電話かかってきてたじゃん。それ思い出してさ、あれ何だったのって聞いたら」

「ああ。なんかね、隣の駐車枠の家の娘さんが車通勤始めることになって、車庫入れの練習してたらぶつけたって。車しばらく要るから、代車とかすぐ手配できるかなあ、乗れないわけじゃないからあとでもいいけど、みたいな話で」

 テレビではまだ犬の警察官みたいなキャラクターが走り回っていて、一葉はそっちに釘付けになっている。さおりは手が止まったままの一葉を見ながら、そうなんだ、と言った。


「何はともあれ無事でよかったね。いや、無事ではないか。車が」

 どうやらフミさんはさおりに対しては、俺にしてくれたほどには詳しい話はしてなかったらしい。そうなると一瞬守秘義務的なものがちらついて、俺はこれ以上話していいものかちょっと迷ったけど、もう今更だなと思って、答えた。

「別に腹立ててる感じもなかったし、あんま気にしてないんじゃないかなあ。むしろぶつけた娘さんのほうが泣いてて、逆に慰めちゃったって」

「なるほど。そこから始まる恋があるかもしれない」

 さおりはやたら楽しそうにそう言いながら、箸を置くとリモコンを取ってテレビを消した。

 俺は何が「なるほど」なのか全然わからなかったけど、かもねえ、と返して残りの米をかきこみながら、スーパーの焼き鳥コーナーの前で話してる二人を想像した。


 さおりを「サササオさん」と呼ぶフミさんは、俺の想像した絵面では、ぐいぐいくるさおりに割とわかりやすく引いてた。

 俺はフミさんのことフミって呼ぶさおりが、俺よりフミさんと仲良しなのかもと思ってたんだけど。でも、もしかしなくてもフミさんは、そうは思ってないのかもしれない。

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