怪異—怪シイ話—

椎葉伊作

第1話 始マル

「それじゃあ、始めてみようかな」


「何を?」


「一話一話のほとんどが会話形式で構成された、ホラー短編集を書いてみようと思ってさ」


「そんなの、怖いかなあ?」


「怖いと思うよ。それに、人気が出るかどうかは分からないけど、最近は短い話の方が好まれる傾向にあるっていうし」


「そんなの、でたらめだよ。長かろうが、短かろうが、結局は面白いものが読まれるんだからさ」


「ハハ、まあ、そうだけど。とりあえず、書き始めてみるよ」


「フフッ、いつまで続くかなあ?」


「まあ……やるだけやってみるよ」


「そっか。じゃあ、頑張って」


「うん。ありがとう。ところで、君は誰?」


「それって、誰に言ってるの?」


「だから、君だよ」


「おかしいな。ここに、鏡はないよ」


「アハハハハ、そっか」


「アハハハハハハハッ」


「アハハハハハハハハハハハッ」




 これは、とあるアパートの住民から、

「夜半、空き部屋であるはずの隣室から、ボソボソと会話が聴こえる」

 という旨の苦情を幾度となく受け、業を煮やした不動産業者が、その空き部屋に監視カメラを設置した際に記録された音声である。

 1LDKの一角に無造作に設置されたそのカメラは、なぜか映像が全編に渡って黒く塗り潰されており、結果的に記録されたのは上記の音声のみとなった。

 杜撰な対応とはいえ、不動産業者は、その空き室のドア、窓が施錠されているか、設置前にきちんと確認したという。

 だが、不気味なほどクリアな音声によって記録されたのは、上記の会話だけだった。老朽化した重たい金属製のドアが軋みながら開く音や、同じく老朽化して立て付けの悪い窓が開く音はもちろん、子供が歩いても軋むはずの古いフローリングが鳴る音——つまり足音等の物音の類は、一切記録されていない。

 不可解な調査結果、もとい記録音声となったが、何より不気味なのは、二人で会話しているように聴こえる声が、どちらもまったく同じ声色だということである。

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