第24話 一条の過去②

 ベッドにうつ伏せに倒れ込んだまま、一条は微動だにしなかった。

 最悪な気分だった。

 自分がいじめられるだけならまだいい。自分が悪く言われることも、手を出されることも慣れている。

 でも今回のは違う。

 本気でもない告白に、佐々木を巻き込んで迷惑をかけてしまった。


(ごめんなさい……)


 佐々木に憧れを抱いていたのは本当だ。

 きっかけは修学旅行の前……まだいじめもなかった頃。

 行き先は沖縄。

 修学旅行ではクラス内の複数名での班別行動をするのが一般的である。それは一条達の高校も例外ではなかった。

 当時の一条の性格は今と大して差はなく、クラスメイト達が次々に班員を決めていく中、一人取り残されてしまった。そこで声をかけてくれたのが佐々木だった。


「一条、まだ班決まってねぇよな?」

「え、あ……うん……」

「よかったぁ! 実は俺と田中もまだ決まってなくてさ、良かったら同じ班になってくれない?」


 ただただ意外だった。

 佐々木が売れ残ってることも、自分を誘ってきたことも。


「わ、私でいいなら……」


 断る理由なんてなかった。

 そして、新たに男子と女子が一名ずつ加わって、班決めは終了した。

 だが、一条は一人、悶々としていた。

 佐々木くん、なんで私を誘ってくれたんだろう……私と話してても楽しくなんてないし……気を遣ってくれたのかな……

 一条はそう考え、ならせめてもと、修学旅行先の沖縄の観光名所を片っ端から調べ上げた。

 班別行動では自由に観光巡りができる。

 行き先をどこに決めるにしろ情報は必要だ。

 有名な観光名所からマイナーな穴場、歴史、バスなどの時間、料金、効率的な移動、思いつくままに徹底的に調べ上げた。

 だが、班別で行き先の打ち合わせの日。


(ど、どう切り出せばいいんだろう……)


 せっかく調べたのにも関わらず、一条はそれを言い出せずにいた。

 冷静になって考えてみれば……思い上がっていたかもしれない、と。

 誰も私が調べてくることなんて望んでない……


「どう? 資料に載ってる?」

「載ってるっちゃ載ってるけど、すんげー小さいぞ? マイナーすぎて紹介するとこもねーんじゃね?」


今スマホで調べられれば早いのだが、授業中という名目で使用は禁止されている。


(あ、そこ……)


 昨日調べたとこだ。

 マイナーな場所だけど、地元民や通な人には穴場として有名な場所。


(で、でも二人がいいって言うなら別に私が——)

「一条、どうかした?」

「え……?」


 一条の後ろ向きな思考を遮ったのは、佐々木だった。


「いや、なんかさっきから話したそうにしてるなーって思って」

「え、あ……いや……」


 言い出せない。

 温度差が激しすぎて引かれたら……


「なんか知ってんなら教えてくれね? 正直これだけじゃお手上げだし」


 そう言って、佐々木は観光冊子を指差した。


「俺たちを助けるって思ってさ」

「——!」


 たす……ける……私が、みんなを……?

 そう思ったら、心の中に僅かに光が差し込んだ気がした。


「その……これ……」


 一条は机の中から一冊のノートを取り出す。


「調べてきたから……良かったら、使って……」


 佐々木が受け取ったノートを開いて、中を確認すると。


「うおっ!? なんだこれ!」


 思わず、驚愕の声を出した。

 ノート一冊にも及ぶかというほどの膨大な情報量が目に飛び込んできたからだ。


「これ、一条が一人で?」

「うん……この資料……有名な観光スポットに焦点置かれてるから……困るかなって思って……」


 や、やっぱり……気持ち悪かったかな……

 そこへ、田中が一条のノートを覗き込んできた


「うおぉお!? すっげぇ! もうこのノートだけで十分じゃね!?」


 そんな田中の声を皮切りに、他のクラスメイトも群がってきて、口々に一条のノートを褒め称え、班ごとに貸し回しが行われるほどになった。

 このノートは、一条の努力の結晶。

 それがクラスメイトに認められたみたいで、一条の心にこれまで感じたこともない歓喜が湧き上がった。

 班行動の行き先決めは、驚くほどスムーズに終わった。


「ありがと、一条。一条のおかげで修学旅行めっちゃ楽しかった!」


 修学旅行から帰ってきた後に、佐々木からそう言われた。

 その言葉が三年になった今でも忘れられず、ずっと心の中で響いている。

 そこからなんとなく、佐々木を気にするようになったが、目で追えば追うほど、自分とは住む世界が違うのだと思い知って——

 だからこれは恋愛感情とは違うもの。むしろ憧れって言っていいのかも分からないぐらい曖昧なものだ。

 

(修学旅行……懐かしいな……)


 思い出は美化されるというが、一条にとってこの思い出はまさに心の支え。

 どんな酷いことを言われたって、佐々木達を助けた事実は変わらない。


(そう思ってたんだけどな……)


 それさえも、ただ言い訳をしているだけなような気がして……

 暗い部屋の中。

 一条の瞳から、一筋の涙が頬を伝う。

 現実は違うのかもって、勘違いだったかもって……ここ最近は後ろ向きな思考が加速するばかり。

 すると、机の上に置いたスマホが振動した。


「電話……?」


 慌ててスマホを手に取り、画面に表示されている名前を見て……固まった。


「さ、佐々木くん!?」


 一条が驚愕の表情を浮かべる。

 なんせ、ついさっき連絡先を交換した相手だ。しかもメッセージではなく電話ときた。


「も、もしもし……」

『一条、今時間いいか?」

「うん、大丈夫……」

『話があってさ、えっと……なんて言えばいいかな……』


 なぜか言葉を濁す佐々木に、一条が首を傾げる。


「どうしたの? 遠慮しないで言って……?」

『…………そうだな。言葉を選んでたって変わんねぇもんな……』


 佐々木は一度言葉を区切り、意を決して言った。


『一条さ、いじめられてるよな?』

「——ッ」


 直球で尋ねた佐々木。

 息を呑む一条。

 どうして佐々木くんが知って……

 頭の中が一気に真っ白になって、返答することさえできない。


『やっぱりそうか……』


 佐々木にそう言われて、ようやく一条は思考を取り戻した。


「か、かまかけたの……?」

『証拠は何もなかったし、ただの俺の勘違いの可能性もあったからな。ま、本当に勘違いなら良かったんだけど……』

「もしかして……私の告白で?」

『ああ。一条の告白が……なんていうか、悲痛っぽい? んー、とにかくすんげぇ違和感があったんだ』

「じゃあ、連絡先を交換したのって……」

『咄嗟に思いついたのがこれだったんだ。違ってたらそれでよし。そうじゃなかったら……なんとかしたいって思って』


 なんとかって何?

 考えてなしで首を突っ込んできたの?

 何それ……そんなの……あぁ、でも……


(あれは……勘違いじゃなかったんだ……)


 

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