第4話 察知

 想像してみてほしい。

 『恋愛はできない』とか偉そうなこと言って自分をフった相手が、数日後には『恋愛したいです』と言わんばかりの合コンに参加していたら……


 うん、絶対シバかれる。

 その証拠に……


 ジーーーーーー。


 今まさに、佐々木に射殺いころさんばかりの強烈な視線が刺さっている。

 見れば、机を挟んで右斜め前に座っている青山こと——緋川理佐が佐々木をジト目で睨んでいた。

 顔は笑っているが、目が一切笑っていない。

 さて、どうしたものか……

 目的を果たすどころか命の危険にさらされている始末。災難すぎる。


「おい、玲。次、お前の番だぞ」

「え?」


 考えを巡らせていると、田中がマイクを差し出してきた。

 このレンタルスペースにはカラオケが付属しているらしく、どうやら佐々木に順番が回ってきたらしい。


「いや、俺は……」

「まぁまぁ、玲。ここはごうに入ってはごうに従えってやつだ。今は周りに流されてくれ」


 断ろうとすると、ガシッと田中が肩を組んで小さく耳打ちしてきた。

 周りを見れば、確かにそういうが既にできている。

 ここで歌うのを拒めば、盛り上がっていた場の空気がシラけてしまうだろう。


「仕方ねぇか……こういうのを歌った方がいいとかあんのか?」

「別に好きな曲でいーだろ。玲が普段から聞いてるようなやつ」

「じゃあ…………これでいっか」

「いいじゃん、かましてやれ! ここにいる全員驚くぞ?」


 何がだ? と聞き返そうとする前に、設定した曲のイントロが流れてくる。

 選んだのはテレビで頻繁に取り上げられている恋愛ソング。

 見たことはないが、人気ドラマの主題歌にも使われているらしい。

 表示されている歌詞通りに、丁寧に歌う。

 小手先の技術はないから、せめて音程だけでも外さないようにしないと。




「すごいね、佐々木くん! 歌上手いんだ!」


 歌い終えると、興奮した面持ちで参加者の一人——小野田凛が駆け寄ってきた。


「あぁ……歌は少し自信があるんだ」

「ちょっとー、次あたしの番なんだけどー! なんかハードル上がって緊張すんじゃん!」


 如月は佐々木からマイクを受け取ると、そう愚痴をこぼした。

 本人は自信なさげなことを言っていたが、その歌声は非常に綺麗で、如月も相当レベルが高いのが分かる。


「ねぇ、佐々木くん。次は私とデュエットしようよ」


 如月が歌っている途中で、佐々木の隣に移動した小野田が誘ってきた。

 妙に身体からだの距離が近いような……


「二周目からはそういうの自由だし、どう?」

「お、おう……やるか……」

「やった! なんの曲にする?」


 小野田が更に佐々木の方へ身を寄せる。

 カラオケ機材は佐々木の目の前にあるため、この形になるのは仕方ないが……主張の激しい小野田の胸が思いっきり腕に当たっていた。


(絶対わざとだ……)


 何も反応がないことが気に入らないのか、ムニュッ、とさらに押し付けてくる。

 この状況。触れるに触れづらい。


「りーんー、は後で、でしょ?」

「わっ!?」


 佐々木から小野田を引き剥がしてくれたのは若月詩織。


「別にいいじゃん、武器は活かさなきゃ」

「——ッ!?」


 小野田が再び佐々木の腕にしがみつき、胸を押し付ける。

 途端、佐々木の身体が急激に強張った。


「間違ってないけど、時と場合を考えなさい」


 若月は咎めるように小野田を見る。


「それにほら、佐々木くんも困ってるから」

「はーい」


 渋々といった感じではあるが、小野田は佐々木の腕から離れた。

 そのまま若月と小野田は一旦部屋の隅に移動して行った。

 柔らかい感触が消えて、息を吐くのも束の間。


「どうだった? 小野田さんの胸」


 さっきよりも不機嫌さ全開の緋川が近くにきた。


「あ? あぁ……えっと……まぁ……悪い気は、しねぇ……かも……」

「佐々木……?」


 あれ……おかしいな……口が回ってくれない……

 早まった動悸がおさまらない。

 そういえば、さっきから息苦しい気が……


「ねぇ、大丈夫?」


 大丈夫だ。

 そう答えようとした意思に反して、佐々木は息苦しさから顔を俯かせてしまう。

 異常に気付いたのか、緋川は心配そうに佐々木の顔を覗き込んできた。


「——っ!?」


 瞬間、緋川の表情が変わった。

 不安や焦燥感に駆られたような顔だ。彼女は少し考える素振りを見せた後——


「ごめん、みんな! アタシ佐々木と抜けるね!」

「……え?」


 緋川の爆弾発言を咄嗟に理解できず、全員が固まる。

 やがて如月が慌てたように口を開いた。


「ま、待って、青山さん! 佐々木くんは——」

「ごめん、如月さん!」


 如月の制止を聞かず、緋川は佐々木の腕を掴んで部屋から抜け出した。

 なされるがままエレベーターで一階まで降り、建物の外へ。

 櫻大近辺は割と発展しているから周囲は明るいものの、時間も時間なので人はまばらだった。


「ここに座って。ゆっくり深呼吸して」


 緋川は手頃なベンチを見つけると、佐々木を半ば強引に座らせた。

 佐々木は言われた通りに深呼吸をすると、少しずつ気分が落ち着いてきた。息苦しさも感じない。


「わりぃ……もう大丈夫だ……」

「そう、よかった……顔色もだいぶ良くなったみたい……」


 安心したように、緋川が微笑む。

 だいぶ心配をしていたらしい。

 緋川は近くの自販機で飲み物を買うと、それをそのまま佐々木の前に差し出した。


「ありがとう」


 ありがたく貰って、一口だけ口に含む。

 どれくらいだろうか。しばらく静かな時間が続いた。

 どう話を切り出したものか、お互いに探っているようだ。

 やがて——


「ねぇ、佐々木……『恋愛ができない』ってどういうこと?」

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