第3話

   

 男性にしては高い声質だったので、俺はテナーに配属される。

 運が良かった。同じサークルというだけでなく、パートまで一緒になったおかげで、よこりゅう先輩に可愛がってもらえたからだ。

 大学の合唱サークルには、高校時代に合唱部だった者もおり、当然のように彼らは初心者より上手だったが……。驚いたことに、よこりゅう先輩は経験者ではなかった。大学に入ってから始めたのに、パートソロを担当するほど上達、つまりテナーで一番になったのだ。よほど熱心に練習したのだろう。


「好きこそ物の上手なれ、ってやつだな。お前もすぐに上手くなるよ」

 よこりゅう先輩は笑顔で励ましてくれたけれど、俺自身は、とても「すぐに上手くなる」とは思えなかった。

「合唱は団体競技だ。サークルの練習時間は、野球やサッカーでいえば練習試合にすぎない。だからその前に、たくさんの個人練習が必要なのさ。何の練習もせず、いきなり試合に出るスポーツ選手なんていないだろう?」

 これが彼の基本スタンスであり、飲み会で隣に座ると、いつも同じような話を聞かされた。

 もちろん俺だって、少しは一人で練習してから、サークルの全体練習に臨んでいた。しかし、よこりゅう先輩の練習量は、俺とは桁違いだったはず。彼の歌声を聞くたびに「とても真似できない。先輩みたいになるのは無理だ」と思い知らされるのだった。

   

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