第3話《勝利の女神は 頑張るキミだけに微笑む》

《今日はありがと。楽しかったよ!》


《僕も楽しかったよ。感謝申し上げ候》


《大儀である。またイベントあったら行こうね》



 一昨日やり取りしたメッセージを見返す。

 ニヤニヤしてしまうが学校でそういう顔を晒すわけにはいかない。母校と言えどは基本的にアウェイだ。油断していると刺される。


 校門をくぐりたどり着く教室。

 彼女はまだ登校していないようだが、クラスの様子が普段と違う気がする。


 居心地悪くしていると、彼女と同じカースト上位グループの男子の一人が、こちらに近づいてきた。



「おい、これどういうことだよ」



 高圧的な言いように腰が引けるが、見せつけてきたスマホの画面に一気に血の気が引く。

 そこには彼女と僕が仲よさそうに談笑している、カフェでの様子が映っていた。



「なんでお前があいつと秋葉原でデートしてんだよ」


「は? え? デート?」


「とぼけんのか。これシカ娘のコラボカフェだろ」


「え、あ、その……」



 これ盗撮じゃ? ではなく、やばい!

 このままでは彼女の身に迷惑が……ここで僕がなんとかせねば。



「いや、他人の空似じゃ」


「んなわけねーだろ。この写真で間違えるかよ」



 誤魔化せねーーー! 恨むぞ、僕のボキャブラリーの無さ!

 どうする、親戚が危篤ということでこの場を脱出するか?



「はよーっす。あれ、どうしたの?」



 間の悪いことに、彼女が教室に現れた。



「おい、この写真」



 僕に迫っていた男子が、彼女に写真を見せる。途端彼女は、凍り付いたかのような表情へと変わった。



「お前、どういうことだよ。なんでオタとデートしてんだよ」


「あ、いや、偶然通りかかって」


「偶然通りかかるくらいで一緒にカフェに入るかよ」


「あ、なんか面白いカフェあるなーって」


「これ、シカ娘のコラボカフェだよな」


「……」



 返す言葉が思いつかないのか、無言になる。

 表情は青く、そこに普段の堂々としたたたずまいはない。


 クラスの皆も彼女に視線を集め、成り行きを見守っていた。



「お前さ、もしかしてシカ娘好きなのか?」


「は? え? どうしてそうなるわけ? ただカフェに入っただけっしょ」


「秋葉原で限定オープンして、イベント中だろ。シカ娘が好きじゃなきゃ、なんでそんなところ行くんだよ」


「でもあたしオタクじゃないし、ギャルだし」


「だから、なんでこいつとシカ娘のコラボカフェなんて行ってんだよ!」


「いや、あの、その」



 やばい、責められて混乱している。お目目グルグルだ。



「あ、あの、彼女は……」


「お前には聞いてねーよ」



 フォローに入ろうとするも、カースト最下位のモブにはこれが限界だ。



「おい、答えろよ」


「ね、ほんとどういうこと?」


「もしかして、あんたオタクだったの?」



 他の陽キャ仲間からも囲まれて責められ、後ずさる。

 軽くパニックなのか、彼女は泣き出しそうにも見えた。



 彼女は語っていた、陽キャでいることの大変さを。

 周囲に合わせ、自分の本当に好きなものを隠し、敵を作らぬように気を使い、仲間をフォローし、流行もチェックし、大好きなシカ娘のことは一切語らず。


 僕はクラスでも存在感の希薄な陰キャだ。だから授業中にシカ娘が鳴り響きオタク扱いされても、それはただの事実確認であって何も失うことはない。

 しかし彼女はどうだ。取り繕っていた牙城が崩れれば、居場所さえ失ってしまう。


 でも、僕は彼女にはこれからも日光のように輝いていて欲しい。

 たとえ僕が、陰から出られなくなろうとも。


 意を決して息を吸い、そして声を張り上げる。



「違……」


「違うの!!!!」



 僕の声を塗りつぶす、大きくよくとおる声。



「私がシカ娘が好きだとかホッグジカちゃん推しだとかそんなオタクとかじゃなくて!」



 自分からバラしてないか?



「じゃあなんだよ!」


「単にこのオタが好きで一緒に出かけただけだから!」



 彼女の叫ぶような声。

 しんとなる教室。



「「「えーーーーっ!」」」



 声を合わせる学友たち。とそこで彼女は、言った言葉の意味に気づいたか、顔を真っ赤にしワタワタしはじめる。



「いや、うそ、うそ! あたし、別にこのオタが好きなんじゃなくて」


「え、じゃあシカ娘が」


「いや、違っ、オタが好きなのほんとだし! シ、シカ娘が好きとかじゃなくて……あ、あれ、あたしなに言ってんだろ。いや、オタが好きで、シカ娘も好きで、ほら、でもあたしオタクなんかじゃないから、ほんと!」



 女子諸君がキャーと声を上げているが、なにに叫んでいるんだ? そんなに彼女がシカ娘が好きなことがショックなのだろうか。



「もしかして、お前ら付き合って……」


「違っ、それはまだだから!」


「まだ?」


「っ! ……うーーー」



 唸りを漏らしながら無言になる彼女。そして。



「もう、ほっといて!」



 彼女はダッとかけて教室を飛び出していった。


 しーんとする教室に、廊下でゴリ先が彼女を呼ぶ声が聞こえる。

 呆然とするクラスメイト。もちろん僕もだ。


 こんな時、どうすればいいのだろうか。追いかけるべきなのか? でもそれは彼女に迷惑をかけてしまわないだろうか。「ほっといて」とも言っていた。

 クラスメイトからの刺すような視線。



 ――その時、ふと僕の頭に、ある歌詞が思い浮かぶ。



《勝利の女神は 頑張るキミだけに微笑む》

《行こう ピリオドの向こうへ》

《大地をけって風となり 心に光ともして》



 そうだ。シカで繋がった僕らの関係は、こんなところで立ち止まっていいものではない。だって、シカ娘たちはあんなにも必死になってフィールドを駆けているじゃないか。

 そのトレーナーたる僕が、臆病風に吹かれ二の足を踏むなんて許されない。


 ゴリ先がなんだ。カーストがなんだ。ギャルとオタクがなんだ。だって僕は彼女のことを!


 軽やかに駆けて行った彼女と違い、机や椅子やゴリ先にぶつかったりしながら情けなく駆ける。


 彼女はきっとあの場所に。



 

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