嵌められた勤労令嬢が拾われた先は超優良貴族家でした。雇用先が過保護で困ってます⁉︎

葵 遥菜

第1話 勤労令嬢

 むくり。

 

 無言で起床した私は枕元に置いた時計を確認する。

 

――いつもの時間。

 

 またいつもの一日が始まる。

 

 顔を洗って、着替えて、髪を適当に三つ編みし、化粧を雑に終わらせ、じっくりと鏡を覗き込むこともせずに身支度を終わらせる。

 けれど、これだけはいつも忘れたことがない。


「やっぱりこれがないとね」


 仕上げにいつものメガネをかけて、準備を終えたアリーゼは最後にしっかりと鏡の中の自分を見つめる。


「よし、アリーゼ。今日も稼ぐわよ!」


 お金を稼ぐことを考えるとゾクゾクして、自然と満面の笑みが顔に浮かぶ。

 

 私、アリーゼ・カスティルは自他ともに認める変態だった。


◆◆◆

 

 私は十八年前にカスティル男爵家の長女として生まれた。れっきとした貴族令嬢だ。……と言っても、当家は祖父の代に先物取引で財を成し、男爵位をお金で買った元平民。“れっきとした”というのは言いすぎたかもしれない。

 

 いずれにせよ、貴族といっても男爵家は最下層にあたるため、生活レベルは平民とそう変わらないことも多い。

 特にうち、カスティル男爵家にいたっては極貧生活を強いられているので、裕福な平民以下の暮らしであるといって差し支えないだろう。名実ともに名ばかりの貴族というわけだ。


 けれど、ずっとそうだったわけではない。八年前に父親が早世するまでは、今よりは裕福な暮らしが保てていた。極貧生活に陥ったのはそのあと。当時十二歳だった兄がカスティル男爵家当主となってからだった。

 

 若くして当主となった兄の周りには、誰も頼れる人がいない状況だった。母は父の死を嘆くばかりで家のことなど考えられる状態ではなかったし、私たち弟妹は兄よりももっと幼いためオロオロするばかり。

 カスティル男爵家は、その状況を好機と見た貴族たちの恰好の餌食となったのだ。

 

 兄は父親の死をいたみ、当家の資金繰りを心配してくれる大人に信頼を寄せた。幼くして当主となってしまった自分を助けてくれるのだと純粋に信じ、導かれるままに金を投資に費やした。そして、その結果として家の資産をほぼ全て使い切った。気づいたときには、財産と呼べるものは私たちが住む屋敷と男爵の爵位しか残っていなかったのだ。訴えようと思っても、兄が結んだ契約は法律上すべて正当なものだったので、訴えようがなかった。

 

 兄が頼った大人たちは、搾り取るものがなくなった当家に興味をなくして去っていった。爵位と家だけ残してくれたのは慈悲だったのかもしれないし、単にいらなかっただけかもしれない。もしくは、そのどちらでもなかったかもしれないが、彼らの行動が理解できなかった私には想像すらつかなかった。

 

 こうして、我が男爵家の極貧生活が始まったのである。


 責任を感じて失意の中にいる兄の手助けをするため、それから私はお金について猛勉強をし始めた。

 

 私たち家族を守るために幼くして兄はひどく傷ついてしまった。私たちが何もわからず怯えている間に、兄は一人戦って、その身を犠牲にしてしまったのだ。私たちがそうさせてしまったのだ。

 私は、年齢を言い訳にしてそれを傍観しているしかできなかった自分が許せなかった。


――家族は、助け合わなきゃね。


 母は未だ憔悴しょうすいしきっているから休養が必要だし、弟妹はまだ幼すぎる。失敗を挽回しようと孤軍奮闘する兄を補佐できるのは私だけだと思い立ち、それからほぼ一日中図書館で過ごす毎日を繰り返した。

 

 その結果、お金を稼ぐことに執念を燃やし、お金を見ると胸がときめく、お金大好きな変態男爵令嬢アリーゼ・カスティルが完成したのである。


――お金……! お金こそがすべてを解決するのよ!


 家族の会話は減り、食事のとき以外はお互い顔を合わせることもなくなった。

 屋敷の中の雰囲気は悪くなるばかりだったけれど、私がお金の勉強を始めたのは家の事業を引き継いでいる兄を手伝いたかったからだ。

 ある程度知識が身についたら実践をするべく、意を決して兄に仕事の補佐を申し出たのだが……。あっさり『必要ない』と断られてしまった。


 そうだ。家の仕事をするにはまだ経験が足りないのだ。そう気づき、私は社会勉強も兼ねて外に働きに出ることにした。

 

――外で働く貴族令嬢なんて、今どき珍しくもないでしょう。


 きっと、お金がなくなったせいで家族はみんな心がすさんでしまったのだ。


――家族みんなで幸せになるにはお金を稼ぐしかないわ!

 

 お金が心の豊かさと家族の笑顔を取り戻してくれるのだと私は信じていた。

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