第2話:日曜日の朝の一幕。

 目が覚めてカーテンを開けると、太陽はとっくにいつもよりも高い位置まで昇っていた。


 何時……?

 スマホを点けてホーム画面を見てみると、表示された時刻は一〇時四二分。

 いつもは六時半に起きるから、かなり寝坊してしまった。


「ぅうーー…………んっ」


 ぐぐっと伸びをして、力を抜く。

 関節が伸びて気持ちいいが、身体の芯にだるさのようなものが残っている。


 あー、昨日久しぶりにお酒飲んだから……。


 お酒が強くなることはないと聞いたことがある。

 体質で決まっているから、というのがその説明だったのだが、私は少しばかり懐疑的だ。

 飲み〝慣れ〟というものはあると思うのだ。

 しばらくお酒を抜いていて突然飲むと、少ない酒量でもよく酔うし、次の日にも疲れが残りやすい気がしている。

 まあ毎日飲み続けていると、そのだるさに慣れてしまうだけだと言われてしまえば、うまく反論できないけれど。


 自室を出てリビングへ行くと、既に朱莉は起きていた。

 ソファに座ってスマホ片手にマグカップを持ち、何かを飲んでいる。


「お。起きてきた。珍しいね、小枝がこんな時間まで寝てるなんて」

「んー……昨日飲んだからだと思う。まあ、今日は休みだし」

「そうだね。あ、おそよう」

「おそよう」


 まだ微妙にぽやぽやした頭で、挨拶を返す。

 平日の朝ならこのままキッチンへと向かって朝食の準備をするのだが、今はそんな気分になれない。


 ふらふらと歩いて、朱莉の隣に腰掛ける。

 半眼でぼけっとしていると、朱莉は「小枝、眠そ~」と可笑しそうに笑った。


「コーヒーでも入れようか?」


 マグカップを掲げた朱莉が言う。

 漂ってきた香ばしい香りが鼻をくすぐり、半覚醒した脳にじんわりと溶けるように沁みていく。


「ん、お願いしようかな」

「りょーかい。ちょっと待っててね。ついでに朝ごはんも用意したげる」

「ありがと」

「食べられるよね? 二日酔いには――」

「なってないよ、大丈夫」


 小声でもう一度「ありがと」と呟き、ソファを立つ朱莉を見送る。

 しばらくすると、調理を始めたらしい軽快な音が聞こえてきた。


◇◆◇


「おまたせ」


 しばらくすると朱莉がキッチンから戻ってきた。

 促されるまま食卓に座ると、目の前に料理の載ったお皿が並べられていく。


 こんがり狐色に焼かれたトーストはバターの香りが食欲をそそるし、お店で出てくるみたいにふわっふわなスクランブルエッグには付け合わせにくし切りにしたトマトと水菜が添えられいて、インスタントとはいえコーンスープまである。

 ちなみにトーストは四枚切りで、これは私のこだわり。

 朱莉にはいつも厚すぎるからせめて五枚切りにしないかとせっつかれているけれども、譲る気はない。

 もちろんコーヒーもある。


「簡単なものだけど」

「ううん、美味しそう。ありがとね」


 確かに凝っているわけではないけれど、他人に用意してもらったご飯というのは何とも言えず嬉しいものだ。


「いただきます」

「はい、めしあがれ」


 冗談めかした口調で朱莉は言って、向かい合わせの席に頬杖をついて座った。

 私はまずスープを一口飲んで身体を温めてから、スクランブルエッグをスプーンで掬い、口に入れた。


「ん、これ美味しい!」

「でしょ? 小枝、そういうの好きかと思って」


 得意気に茜は笑う。

 ぱっと見では気づかなかったのだが、中にチーズが入っていた。

 朱莉は私がチーズ好きだと知っているので、わざわざ入れてくれたのだろう。

 その気遣いが何ともこそばゆく、テンションがあがってしまう。


「いや~、朝から他人の作ったご飯を食べられるなんて幸せだ。最高の休日!」

「小枝はそーいうけど、私はいつもそれにあやかってるからね?」

「そういえばそうだった」


 とはいえ、やはりこういうのはいい。

 時々のイベントだからだろうか。

 慣れてしまったらちがうのかな。


 その点、朱莉は毎日のことなのに毎回きちんと感謝の言葉をくれる。

 それはとても素晴らしいことだし、美徳だと思う。

 うん、いい友達を持った。


 そしてたまにはまた作ってもらおう。


 勝手に決めて、食べ進める。

 いつの間にか先ほどまでの気怠さや眠気はいつの間にか霧散していて、あっという間に食べきってしまった。

 満腹感と多好感で全身が満たされる。


「ごちそうさま。美味しかった~。朱莉、ありがとね」

「はい、おそまつさまでした。ちょっとは元気出た?」

「もうバッチリ! 今なら何でも出来そう」

「そりゃよかった」

 

 朱莉は立ち上がると食べ終わった私の皿を手に取った。


「あ、いいよ、私が片づけるから」

「いいの。たまにはゆっくりしなさい」


 有無を言わせない口調で言った朱莉は、そのままキッチンへと向かっていく。


「……じゃあ……――お言葉に甘えて」


 とは言ったものの、私だけが何もやらないというのは手持ち無沙汰でうずうずする。

 結局堪えきれなくなって立ち上がり、朱莉の横に並んだ。


「いいのに」

「ううん、じっとしてるのも落ち着かないし」


 私は布巾を取り出し、朱莉が洗った食器をどんどん拭いていく。


「今作ってもらったし、夜は私が作るよ。何か希望ある?」

「んー、じゃあ和食」


 和食か。

 んー、何にしようかな。

 今の時期の旬といえば……。


「朱莉、和食好きだよね」

「まあね。和食って家庭の味って気がしない? 外であまり食べないからさ」

「うん、確かに」


 家庭かぁ。

 もしこのまま五年十年と一緒に過ごせば、朱莉との間にも家庭のようなもの意識するようになるのだろうか。

 今は私の中ではルームシェアをしている友達の域を出ていないけれど、この先どう変化していくかなんて誰にもわからない。


 まあこの前聞いた朱莉の気持ちだって、この先ずっと不変というわけではないだろうし、考えても仕方のないことなのだけれど。

 でも、うん。

 悪くない。


 さすがに一人分の洗い物なんてそう多くはなく、すぐに洗い終わってしまった。

 最後の皿を戸棚に片付け終え、私は朱莉に向き直る。


「じゃあ朱莉、準備してどこか出かけようよ。それで帰りに市場の方まで行って、買い物してこよ。夜ご飯はブリ大根作ってあげる」

「え、本当に? 私、好き」

「知ってる」


 もはや恒例となったやりとりを交わして笑い合うと、私たちは今日という一日を楽しむための準備を始めた。

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