第10話 帰宅の時間だね

「よし、んじゃ帰宅の時間だね」

「はい!」

 怨嗟のこもった側近君の言葉を、部長の甘ったるい声がぶった切る。助かった。本当に助かった。やはり部長は俺にとっての神なのかもしれん。

 だがしかし、休む間もなく帰るというのか。突発的に来たとはいえ、あまりにも過密なスケジュールだと思うんだけれど。

「休んでいかないのか」

「何言ってるんすか。ボクたち旅費なんて持ってないっすよ」

 最悪だ。こんなにもクタクタだというのに、この体で帰れってか。疲労感だけは並みの運動部を超えているかもしれない。

「爺やー。おーい」

「ここに!」

 部長が呼びかけると、昨日送ってくれた爺やがどこからか出てきた。だが、少しおかしなところがある。

「あのー、その浴衣は?」

ここまででも意味が分からないが、彼は浴衣を着こなしている。つまり人が必死に戦っていた中、一人優雅に旅館を満喫していたってことだ。

「教師の方々がこちらに来ないよう、私浴場で必死に抑え込んでおりました」

 どんな嘘だ。それにしては明らかに表情が柔らかいし。なんならちょっと若返ってないか? くそ、せっかく来たなら俺だって満喫したいってのに。

「ネムたちを送ってあげてー」

「かしこまりました」

 ほっこりとした顔で、爺やは部屋を飛び出す。てか動きが俊敏すぎるだろ。あの爺さん青春時代を取り戻してないか。死ぬほどうらやましい。あれ、なんか泣きそうになってきた。

「用意ができましたぞ!」

 五分と経たないうちに、爺やは大部屋に戻ってきた。服装もすでに出会った頃のタキシード姿になっている。顔つきもしっかりとお仕事モードへと切り替わってるし。早着替えにもほどがあるだろう。

「ではまた! 部長の帰還を心待ちにしております」

「うんー、バイバーイ」

 眠そうな部長に見送られながら俺たちは夢良獏むらばく園を後にした。俺だって寝たいのに。とにかく、俺の壮絶な一日は幕を……あれ、今日始まったばかりじゃん。

「なぁ、これってもしかして今から学校に?」

「当たり前だろう。学生の本分は勉強だぞ」

「遅刻は確定っすけどねー。いやぁ、いい気分転換でしたよ」

「心配せずとも、御三方の制服は持ってきておりますぞ!」

 うん、壮絶なのはこれからなのかもしれない。



 こうして史上最高に過激な俺の一日は始まった。

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