第5話 留守番終了

 翌朝、誰よりも早く起きたつもりだったが、ミントたち三人の姿がなかった。

「やはり、逃げてしまったか。まあ、今に始まった事ではない」

 俺は苦笑して、大きく伸びをした。

 まだ寝コケているオヤジを起こさぬように気をつけ、空間ポケットにしまってあるマタタビ酒を入れてある、猫サイズの小さな金属製の容器を取りだし、蓋を指で弾いてあけて一口飲んで、またしまった。

「やれやれ、オヤジになんというか考えよう」

 思わず呟くと、外からなにか香ばしい匂いが漂っている事に気が付いた。

「いかん、俺としたことが気づかなかった。寝起きは鼻の利きが悪いからな」

 俺は苦笑して、テントからでてみた。

 すると、早出の冒険者たちが、列を作って並んでいた。

「これはなんだ?」

 俺は不思議に思いながら列の先頭をみると、ミントたち三人がなにやら料理している様子だった。

「あっ、シュナイザーさん。おはようございます」

 ミントが笑みを浮かべた。

 俺は逃げてしまったと思っていた事をおくびにも出さず、普通に手を上げて応え、三人が料理している現場に向かっていった。

 すると、こんなものを持ち歩いていたのかというほどの、デカい鍋に入った肉の煮込み料理をカイルが掻き回し、それをウレリックが使い捨ての容器に注ぎ、ミントはそれをうけとって販売しているようだった。

「なんだ、新名物でも作るのか?」

 俺は笑った。

「いえ、最初は私たちの朝ごはんを作ろうとしただけなのですが、最初のパーティが朝は食堂も閉まっているので、少し分けてくれとやってきた事がはじまりで…。ここの口コミ伝達力は凄まじく速いですね。あという間に、この騒ぎになってしまいました」

 ミントが苦笑した。

「あまり派手にやると、食堂に怒られるぞ」

 俺は大笑いした。


 朝の喧噪が収まり、オヤジが目を覚ましたところで、俺たちの朝メシになった。

 メニューは肉と野菜の煮物とパンだったが、俺はいつもの猫缶黒印だった。

「えっ、猫のご飯なんですか?」

 料理を器に盛っていたミントが声を上げた。

「いや、悪気があっての事ではない。人間の料理には、猫に害があるものが多いのだ。そこは理解してくれ」

 俺は笑みを浮かべた。

「そうですか。分かりました、明日からはせめて猫缶金印にしましょう」

 ミントが笑った。

「いや、普通でいい。金印はめでたい時だ」

 俺は笑った。

「そうか、だったら今日はその日だな。まだ見習いだが、将来のガイドができたからな」

 オヤジが笑って、手に持っていた猫缶金印を開けた。

「それもそうだな、。三人とも、これからしばらくはオヤジと迷宮に行く事になると思う。元凄腕のガイドだ。俺が指導するより、得るものが大きいと思うぞ」

 俺は笑った。

「笑ってる場合じゃないぞ。全く、人の苦労を…。ああ、すまん。コイツは俺が促成栽したガイドでな。半ばヤケクソだったのだが、飲み込みが異常に早くて短期間で使えるようになったんだ。ただ、そのせいで少々荒っぽくなってしまってな。基礎は丁寧に俺が教えようと思っている。そうだな、冒険者をやっているということは、大事な事は少し分かっているだろうから、必要な知識や技術は早ければ七日もあれば、体と頭にたたき込めるだろう。その後は、シュナイザーが先生だ」

 オヤジが笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。シュナイザーさんに怒られないように、基礎をしっかり学びます」

 ミントが笑みを浮かべた。

「それでは、俺は帰ってくるまでの間、店番をやるとしよう。これも、久々だ」

 俺は笑った。


 三人とオヤジが準備を整え、早々に迷宮に向かっていったあと、俺はテントの出入り口付近にあるカウンターの椅子に乗って丸くなった。

 迷宮に向かうには、もう遅い昼下がりの時刻。

 こんな時間にガイドの仕事が入れば、どこの店でも一泊させるだろう。

 そうなると、あらゆる店が客引きを始める…はずが、もはや一つの村という感のあるここは平穏そのものだった。

「さて、仕事だ」

 俺は椅子から下りて、座面の高さを最大まで上げ、その上に座った。

 しばらく待っていると、六人組のパーティがやってきた。

「ビルヘルム堂はここだな。初めてなんだが、手近なガイド屋に入ってみたら、まずここで紹介してもらえっていわれたんだ。なんか猫みたいな姿だが、大丈夫なのか?」

「うむ、まさしく俺は猫だ。迷宮に入るつもりだな?」

 俺は笑みを浮かべた。

「そ、そうか。猫のガイドがいるという噂は本当だったんだな。ああ、もちろんだ。ここはガイド屋だろ。手っ取り早く、ここでいいのだが…」

 リーダと思しき青年が笑みを浮かべた。

「うむ、普段はそうなんだが、今は店主が新人研修で迷宮に入っている。この店を空っぽにするわけにはいかん。帰ってくるまでは俺が店主だ。七日間はかかる見込みだが、どうする。俺はここでずっと待機でも構わんが、他の店なら明日には出発できるぞ」

 俺は笑みを浮かべた。

「そうか、俺たちは急ぐわけではないから、ここで万全の準備をしたい。仕事の合間で構わないから、色々教えてくれ。

 青年は笑った。

「まあ、そういう事ならいいが。今はオヤジがいないからメシが用意できない。サービスの質が落ちるから、ガイド料込み銀貨二十枚だ。明日以降は一泊につき銀貨十枚。そこに店主お手製のマップがある。メシ屋はそれを参考にしてくれ。こんなサービスしか提供できないが、大丈夫か?」

「ああ、構わない。安くてかえって不安になったがな。しばらく世話になる。俺はアンソニーだ」

 アンソニーが笑い、優しそうなエルフの子供が財布を取り出し、カウンターに料金を置いた。

「うむ、確かに受け取った。しかし、変わった連中だな。こんな条件を出したら、普通は他所にいくと思うんだが…」

 俺は笑った。

「なに、暇なのは慣れている。こういう時は、素直に行動するに限るんだ。俺の直感では、こうするのが一番だと思った」

 アンソニーが笑った。

「そうか。まあ、適当にやっていてくれ。テントの中に入るといい」

 俺が案内すると、六人が中に入りって談笑をはじめた。

「さて、次はどうかな」

 俺は笑みを浮かべた。


 日も傾きかけた頃、次の客がやってきた。

「あの、ここでガイド屋を斡旋してもらえと…間違いないですか?」

 まだ少女という感のある女性が、カウンターの向こうに立って声をかけてきた。

「間違いない。今は店主が出ているので代行だ。もちろん、仕事はちゃんとする。見たところあまり冒険を経験していないようだな。違ってたら、謝るが」

「いえ、その通りです。『チューリの迷宮』を踏破しただけなので、まだ駆け出しなんです。それなのに、ここを狙うなどおこがましいですが、どうしてもいきたくて…」

 俺は冒険者ではないので、チューリの迷宮とやらは知らないが、この口ぶりからすると、比較的難易度が低い、初心者の腕試しクラスの迷宮と察しがついた。

「よし、四人パーティだな。お前がリーダーだな?」

「はい。この中で一番経験を積んでいて、初歩的な回復魔法を使えて…」

 少女が次々と仲間を紹介してくれた。

「なるほど、極端に魔法による攻撃に偏ったパーティか。本来はガイドは案内するだけだが、これはガイドも積極的に参加する必要があるかもしれない。そうなると、アリスの店だな…」

 俺はカウンターの端に山積みになっている薄赤い紙を一枚取り、猫用に改造したペンでガイド店の名前を記した。

「アカザキ亭という店がオススメだ。この紙を持っていくと料金が半額になる。これがマップだ。なくさないうちに、早くいった方がいい。遅くなると、閉めてしまう店もあるからな。おっと、うっかり忘れていたが、これも商売だ。斡旋料として、銀貨一枚なんだが大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。ずいぶん安いので驚きました」

 少女が銀貨一枚をカウンターに置き、俺は手の平をスタンプ台に押し付け、赤ともオレンジともつかない色のインクが着いた肉球を、その紙にスタンプして少女に差し出した。

 これが、正規の紙である証拠だ。オヤジの場合はサインだったが、一回試しにやってみたら、偽造防止にいいと大好評になってしまい、オヤジは慌てて俺の肉球を元にスタンプのゴム印を作るハメになってしまった。

「可愛い肉球ですね。この紙は回収してしまうのですか?」

 少女が笑みを浮かべた。

「それは、店によって違うが基本的に回収されてしまうぞ。どうした?」

「いえ、せっかくこの迷宮にきて、猫のガイドさんと話した記念に、肉球スタンプが欲しいなと思って…」

 少女が笑みを浮かべた。

「分かった。いたずらに押せないから、どこかに押すというわけにはいかん。だから、店の主と交渉してくれ。無効印を押して返してくれると思うぞ」

 俺は笑みを浮かべた。

「分かりました。では、迷宮から出たらまたきます。ありがとうございました」

 少女は笑みを浮かべ、紹介状をもって村の奥に向かっていった。

「…悪く思うなよ。俺はあくまでも店の紹介しかできん。あそこの店主は厳しいぞ。迷宮に入るのは難しいと判断したら優しく諭して帰す。だから、紹介したんだがな。ミントはカイルとウレリックがいたからセーフだが、あの少女一行はまだ早すぎるかもしれん…」

 俺は小さく息を吐き、苦笑した。


 今日は暇な日のようで、夕刻近くなってくると増える客はいなかった。

 例えば、ガイドが役に立たないから交代させたいとか、逆に出しゃばり過ぎて困るから別のガイドにしたい…など上げればキリがないが、大方そんな理由で違う店にいきたがる冒険者が、日によっては行列を作るのだ。

 なぜここで仲介しないと、どの店も相手してしないのかというと、素性が分からないのが冒険者なので、それをここで与信しているからだ。

 つまり、ここで「信用していい」と判断を下せば、斡旋された店としてはありがたいので、俺がまだここにくる以前から、オヤジが一人でやっていたらしい。

 辺りが夕闇に落ちると、俺はテントの入り口を閉める作業に取りかかった。

 今のように、オヤジが不在で俺だけになっている時に備えて、縄を引くとテントの出入り口が閉まるという仕掛けが施してある。

 同時に点灯した暗い魔力灯の明かりが照らすなか、仲間同士でテントの奥まった場所にアンソニーたちが寝袋を広げ、就寝の準備をはじめた。

「シュナイザーだったな。晩メシを食いに行きたいんだが、テントは開けるか?」

 アンソニーが聞いてきた。

「正面を塞いでいる布に、小さな出入り口がある。閉じ込めるつもりはないからな」

 俺は笑った。

「分かった。よく出来ているな、このテント。よし、全員いくぞ」

 アンソニーが声をかけると、他の五名が喋りながら正面の布にあるシッパーで閉じていたた出入り口を開け、まだ名前を聞いていない女性が外から閉じて出ていった。

「…明日には、帰るなり他店に行くだろうな。今のうちに、紹介状を書いておくか」

 俺は苦笑した。


 テント内にある小さな時計が、日付が変わろうとしている事を示していたが、六人は帰ってこなかった。

「嫌気が差して、どこか他の店に…いけるわけないな。さすがにどこも閉まっているし、荷物を置きっぱなしだ。まあ、酒場で飲んでいるかもしれん」

 俺は苦笑した。

 そのまま延々と待ったが、一向に帰ってくる気配がなかった。

「さて、どうしたものか…。探すといっても、メシ屋が開いている時間ではない。酒場だけは休みなく開いているが、下手に外に出て入れ違いになったら間抜けだしな。このままうたた寝でもして待とう。

 俺は適当な場所を選んで床に丸くなり、うつらうつらしているうちに、テントの窓から陽光が差しこんできた。

「いくらなんでもおかしいな。まさか、酔った勢いで迷宮に入ってないだろうな。もしそうだとしても、これは俺の責任ではないぞ」

 俺はため息を吐いて、テントを開く縄を引くと、テントの正面を塞いでいた布が巻き上げられ、本日の営業開始になった。

 当たり前だが、俺の心境など関係なく、次々と客はくる。

 俺はいつも通りに、ガイド屋の斡旋をしていた。

「今日は多いな。まあ、時間帯か」

 俺は苦笑して、ひたすら仕事を続けていたが、そのうちやっと仕事が落ち着いた。

「さて、もうそろそろくるか。向こうも忙しい時間帯だから、気長に待とう」

 俺は椅子の上で伸びをした。

 ついでに欠伸もすると、慌てた様子で隣のガイドやオッチャンが駆け寄ってきた。

「悪い、遅くなった。いつもの黒印でいいな?」

「ああ、待っていたぞ。黒印で構わん」

 オッチャンがテントの中に入り、山積みになっている箱から猫缶黒印を取りだし、プルトップを開けて、それをカウンターにおいた。

「いつもすまんな」

「気にするな。じゃあ、また夜くるぜ!」

 オッチャンはテントから駆け出ていった。

 お隣さんとは取り決めがあり、オヤジが留守にしている時は、一日銅貨十枚で俺の世話を焼いてくれるのだ。

 といっても、水とメシだけくれれば問題ないのだが、万一なにかあった場合に頼れるのはありがたい。

「さて、あとはどうしたものか…。そろそろ警備隊が巡回にくるだろう。その時に捜索願いを出すか…」

 俺は一人呟いた。

 ここには、引退した冒険者を中心に、独自の警備隊がある。

 これが喧嘩の仲裁や犯罪行為の抑止など、色々と村の面倒をみているのだ。

「おう、猫。元気にしてるか?」

 いったそばから、警備隊員四人組がカウンターの前にきて笑った。

「ああ、俺は元気だが問題が発生した。六人パーティの客が全員行方不明になっている。昨日の晩メシに出かけて以来、荷物も武器も置いたままだ。どこにいったか分からん。最悪の場合、酒で酔った勢いでちょっと迷宮の様子をみに行って…というパターンだ。まあ、酔っていなくても、ちょっとだけ迷宮を見たいというのは自然の欲求だ。夜は近寄るなといっておけばよかったな」

 俺は小さくため息を吐いた。

「気に病むな。わざわざ、ガイドがいる意味がわからんヤツは多い。お前のせいではないぞ。とりあえず、迷宮の出入り口付近を探してみよう。名前は?」

 警備隊隊員の声に、俺は『利用客名簿』を取り出した。

「これだ、アンソニーという名の青年がリーダーで、メンバー各人の名前はここに記してある。俺は勝手に荷を漁る事は出来ないからな。これだけが、提供できる情報だ」

「分かった。ちょっと見てくる。よし、いくぞ」

 その警備隊員が笑み浮かべ、残りの三人と共に迷宮方面に向かっていった。

「できる事はこれだけだな。あとは、騒ぎを起こしたんだ。もうここにはおけないから、『白紙』を書くか…」

 俺は飲み過ぎて朝帰りしたなど、騒ぎになる前にここに帰ってきた者に対しては、小言もなにもいわない。

 しかし、今回は晩メシを食いに出たっきり消息不明だ。

 出る前に寝袋を敷いて寝る体勢を整えていたので、今まで帰ってこない方がおかしいだろう。これはもう、警備隊に捜索依頼を出すしかない。

「さて、不本意な仕事をしようか。やれやれ…」

 俺はカウンターの上に置き、色ごとに分けた紙の山から白を選んで一枚取り、自分のサインを書いて、肉球スタンプを押した。

 実はこの紙の色には意味がある。薄赤色は『まだ迷宮に入るのはちょっと危険だが、様子を見てくれ』、黄色は『悪くないが、それなりに戦えるガイドを付けろ』、水色は『平均的で問題なし』。そして、この白紙は大嫌いなのだが『問題を起こした。どの店も出入り禁止だ』という感じだ。

 実は白紙でも一件だけ取り合ってくれる店があるが、そこは通称『縁切り堂』というボロい建物で、ガイドがいないのに宿泊で金貨八十枚という、とんでもない値段を吹っかける。まともな頭をしていれば、これでこの地を去るだろう。

 不本意なのはいうまでもないが、こういう手合いは迷宮に入っても我が儘を通しはじめるのだ。とても、安全なガイドなどできない。

「これでよし。あとは、警備隊を待とう」

 俺は小さく息を吐き、時折やってくる客にアドバイスして、今からでは遅いので一泊休むように伝えて店を紹介したり、椅子の上でうたた寝したり、いつもの調子に戻して時間を潰していた。

「分かってはいたが、オヤジはよく平気だな。寝てしまうぞ」

 まあ、猫だけに座って一所に留まっているのは苦手だ。

 いっそ、本気で寝るかと思いはじめた時、荷車に乗せて警備隊が五人の遺体を運んできた。

「一層の奥で見つかった。よくあそこまで行けたと思うぞ。警備隊四人では足りないので、追加で四名の合計八人でなんとかした。この子は生き残りだ。一人で結界を張って耐えていたようだ。忙しいかもしれないが、合間にかまってやってくれ」

 警備隊の一人と手を繋いでいたエルフの子は、まるでなにかから逃げるようにテントに飛び込み、寝袋に潜ってしまった。

「うむ、助かった。これは報酬と火葬代だ」

 俺はカウンターの裏に隠してある金庫から、金貨を三枚取りだして警備隊の一人に渡した。

「これはまた大金だな。無理しなくていいぞ」

 警備隊の一人が笑みを浮かべ、金貨一枚だけとって荷車を引いていってしまった。

 俺は小さく息を吐き、二枚の金貨を金庫に戻した。

 警備隊に通常業務以外の仕事を頼むと、こうして依頼料が発生する。

 公的な組織ではなく、他に収入がないのでこれは当然だった。

「さて…。今はそっとしておこう」

 寝袋で泣いているエルフの子供に、俺は苦笑した。

 しかし、なかなか強靱な精神力のようで、エルフの子は夕方には寝袋から出て、笑顔を見せるようになった。

「うん、いい感じだな。まあ、散々怖い思いをしたんだ。ゆっくりすればいい」

 俺は笑みを浮かべた。

「もう大丈夫だよ。私はラグドール、ラグって呼んで」

 エルフの子は笑った。

「元気そうだな。俺はシュナイザーという。これからどうする気だ?」

 俺が問いかけると、ラグは困った顔をした。

「実は私は人買いにさらわれて、リーダーに買われてあのパーティに加えられたんだ。だから、里に帰るにも場所がどこだかわからないし、居心地がよさそうなここに置いて欲しいと思ってる。お金ならあるよ」

 ラグが財布を取り出し、さらに置き去りにされたパーティの鞄から次々に財布を抜いていった。

「これも合わせると…金貨三十一枚に銀貨千二百枚、銅貨はいいよね。数えるのが大変だし」

 ラグが笑った。

「ほぅ、大したものだな。だが、宿泊なら銀貨一枚でいい。一つ聞くが、ここで働く気はないか。やる事は簡単なようで難しいかもしれんし、オヤジが帰ってきてからの話しだが、仕事しながらここにいられるぞ。金もかからんし、いうことないだろう」

 俺は笑った。

「あっ、それいいね。よろしくお願いします」

 ラグがぺこりと頭を下げた。

「待て待て、採用担当はオヤジだ。もちろん、口添えはするが、最終的に宿泊客扱いなるかもしれん。まあ、いずれにしても追い出す事はしないさ」

 俺は笑みを浮かべた。


 今日は日が暮れる前にテント内を照らす魔力灯をつけ、夕方の店替えラッシュも切り抜けると、俺は早々に店じまいの準備をはじめた。

 無駄に終わった白紙を爪で破ってゴミ箱に放り込み、カウンターの拭き掃除をしていると、ラグが近寄ってきた。

「なにか手伝おうか?」

ラグが笑みを浮かべた。

「そうだな…。ここの片付けは終わった。お前はいいだろうが、他の者の荷物を整理して、捨てる物と残す物を選別して欲しい。俺ではできないからな」

「分かった、それなら簡単だよ」

 ラグが笑顔を残し、残された背嚢や武器防具の整理をはじめた。

 しばらくすると、隣のオッチャンがやってきた。

「なんだ、客がいるのか?」

 まだ敷かれたままの寝袋に気がついたようで、オッチャンが問いかけてきた。

「ああ。無茶をやって、ガイドもいないのにパーティの面々が迷宮で死んだ。生き残ったのは、片付けしているあの子だけだ」

 俺は小さく息を吐いた。

「そうか…。まあ、ありがちだな。お前が悪いわけじゃない。ほれ、猫缶黒印を開けるぞ」

 オッチャンが笑って、猫缶黒印のプルトップを開けた。

「そうだ、ついでにあの子の出前も頼む。オヤジがいないから、ここを外すわけにはいかないんだ」

 俺はカウンターに置かれた猫缶に口を付けた。

「分かった、すぐに手配しよう。火吹きトカゲ亭でいいな。あそこのステーキだろ?」

 オッチャンは笑った。

「それで構わん、手数料込みでこれで足りるか?」

 俺は今日の売り上げが入っている手提げ手提げ金庫から金貨を一枚取りだした。

「おっ、豪勢だな。だが、これはもらい過ぎだ。銀貨三十枚でいい。お前の気持ち込みでな」

 俺が金貨を元に戻し、銀貨を三十枚渡すと、オッチャンは外に出ていった。

「これ、私の晩ごはん代。話しは聞いていたよ」

 ラグは笑みを浮かべ、銀貨を三十枚カウンターに積み上げた。

「おいおい、こんなところに置くな」

 俺は笑って銀貨を金庫に収めて椅子から降りると、正面の半分…ガイド用の営業スペースがある方の布を下ろした。

 ちなみに、この布には、簡易ながらロックが掛かるようになっているため、勝手に開けたり中を覗いたりする事はできないようになっている。

「今日のガイド業務は終了だ。あとはカウンター作業だ。オッチャン待ちだな」

 俺はその時を待った。

 ラグをチラチラとチェックしていると、手早く五人分の荷物を整理して、寝袋も自分のもの以外を慣れた手つきで畳み、きれいに荷物の整理を終えた。

「終わったよ。こっちの背嚢と寝袋は不用品で、こっちは私の荷物。不要品はどこに捨てるの?」

 ラグがどうしたものかという口調で問いかけてきた。

「それは心配ない。毎日不要品回収と中古販売をやっている連中がくる。一日三回、各店を巡回しているから、そろそろくるだろう」

 俺は笑みを浮かべた。

「へぇ、便利だね」

 ラグが笑った。

 そのまま、しばらくラグと雑談していると、仕事が終わったのか、この前ミントたちを連れて地上に向かっていった時にすれ違った、ガイド仲間のパーレットが片手を上げて入ってきた。

「よう、留守番か!」

 パーレットは笑った。

「今はオヤジが不在だ。込みいった話しなら改めてくれ」

 俺は笑みを浮かべた。

「いや、様子を見にきたんだ。ここに泊まっていた六人パーティが、迷宮で死んで一人だけ生き残たって聞いたからね。あれ、その子は?」

 ラグに気が付いたらしく、パーレットが不思議そうな表情を浮かべた。

「ああ、その六人パーティ唯一の生存者だ。ここで働きたいというから、オヤジの帰り待ちだ」

 俺は笑みを浮かべた。

「そうか、怖い思いをしただろうね。ゆっくり休むといいよ」

 パーレット笑みを浮かべた。

「私はラグドールです。ラグと呼んで下さい」

 ラグが小さく笑い、握手を求めた。

「これはどうも。私はパーレット。この村にいるガイドだよ。よろしくね!」

 パーレットがラグと握手した。

「まあ二人とも元気でよかったよ。ああ、仕事だけど途中でいらないから帰れって言われたから、素直に帰ってきた。そのまま二層に下りたらどうなるか、もう私の知った事じゃないよ!」

 パーレットが笑った。

「また、ガイドの意味が分かってないやつか。まあ、俺でも帰るな。帰れといわれたら帰る。観光地じゃないんだぞ」

 俺は小さく笑った。

 しばらくラグを交えて世間話をしていると、不要品回収のオッチャンがやってきた。

「じゃあ、またくるよ!」

 パーレットが笑顔でテントから出ていった。

「おーい、ゴミや不要品はあるか?」

 回収のオッチャンが声をかけてきた。

「ああ、今日は多いぞ」

 俺がオッチャンに答えると同時に、俺は閉めたばかりのガイドスペースの布を半分開け、ラグが次々と五人の背嚢を持ってきた。

「おっ、見ない顔だな。えっと、それが不要品か。どれ、見てみよう。ゴミがあれば一緒に回収していくぞ」

 開けた布から覗くように入った来た不要品回収のオッチャンが笑うと、ラグがゴミ箱にテント内のゴミを集めはじめ、最後にカウンターにいる俺の元にやってきた。

「あとはカウンターだけです。ゴミ袋はありますか?」

「ああ、それはこのオッチャンが売っている。銅貨二枚だ」

 俺は金庫から銅貨を二枚取り出して、オッチャンに渡した。

「ゴミ袋代だ。勝手に一枚もらうぞ」

 俺はオッチャンの荷車乗って、荷台の端に畳んでおいてあった、ボロ布を縫って袋状にした物を手に取り、荷台から飛び下りた。

「これがゴミ袋だ。十分か?」

 俺はカウンターの床を掃除していたラグに、ゴミ袋を手渡した。

「はい、十分です。このゴミ箱にゴミ袋を被せてひっくり返して…」

 ラグは手早く掃除を終え、ゴミ袋を俺に渡した。

「掃除は終わりました。他に用事があれば…」

 ラグは小さな笑みを浮かべた。

「今のところにない。さて、買い取りはどうだ?」

 俺はちょうど剣の鑑定をしていた、オッチャンに声をかけた。

「そうだな。武器や防具は値段がつくが、背嚢の中にはこれといってないな。これは武器防具以外は焼却炉いきだ。銀貨十枚ぐらいだが、それでいいか?」

 オッチャンが笑みを浮かべた。

「ああ、構わん。金にしたいわけではなく、不要品処理が目的だからな」

 俺は笑みを浮かべた。

「分かった、またくるよ」

 不要品回収のオッチャンが荷物を持っていくと、急にテントが広くなったように感じた。

 俺は不要品回収で売れた銀貨十枚をラグに手渡した。

「これはお前のものだ。黙って受け取れ」

 俺は笑みを浮かべた。

「分かった。ありがとう」

 ラグは笑みを浮かべ、銀貨を自分の財布にしまった。

「さて、あとはメシだな、これだけ待っても戻ってこないという事は、今日も混んでいるようだ」

 俺は苦笑した。


 もう夜なのでテントを完全に閉じ、隣のオッチャンを待っていると、袋を二つ手に持ってやってきた。

「遅くなったな。今日は異常な混み方をしててよ。銀貨二十枚だ」

「分かった、ありがとう」

 ラグが財布から銀貨を取りだし、オッチャンに渡した。

「じゃあ、またな。俺の分まで買ってきたから、冷めないうちに食わないとな」

 オヤジは笑って、テントを出ていった。

 俺は正面の布を全て下ろし、一日の仕事が終わって小さく息を吐き、美味そうにステーキ弁当を食っているラグの様子に笑みを浮かべ、俺はテントの端にあるお気に入りスペースに横になった。

「あれ、もう寝ちゃうの。準備しないと」

 ステーキ弁当を食べながら、ラグが笑みを浮かべた。

「いや、疲れて横になっただけだ。気にしなくていい」

 俺は笑みを浮かべた。

「ならいいけど…そうえば、名前を聞いてなかったね」

 ラグが笑った。

「俺はシュナイザーだ。よろしく頼む」

 俺は名乗って笑みを浮かべた。

「シュナイザーさんか。いい名前だね!」

 ラグが笑った時、そっと正面の布にある出入り口のジッパーが動いて、開いた口からアリスが入ってきた。

「夜中にすまんな。店主が手伝ってこいっていうからきたぞ。まずなにをすればいい?」

「そうだな、明日の朝メシを手配して欲しい。青いドラゴン亭がいいな」

「分かった。ところで、そこでステーキ弁当を食ってるのは誰だ?」

 アリスが不思議そうな表情を浮かべた。

「ああ、故あってここにいる。ここで仕事をしたいらしくてな、オヤジを待っているんだ」

 俺は笑みを浮かべた

「そうか、名はなんという?」

 アリスは笑みを浮かべた。

「はい、ラグと呼んで下さい」

 ステーキ弁当を食ったラグが笑みを浮かべた。

「そうか、私はアリスだ。まあその故というのが気になる。朝メシの手配をしてくるから、戻ってきたら聞かせてくれ。夜は長いからな。暇つぶし程度でいいぞ」

 アリスがテントから出て、出入り口のジッパーを引いて閉じていった。

「ラグ、ぶっきら棒だが、アイツはいいヤツだ。きっと仲良くなれるはずだ」

 俺は笑ったのだった。

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