Phase 05 喰うか喰われるか

 とりあえず、僕は依頼人に名前を聞くことにした。

「名前を教えてくれ」

鎌田悦子かまだえつこと言います。そちらの男性が言っていた通り、私は祖露門のメンバーに犯されました。あなたたちには、私を犯した人間を突き止めて欲しいんです」

 鎌田悦子と名乗る女性は、白い肌に青いあざを浮かべていた。恐らく犯されたときに付けられた痣だろう。なんだか、見ているだけで痛々しいと思った。僕は話を続ける。

「何か、証拠になるものはないのか」

「証拠と言っていいかどうかは分からないんですけど、私には恋人がいたんです。恋人の名前は興梠篤人こうろきあつとって言うんですけど、彼は1だったんです。その事に気づかず、私はずっと興梠さんと付き合っていました。ある日、私が勤めるキャバクラに祖露門のメンバーがぞろぞろと入ってきました。ウチの店では半グレ集団を出禁にしているのですが、興梠さんが『どうしても悦子に会わせてほしい』と脅迫してきたので、仕方なく私はVIPルームに祖露門のメンバーを案内しました。その後の事は思い出したくもないです」

「そうか。それは気の毒だな」

「薫、ちょっといいっすか」

「拓実、どうしたんだ」

「俺、興梠篤人と知り合いっす」

「それは本当か!?」

「本当っす。嘘吐いてないっす」

「ならば話は早い。なんとか興梠篤人を突き止めて欲しい」

「任せろっす」

 こうして、僕は拓実に興梠篤人の所在を突き止めるように依頼した。これが吉と出るか凶と出るかは分からないけど、今よりはいい結果になるのではないかと思う。


 俺は綺世にある「連絡」をした。それは当然興梠篤人に関する連絡だ。あの事故以来、綺世は家にこもりがちである。恐らく祖露門に裏切られたのが心的外傷トラウマになっているのだろう。しかし、そろそろ彼にも動いてもらわないといけない。じゃないと祖露門を壊滅させることは不可能だからだ。

「なあ、綺世。少しいいか」

「拓実か。どうしたんだ」

「祖露門に、興梠篤人という人物がいたのは覚えているか」

「確かにいたけど、一体どういう事だ」

「俺、興梠篤人と知り合いなんすよ。なんていうか、腐れ縁? そんな感じ」

「どこでコネクションを持ったんだ」

「まあ、今はその時じゃない。それはともかく、俺は興梠篤人に会いに行く。だから、連絡して欲しいっす」

「仕方ないな。連絡するから、例のバーで適当に待ち合わせしてくれ」

「分かったっす。それじゃ」

 綺世の言う「例のバー」とは、所謂ショットバーである。祖露門の息がかかっているという点を除けば普通のバーである。しかし、耳をよく澄ますと中から女性の喘ぎ声が聞こえる。つまり、「例のバー」はなのだ。

 俺は、とりあえず「シルバーブレット」を注文した。その名前は「銀の弾丸」と訳される事が多い。銀の弾丸は、吸血鬼や狼男を仕留めるときに使われるという。そういうのは、飽くまで空想上の話ではあるのだけれど、俺はなんとなく「祖露門」という悪を仕留めたかった。だから、このカクテルを注文した。やがて、俺の座っている席の隣に大柄な男性がやってきた。俺は、その男性に話しかける。

「やあ、拓実。久しぶりだな」

「篤人か。こちらこそ久しぶりっす」

「相変わらず元気そうだな。組織犯罪対策課の方はどうなっているんだ」

「骨休めといったところっすね。今はある私設の組織のサポートに回っているっす」

「組織?」

「まあ、『歌舞伎町トラブルバスターズ』っていう巫山戯た名前の私設組織なんすけどね。何でも歌舞伎町の犯罪を自分の手で取り締まりたいという事っす」

「そうか。それは、俺たち祖露門もターゲットにされているのか」

 銃口が、俺の額に向けられる。俺の心臓の鼓動が早鐘を打つ。一呼吸置いて、俺は質問に答えた。

「そ、それは無いと思うっすね。流石にそこまでは追ってこないんじゃないんすかね」

「そうか。だったら良いのだが」

 銃口が引き下げられた。俺は一命を取り留めたのだろうか。しかし、相変わらず心臓の鼓動は速く脈を打っている。そんな状況下でも、興梠篤人から情報を引き出さなければならない。

「篤人、お前はがあるのか」

「それは……まあ、あるな。鎌田悦子というキャバ嬢に、俺は惚れた。そして俺のモノになってほしいという欲望も芽生えた。しかし、彼女は俺を拒絶した。それは俺が祖露門の一員である事がバレたからだろうか。そして、俺は彼女を犯した」

「それだけの理由で、彼女を犯したのかッ!」

「それはどうだろうか」

 再び、銃口が俺の額へと向けられる。正直、興梠篤人の顔が死神に見えた。ここでしくじったら、俺の任務は終わってしまう。まさに「喰うか喰われるか」の話である。

「そうだ、篤人。俺と取引をしないか」

「取引? 一体何なんだ」

「どういう事だ」

「俺は『歌舞伎町トラブルバスターズ』のやり方に疑問を呈していた。俺にとって『歌舞伎町トラブルバスターズ』は飽くまで私設の組織であり、正式な警視庁の組織ではない。故に、俺のような組織犯罪対策課の警官からしてみれば、あんなモノは邪魔でしかない。だから、俺は自らの手で『歌舞伎町トラブルバスターズ』をぶっ潰す」

「祖露門に入ったら、二度と引き返せないぞ。それは分かっているのか」

「分かっている。だからこそ、俺は祖露門のメンバーになる」

「いいな。じゃあ、この血判けっぱんを押してくれ」

 俺は自らの親指に針を指し、血を出した。そして、祖露門の契約書に血判を押した。ここまで来たら、もう引き返せない。俺は「歌舞伎町トラブルバスターズ」の一員ではなく「祖露門」の一員として生きていく道を選んだのだ。それは警視庁組織犯罪対策課だけではなく「歌舞伎町トラブルバスターズ」への裏切りをも意味する。でも、これで良い。俺は、修羅になるために産まれてきた。今は修羅の道へのなかばである。

「これで薬研拓実は正式に祖露門のメンバーになった。後は、背中に彫り物を入れるだけだ」

「分かった。出来れば、猛々たけだけしいモノにして欲しい」

「そうだな……ならば、阿修羅あしゅらの刺青はどうだろうか」

「最強の鬼神を背中に背負うのか。いいな。上等だ」

 こうして、俺は彫り師の元へと連れられた。正直、背中に彫り物を入れる勇気は無かった。

「君が、新しい祖露門のメンバーか」

「はい。名前は薬研拓実と言います」

「そうか。阿修羅の刺青を施して欲しいという依頼だったな。任せておけ」

 こうして、俺は半裸になって椅子に座った。彫刻刀が背中に当てられると、激痛が走った。きっと、彫り物を施しているのだろう。これぐらい、我慢してやる。

「終わったぜ。いい感じに仕上がった」

「ありがとうございます」

 俺は、鏡で自分の背中を見つめる。鬼神の顔が、そこに浮かんでいた。これから、俺は修羅の道へと進んでいくのだろうか。それは「歌舞伎町トラブルバスターズ」に対する裏切りであり、「祖露門」への忠誠を誓う事でもある。


 ――そして、俺は祖露門が運営するクラブへと連れられていった。

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