Phase 06 今そこにある危機

 寒気がする。なんとなく、碧の身に危険が迫っているのではないかと思ったけれども、流石にそんな都合の悪い話なんてある訳がない。そう思いながら、僕は動画サイトに投稿されていた堂安亜由美の動画をすべて見終わった。ホス狂いのインフルエンサーという表現が新しいと思いつつ、その裏ではデリヘル嬢としてホスト通いの資金を稼いでいたのではないかという疑念にも囚われていた。ふと、京極夏彦の小説に挟んであったデリヘルのチラシに目をやる。そう言えば、この小説は読みかけだったな。文庫本で1000ページも超えると読むのに一苦労だ。よく見ると、堂安亜由美に似た女性がチラシに写っていた。僕は、スマホでそのデリヘルに電話をする。

「もしもし? ピーチギャルですか? 女の子を指名したいと思って電話したのですが……」

「誰でしょうか」

「この、『ユミ』という女性です」

「そうか。残念だけど、彼女は最近無断欠勤をしている。今日も欠勤しているよ」

「そうですか。では、また出直します」

 矢張り、堂安亜由美=ユミで間違いないのだろうか。源氏名としてはあまりにも安易ではあるが、その場しのぎの資金稼ぎなら仕方がないのだろう。そう思いつつ、僕は碧に電話をかけた。そう言えば、そろそろ碧が戻ってきても良さそうなのに、まだ戻ってこない。なんとなく、碧の事が心配だったのだ。

「おかけになった電話は電波の繋がらない場所にいるか、電源が入っていないため繋がりません」

 その無機質なアナウンスに、僕の心臓の鼓動が早鐘を打つ。もしかしたら、碧はなんらかの罠に嵌められたのかもしれない。仮に「童顔少年団」の誰かが一連の殺人事件の犯人だとしたら、碧の身が危ない。ならば、僕が助けるしか無いのだろうか。僕は、黒いライダージャケットに袖を通す。そして、夜の歌舞伎町へと舞い降りた。


 ――ここは、どこ? 暗くて、冷たくて、何も見えない。躰が、動かない。

 アタシは、しくじった。一連の殺人事件の犯人が雲雀丘彪流だと気付いていたのに、その雲雀丘彪流に捕らえられてしまった。スタンガンで気絶されられた後の記憶が、全く無い。このまま、アタシは雲雀丘彪流に殺されるのだろうか。せっかく薫くんの力になるって約束したのに、これじゃあアタシは役立たずじゃないか。コツコツと足音が聞こえる。恐らく、雲雀丘彪流の足音だろう。手には、ナイフが握られていた。

「よくも僕を平手打ちで叩いたな。頬がれたじゃないか」

「女の子に貢がれる仕事をしているくせに、気に入らないっていう理由で女の子の命を奪うなんて、アンタは最低の男よ!」

「僕が最低? 笑わせるな。だったら、君の命も奪ってやるよ。毒殺をしていたけど、君は滅多刺めったざしの方が似合う。僕、こう見えて女の子を殺すことに

「そんなことで快楽を覚えるなんて、最低! 普通なら、生きている人間に触れているからこそ、快楽を覚えるはずよ!」

「生きている? そんな事、考えたことなかったな。僕は寧ろだと思っているよ」

「それ、言えることが出来るの?」

「クソッ! 話が進まないな! 今すぐ死ねッ!」

 ナイフが、アタシの頸に突きつけられる。アタシは、このまま死んでしまうのだろうか。その時だった。2人のホストに取り押さえられた男性が、この部屋に入ってきた。あれは、薫くん?

「ちょっと待った」

「か、薫くん!? ここに来ちゃダメって言ったのに!」

「ああ、なんとなく君の事が心配になったからな。それはそうと、一連の毒殺事件の黒幕は矢張り雲雀丘彪流だったか」

「どうしてそれを知っているの?」

「毒殺された2人の女性の事が気になったから、動画サイトでアップロードされていた動画を一通り見た。思った通り、堂安亜由美と鎌田美沙斗は元々『童顔少年団』の『姫』だったようだな」

「矢っ張り、そうなの?」

「あの2人がホス狂いになって直ぐの動画を見た。貢いでいたのは『Official Huge Dandy』の桜庭紫苑ではなく『童顔少年団』の雲雀丘彪流で間違いない。つまり、2人は店をチェンジしたんだ」

「その理由は、アタシがよく知っているわ」

「そうか。薫、僕に教えてくれ」

「要は心変わりしたのよ。なんでも、雲雀丘彪流に対して魅力が無くなったところにライバル店の桜庭紫苑がやってきて、彼に貢ぐようになった。それだけの話よ」

「なるほど。嫉妬からくる殺意ってことか」

「茶番劇はそこまでにしろ。2人まとめて死んでもらう」

「それはどうだろうか」

 その瞬間、薫くんの腹部に、ナイフが突き刺さった。血を吐いて倒れる薫くん。アタシは躰を縛られ、薫くんは刺された。このまま、バッドエンドで終わってしまうのだろうか。その時だった。警察のサイレンが鳴り響いた。赤灯が、辺りを照らしていく。

興梠雄介こおろきゆうすけ容疑者、君を殺人の容疑で逮捕するッ!」

 警察が乗り込んでいく。これも薫くんの計算なんだろうか。それとも、誰かの入れ知恵なのだろうか。アタシには、それが分からなかった。お巡りさんが、アタシに縛られたロープを切っていく。これで、アタシは解放されたのだろうか。しかし、薫くんは起き上がらない。

「あの、腹部を刺された男性を急いで救急車で運んで下さい」

「それなら大丈夫だ。既に救急車は手配してある」

「本当ですか!?」

「本当だ。僕の言うことを信じろ」

 お巡りさんの言葉の通り、レスキュー隊が乗り込んできた。薫くんが担架たんかに乗せられる。アタシも、病院へと付いていくべきなのだろうか。

「碧……お前は警察から事情聴取を受けろ……。僕の事は心配するな……」

「わ、分かった。後で病院に行くから」

 こうして、アタシは警察からの事情聴取を受けることにした。でもその間にも薫くんは命を落とすかもしれない。アタシは、それが心配だった。


 ――そして、アタシはそのままパトカーへと乗せられた。それにしても、警察に電話したのは一体誰なんだ?

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