Phase 04 同業者

 目が覚めると、僕は碧のそばにいた。どうやら、気を失ってそのまま寝ていたらしい。当然、夢なんて見ちゃいない。碧のか弱い寝息が、僕の肌に伝わってくる。とりあえず、僕は碧に毛布をかけた。彼女が目を覚ます頃には、僕は映画館のアルバイトに出かけているかもしれない。そう思いつつ、僕も碧のそばで寝ることにした。


 翌日。案の定碧よりも早く目を覚ましてしまった。まあ、彼女は色々と疲れていたようだし、そのまま寝かせておくことにした。そして、僕はバイト先へと向かった。ゴールデンウィークも終わり、映画館は所謂閑散期に入る頃合いである。

「鯰尾さん、暇ですね」

「ああ、暇だな。今週は話題作も出尽くしたし、リピーター以外の客は来ないでしょう」

「それで、碧さんでしたっけ? 彼女との付き合いはどうなんですか?」

「先輩、それ僕に聞くことですか?」

「今はお客さんもいないし、聞いても良いと思うんですけどね」

「まあ……それなりかな」

「それなりかー。もっとラブラブな感じだと思っていたんですけどね」

「は、恥ずかしいじゃないですかっ!」

「な、なんかゴメン……。あっ、いらっしゃいませ!」

「誤魔化すなよ……」

 ポップコーンを売り捌いていると、バイトのシフトの時間が終わっていく。僕は基本的にこの職場で朝から夕方までのシフトを組ませてもらっている。もちろん、「歌舞伎町トラブルバスターズ」の活動に支障を来さないためでもある。映画館の制服を脱いで、黒革のライダージャケットに袖を通す。これが、僕の私服だからだ。

 そもそもの話、「歌舞伎町トラブルバスターズ」のアジトは歌舞伎町の雑居ビルの中にある。元々風俗店のテナントだったらしく、中は広々としている。当然、広々としている理由は「行為」を行うためである。その分、家賃は格安で譲ってもらえたのだけれど。パソコンのデスクがあって、相談室があって、「行為」を行うための部屋を給湯室に改装した部屋もある。もちろん、「行為」を行うための部屋の一部はシャワールームとして改装した。これなら寝泊まりを行っても大丈夫だ。

 アジトに戻ると、碧と律が真剣に話をしていた。

「それで、毛利ちゃん、ホントにあの店に潜入するつもりなのか」

「うん。色々と気になることがあったから」

「律、碧、今戻った。僕に詳しい話を聞かせてくれ」

「ああ、鯰尾君。丁度良かった。一連の『ホス狂い連続殺人事件』の犯人の目星が付きそうなんだ」

「そうか。それは一体誰なんだ」

「その前に、鯰尾君には『Official Huge Dandy』のライバル店について説明しておく必要があるな」

「ライバル店?」

「ああ。『童顔少年団』っていうホストクラブなんだけど、どうも『Official Huge Dandy』と揉めているらしい。店に対する営業妨害や脅迫も日常茶飯事らしくて、店長である竜胆霞音も手を焼いているのが現状だ。これ、『童顔少年団』のホスト一覧だから、善く読んでおくように」

「誰が一番人気なんだ」

「このリストを見る限り、雲雀丘彪流ひばりがおかたけるという源氏名のホストが一番人気らしい」

 雲雀丘彪流と名乗るホストは、目鼻立ちがはっきりとした見た目に今どきのアイドルのようなルックスをしていた。確かに、人気が出てもおかしくはない。

「なるほど。確かにこの見た目は人気が出そうだな」

「しかし、裏で同業者ライバルに対して脅迫まがいの行為を行ったり、店の売上を盗んだりしているという悪い噂が絶えない。もしかしたら、毛利ちゃんを危険な目に遭わせる事になるかもしれないけど、これ以上死体を増やしたくないんだ」

「そうね。この事件が大事おおごとになる前に、アタシたちでなんとかしないと」

「鯰尾君、毛利ちゃんに軍資金を渡してやれ」

「ああ、分かった。今回の軍資金は……50万円だ」

「分かったわ。これで雲雀丘彪流を引っ掛ければ良いのね」

「そうだ。君に命運が懸かっていると言っても過言ではないからな」

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「気をつけろよ」

 そう言い残して、碧は「童顔少年団」へと向かっていった。それにしてもどこかの国のアイドルのような名前のホストクラブだな。「Official Huge Dandy」にしろ、流行りを取り入れているといえばそれまでなんだけど。碧がいなくなったところで、僕はコーヒーを淹れる。結局のところ、他人が淹れるコーヒーよりも自分で入れたコーヒーの方が美味しいのだ。そして、黒いコーヒーに映る自分の死んだ顔を見ながら、それを飲み干した。そう言えば、コーヒーに微量の毒を入れて殺すと言うのは殺人事件でよくある手法だな。

「もしもあの死体が毒殺だとしたら……碧が危ないな。でもまだ雲雀丘彪流が犯人と決まったわけじゃない。一応碧のスマホにショートメッセージを入れておくか」

 僕は、碧のスマホにショートメッセージを送信する。

【碧、一連の殺人事件は毒殺である可能性が高い。もしかしたら、犯人は毒物を隠し持っている可能性がある。そして、その犯人は。もしも碧が危ない目に遭ったときには、僕が助けに行ってやるからな カオル】

 恐らく碧は泥酔でいすい状態で帰ってくるかもしれない。というよりも、既に泥酔状態になっている可能性が高い。果たして、僕の送ったショートメッセージに気付いてくれるのだろうか。


 ――そんな事を祈りつつ、僕はパソコンの動画サイトで堂安亜由美の生前の姿を見ていた。

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