Final Phase その後の話

 数日後。僕は相変わらず110シネマズのポップコーン売り場でポップコーンを売り捌いていた。それにしても、この時期の映画館は忙しい。『名探偵ナンコツ』の最新作を皮切りにして、怪獣映画やハリウッドの大作が公開されるのだ。「ゴールデンウィーク」は元々映画用語であり、4月下旬から5月上旬というのはハリウッドの大作が公開される時期を指すのである。その名残で、この時期に数多あまたの映画が公開されるのだ。そして、案の定碧もポップコーンを買いにやってきた。

「碧、今日は何を見に来たんだ」

「ヤングガンって知ってる? アメリカ海軍のパイロットの青春群像劇で、昔ゴールデン洋画劇場とかでやっていたから薫くんも知っているはずだと思うんだけど」

「ああ、知っている。その続編を見に来たのだろ?」

「正解!」

「まあ、2度の延期を経てゴールデンウィークに公開されるんだからな」

「薫くんは見ないの?」

「そのうち見に行く」

「そっか。面白かったらまた一緒に見に行こうね」

「ああ、分かっている」

 のちに今年公開されたハリウッド映画で一番のヒット作となる『ヤングガン マーベラス』。矢張り碧もそれを分かって見に来たのだろうか。彼女の映画の好みを一度聞いておきたいものだ。まあ、それよりも今は「歌舞伎町トラブルバスターズ」の仕事が最優先なのだけれど。そういえば、『ヤングガン』に登場するマーベラスというパイロットはアメリカ海軍の孤高のエースだったな。「歌舞伎町トラブルバスターズ」の孤高のエースといえば、矢張り薬研拓実か。今回の事件で彼には恋人を逮捕させてしまうという悲しい仕事を与えてしまったが、使ってはいけないモノを使ってしまったのだから仕方がない。だからこそ、三笘直子には塀の中で反省してもらうことを祈るしか無い。そんな事を思いながら、僕は首に掛けた十字架のネックレスを握りしめた。


 記憶が、フラッシュバックしていく。車のクラクションが、鳴り響く。僕は、跳ね飛ばされて、そのまま地面に打ち付けられた。

 ――なんなんだ、この記憶は。


「――ん?」

「――尾さん?」

「鯰尾さん?」

「ああ、先輩」

「鯰尾さん、最近ボーッとしてますよね」

「ああ、すまない。考え事をしていたからな」

「そうですか……。それはともかく、ガールフレンドちゃんが戻ってきましたよっ」

「それを言うな」

「いやいや、ウチの映画館の常連客ですし、きっと鯰尾さんに惚れているのでしょう」

「それは……そうかもしれないな」

「薫くん? 何してんの?」

「碧、映画は終わっただろ。さっさと帰れ」

「いや、ちょっと気になることがあって。薫くんって、『歌舞伎町トラブルバスターズ』の一員だったりするのかなって思って」

「そ、そんな事はない」

「いや、顔に出てるじゃん」

「そ、そうか……。顔に出ているのか……」

「アタシも、そこの一員に入れてほしいなって思って」

「?」

「先日発生した田宮高校の薬物汚染事件って覚えている?」

「ああ、それは覚えている」

「その時の被害者で容疑者の1人である浅野希良々とアタシ、知り合いだったんだ」

「そうだったのか」

「だから、希良々ちゃんが逮捕されたのがショックで……。悲しい事件を防ぐためにも、アタシを『歌舞伎町トラブルバスターズ』の一員にしてほしいの」

「そうか……。なら、仕方ないな。今度案内するから、今日はもう帰ってくれ」

「はいはい、分かりました。でも、約束は忘れないでね」

 そう言いながら、碧は帰っていった。いくらなんでも僕の幼なじみを危険な仕事に巻き込むのは気が引けると思いつつも、碧の願いなら、引き受けるしか無いのだろうか。


 ――そんな事を悩みながら、僕はポップコーンを売り捌いていた。

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