♯ I've been Working on the Railroad 【前編】♯

 本多先輩の衝撃的な歌詞に動揺して一瞬記憶が飛んでいたけど、お盆中は楽しい思い出が出来た。

 少しばかり情けない思いはしたけれど………。




『お盆休みはおうちに戻るの?』


 葵ちゃんからメッセージが飛んできたのはお盆前のこと。僕はしばし返事に悩んだ。携帯のメモに仮の文章を打ち込んでシュミレートし、長すぎず短すぎず、かと言って遅くなり過ぎないタイミングで返信した。


『実家には誰もいないから埼玉の祖父の家に行こうと思ってる。葵ちゃんも栃木に帰省するなら日にち合わせて同じ電車で行かない?』


 それだけ送るのに、ものすごく緊張した。すぐに既読がついて、少ししてから返事が来た。

 苺の帽子を被った小さな女の子がジャンプして喜んでいるスタンプも一緒に。現実は僕の脳内ではシュミレートしきれない可愛らしさだ。


(どうしよう……)


『やった!行く!なら途中で降りて動物園も行こ。私動物好きなの!』

『いいよ』


 思ってもみなかった提案に、嬉しくて思わず即返事をしてしまったが、速すぎてキモいと思われなかっただろうか……。

 同じ電車に乗って、埼玉にある動物園と遊園地が合体した複合レジャーランド『禅武動物園公園』で途中下車して遊ぼうというお誘いだった。

 完全に舞い上がった僕は、「ぜんぞーくん」という象のキャラクターが蓮の花の上に乗ってるHP画面を早速開く。


(フラワーパークもあるんだ。そこでお昼を食べようかな)


 待ち合わせの時間や当日の予定を2人で立てるのは楽しかった。祖父にも連れて行ってもらったことはあるけど、やっぱり女の子と2人で行くのとは勝手が違う。

 昔は「カップルで行くと別れる」なんてジンクスがあったみたいだけど、今はどうなんだろう。そこまで考えて、別に恋人でもないのにキモいなと思ってやめた。


『私、オヤツ作っていくからね』

『じゃあ僕もお弁当作るよ』

『わーい(*^▽^*)』


 いつも作ってもらってばかりでは悪いから、僕も何か葵ちゃんの為に作りたい。よく祖母の手伝いをしてたし、飛原先輩ほどじゃなくても料理は一通りできる。

 浮かれながら祖母に帰る日時を連絡すると、彼女もとても喜んでくれた。きっと食べきれないくらいご飯を用意して待っていてくれるだろう。


(後で飛原先輩にお奨めレシピを聞いてみよう)



「お弁当のおかずなら夏場は味がしっかりしてるものがいいだろうな。すぐ傷む生野菜は避けろ。容器は捨てられる軽い物使え」


 先日僕らが即興で作った曲を、音楽アプリを取り込んだタブレットであれこれいじりながら、飛原先輩がアドバイスをくれる。


(この人ほんとになんでもやるな……)


 あまり目立たないけど、もしかしてこの部で一番現実的に働いてるのは飛原先輩かもしれない。即興曲のデモ音源も早速HPやSNSに上げていたし、あんな騒ぎの中、さりげなく動画も撮っていた。

 ドラムやベース、ギターのパートは僕や他の先輩方に聞きながら、着々と作業を進めていく。井原先生との連携もしっかり取っているし。


(もう飛原先輩がリーダーの方がいいんじゃないだろうか)


 僕がそう話すと、飛原先輩は眼鏡の奥で微かに笑った。例によってソファにだらしない恰好で座って、適当にベースをつま弾いている本多先輩をちらりと見る。


「俺は裏方の方が向いてるんだよ。デザインもそうだ。蛍が派手にやって、俺が裏でまとめる。今までの経験上その方が上手くいく」

「そういうもんですか」

「そういうもんだよ。あれは全体的な計画そのものだからな」


(ちょっとお洒落なポスター作るだけじゃないんだな……)


 僕は少しだけ先輩を見直したけど、次の一言で撤回したくなった。


「ついでに服もプロデュースしてやるから、上手くいったらチュウの一つもしとけ」

「そ……そういうんじゃありません。一緒に帰るだけです」

「一緒に帰る、ねぇ?……嫁の実家に帰るみたい」

「違います!行き先が同じだけで!」

「分かってるよ」


(ほんとこいつ、肉味噌炒めにしてやろうかな。あっちの赤ピーマンと一緒に)


 むきになるなと眼鏡ナスが薄く笑う。今回は何もしてない本多先輩にはとばっちりかと一瞬反省したけど、玩具のピアノで『はじめてのチュウ』を弾き始めたので、「やっぱり草〇せんべいを口に突っ込んでやろう」と考えを改める僕だった。



 当日の朝、寮の近くで待ち合わせた葵ちゃんは、白のショートパンツに赤のハイカットスニーカー、スパンコールで作った苺をあしらった白Tシャツにチェックのシャツを羽織って赤のキャップを被り、キャリーケースを引いて現れた。

 普段は制服のスカートに隠されている健康的な足が眩しくて、まだ涼しい時間なのに僕はのぼせそうになった。

 僕はと言えば飛原先輩の意見を参考にしながら、白シャツに合わせてカーキのサマーニットベスト、同じ色のスニーカー、くすんだ橙のハーフパンツ、白いバケットハットを被っていた。宿泊は2・3日の予定なので、いつもより少し大きなグレーのリュック。


「おはよ」

「おはよ、私服かっこいいね。ベスト似合う」

「ありがとう……葵ちゃんも可愛い」


 葵ちゃんはいつもストレートに褒めてくれる。


(頑張りすぎとか思われてないかな)


 僕も何か言いたかったけど、結局無難な言葉しか出てこなかった。それでも嬉しそうにお礼を言ってくれる彼女は優しい。 


(こんな時気の利いたことを言えたらいいのに……)


 駅ビルの中のCDショップで葵ちゃんお勧めのバンドのCDを買い、2人で同じ電車に乗る。

 膝同士が触れそうなボックス席の窓際に座って、流れる景色を黙って見ているだけでも楽しい。時々面白い看板を見つけて2人で笑い合う。

 三半規管が弱いせいで、いつもなら乗り物酔いするところだけど、今日はそんな暇もなかった。


(僕、今日死ぬのかもしれない)


 まだ着いてもいないのに、そんなことを考えて幸せに浸っていると、電車は早々に『禅武動物公園前』駅に到着した。


【後編に続く……】



◇◇◇◇◇



【後記】


https://kakuyomu.jp/users/toriokan/news/16817330650800491560(イラスト)


え?某・動物公園のことではありませんよ?(・・;)


【曲】


『I've been Working on the Railroad (線路は続くよどこまでも)』米国民謡

『はじめてのチュウ』1990年・あんしんパパ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る