第14話 騎士様ったら大胆ね!
ネリーの頭はドロテが使っていて、そのドロテの頭はとんがり帽子の中だろうという推測が立ったものの。
本当にそうだとは限らないし、もしそうだったとしても、どうやってそのとんがっていないとんがり帽子を見つけるのかという話になってしまう。
「さすがにそんな大切なものを、侍女に任せて衣装部屋に保管はしないと思いますから……あるとしたら、彼女の私室でしょう」
【お姉さんは今、皇城にいるのよね。皇城なんてどうやって入るのかしら?】
「正面から行っても、皇太子の寵姫の私室なんか入れんぞ。忍び込むか? 忍び込むにしても警備がなぁ……」
ネリーが雲の疑問符をぽふぽふと浮かべ、ジーニアスも難しそうな顔で腕を組む。
そんな二人の横で挙手をするのはエルネスト。
「私にいい考えがあります」
皇城を追放された甲冑の騎士は、自信ありげにそう主張した。
いったいどうするつもりだと胡乱げな顔をしたジーニアスに、エルネストがその方法を告げると、まさに目から鱗と言わんばかりに目を見開いて、呵々大笑される。
それを聞いていたネリーも雲の文字を楽しげに揺らめかせて、エルネストの案に乗ることに。
【エルネストさんったら、けっこう思いっきりがいいのね!】
ネリーの雲の文字が、踊るようにけぶった。
❖❖❖
シャナルティン皇国の皇都の北部には、二百年前の遷都の際に建築された、躍動感のあふれる石造りの城が居丈高にかまえられている。
魔女の錬金にひけをとらないくらい美しい、色つきの硝子があちこちの窓枠に嵌め込まれていて、お日様の光を透過して鮮やかな色彩が降り注ぐ。アメジストやサファイア、ガーネットのような煌めきが、お城の廊下を歩くネリーの足元を華やかに照らしてくれた。
【本当に大丈夫なのかしら?】
ネリーの首から、か細く言葉が流れていく。
エルネストは前をまっすぐ見て歩いているので、半歩後ろで歩いているネリーの雲の文字は見てもらえずに、風にさらわれて消えていった。
長いようで短い馬車での旅を終えたネリーとエルネストは、皇都に入ると正面から皇城に入るための支度を整えた。皇城までくれば、もうジーニアスには付き合う義理もないのだけれど、彼もなんだかんだで思うところがあるのか、このまま経緯を見守るために皇都に残ることにしたらしい。皇城へと向かったネリーとエルネストを見送ったあとは、宿屋でのんびりとしているようなことを言っていた。
ネリーは首を覆うように深くフードを被せて、淀みない足取りのエルネストの後ろをついていく。物語の中でしか知らないお城という建物は、とっても広くて、華やかで、静謐だ。
エルネストが城門で堂々と入場の手続きをしたとき、普通ならフルフェイスで鎧の脱げない男なんて怪しすぎてその場で断られそうなものなのに、すんなりと受理されてしまった。皇城の警備ってゆるいのかしら? とネリーが不思議そうに雲の文字をけぶらせるけれど、エルネスト曰く、その門番も反ドロテ派の一人なのだとか。追い出されるように城を出たというものの、エルネストの味方は多いみたい。
皇城に来たエルネストは勝手知ったるよう城の敷地を歩くと、彼が所属する皇国騎士団の建物を訪れた。
エルネストと旧知である騎士はざわつき、エルネストの帰還を喜ぶ声も上がったけれど、ネリーとしてはとっても複雑。
まるでエルネストが知らない人みたい。顔が見えなくても鎧越しに背中を叩かれて話しかけられれば、エルネストの声には受け入れてもらえたことに安堵する色が混じって。その様子を見ていると、ネリーはなんだか、自分が一人ぼっちで知らない場所に取り残されるような気持ちになってしまった。
そんなエルネストの後ろをフードを抑えながらこそこそついていくと、やっぱりエルネストの連れというのは目立つのか、ネリーにも矛先は向いて。
騎士団は男の人がいっぱいだ。男性免疫がないネリーがいざ質問攻めにされるかと飛び上がったときに現れたのは、獅子を彷彿とさせるような大柄の男性だった。
「エルネスト! 戻ったのか!」
「ガヴェイン団長」
金獅子のたてがみのような黄金の髪を短く刈り上げ、どこか既視感のある深い海色の瞳を持ち、溌溂と発声する男性。
エルネストがきっちりと挨拶したこの男性が、エルネストも所属している騎士団の団長みたい。ネリーがエルネストの後ろでぽつんとその様子を見ていると、再会の挨拶もそこそこに、エルネストが本題を切り出した。
「宮中はどのような状況ですか」
「酷いものだ。宰相が連日の徹夜で蒼白になりながらも国政を回してくれているが……そろそろ過労死するんじゃないかと、冷や冷やしている奴らが多い」
「やはり、ドロテが?」
「そうだとも。ドロテに貢ぐための散財が目に余る。財務省の大臣はドロテの毒蛾にかかってるから役に立たん。皇妃や皇女様方は離宮に避難させているが、陛下と殿下がなぁ……」
ぼやくように言うガヴェイン。エルネストがネリーに話してくれた状況から、何も好転はしていないみたい。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもので、ドロテに近づかないのが一番の身を守る術なのだとガヴェインは話した。周囲に輪となってエルネストを囲っている騎士たちも同意するように頷いている。
それを聞いたエルネストは、迷うことがなく。
道中の馬車でネリーとジーニアスに話した、騎士としてあるまじき不義の言葉を、騎士団の長に告げた。
「団長、お願いがあります。ドロテの私室に忍び込みたいので、ドロテが部屋から出たら手引きしてもらうことはできますか」
一瞬、誰もがエルネストの言葉を理解できなかったかのように、場が静まった。周囲の騎士たちは互いに顔を見合わせたり、正気かとエルネストを凝視する。
ガヴェインもまた、その凛々しい眉を大きく吊り上げた。
「お前、また大胆な……呪いをかけられてから、思い切りが良くなったな?」
「そうでしょうか?」
微動だにしない甲冑から、不思議そうな声が上がる。
もし顔が見えてたら、首を傾げていたのかもしれない。そんなエルネストに、ガヴェインは念を押すようにうなずいた。
「そう思うがな。それにしても、あの女の部屋への手引きか……なぜ部屋に忍び込みたい?」
「ドロテの帽子を見つけたいんです。その帽子が、ドロテ断罪の鍵になるかと」
「どういうことだ?」
眉をひそめたガヴェインに、エルネストは周囲の騎士を見渡して、それからネリーを見る。
「ネリーさん。フードをとっても?」
ネリーとしては全然構わないけれど、最初に首がないことを隠したほうがいいと言ったのはエルネストとジーニアスだ。今日は変身薬を使う前にエルネストに止められたので、そのままだったけれど……まぁ、エルネストさんがそうしてもいいと判断したなら大丈夫よね! とネリーはフードをあっさりとってしまう。
【はじめまして、わたし、魔女のネリーよ!】
フードで抑えられていた雲の文字が、もわんと大きく広がった。
首から煙をもくもくとあげている、首なしの少女。
その衝撃的な姿に、エルネストを囲んでいた騎士たちは絶句して、一歩引く者すら出る有り様。どんな苦境にあっても顔色を変えない団長すら、さすがに顔を引きつらせた。
「……エルネスト、それ、は、なんだ?」
「ドロテに呪詛をかけられた魔女です。彼女が私の結婚相手になります。ついでなので、婚姻のご挨拶をさせてください」
「まてまてまてまてまて! 正気か!? あの女に呪いをかけられておかしくなったのか!? 待ちたまえ! 首がないぞ!? せめてこんな化け物ではなく、せめて、もっと顔! 顔のあるような……!」
「父上」
気が動転したのか、捲し立てるように弁を連ねたガヴェインを遮ったのは、エルネストだった。
ネリーは思い出した。そういえばエルネストのお父様は騎士団の団長だと言っていたこと。なので、唐突にエルネストがガヴェインのことを父と呼んだことには、それほど驚きはしなかったけれど。
顔は分からない。わからないけれど、ネリーには、エルネストの声がとっても苛立ちを含んでいるものに感じられて。
何をそんなに怒っているのかしら? とネリーが雲の文字を綴る横で、エルネストが意外なことを口にした。
「言っていいことと、悪いことがあると思います。ネリーさんは化け物じゃない。前言を撤回してください」
「……すまない。あんまりにも驚きすぎて、気が動転してしまった」
ガヴェインも自分の失言に気がついたようで、すぐに心の底からの謝罪をした。ネリーとしては自分の姿が客観的に見てもおかしな姿をしているのは自覚があるので、そうそう傷つきはしなかったけれど。
でも、エルネストが庇ってくれたことが、ひどく嬉しくて。
【――あぁ、なんてこと、なんてこと! 素敵だわ! 好きよ! 好きよ、エルネストさん! エルネストさんのそういうところ、かっこいいと思うわ!】
「ネリーさんっ?」
【わたしの旦那様になる人はこんなにも素敵なのよ! ねぇ、とっても自慢したいわ! エルネストさんに出会えたことだけは、お姉さんに感謝しなくちゃね!】
堂々と浮かんで消えていくネリーの気持ち。全面的な好意が衆目の目にさらされると、ガヴェインを含めて、騎士団の雰囲気は奇妙なものになった。
「エルネスト……いい嫁を連れてきたな」
「手のひら返しが早くないですか?」
「だってなぁ、息子の嫁がまさか……あぁ、いや、こほん。すまなかった」
ネリーを見ながらどうしたものかと顎をさする騎士団長は、それまでの奇妙な空気を払拭するように一つ咳払いをすると、真面目な表情を作ってエルネストへと視線を戻した。
「ところで結婚の挨拶については日を改めて、家に来るように。その時にはお前の顔もちゃんと見られるようになっていてほしいものだが……その鎧は、まだ外せないのか?」
ガヴェインがどこか罪悪感をその海色の瞳に乗せながら、気遣わしげにエルネストに尋ねれば、甲冑の騎士は微動だにしないで。
「まだです。ネリーさんの首がなければ、魔女の婚礼が挙げられません。そのためにドロテの帽子を探すんです。魔女の帽子の中に、ネリーさんの首がある可能性が高いので」
「……魔女というものはなんでもありだな」
ふぅ、と息をついたガヴェイン騎士団長。
眉間に深く刻まれた皺をほぐすようにしばらく揉み込んでいたけれど、やがて顔を上げて。
「必要な手配を整えよう。だが、心せよ。仮にも皇太子殿下の寵姫の私室に侵入するんだ。騎士は忠誠が第一で、信頼がなければ御前での帯剣を許されないのは、覚えているな?」
「はい」
エルネストは重々うなずいた。
エルネストがお願いしているのは、客観的に見れば皇族への叛逆だ。皇族の大切にしているものを踏み荒らそうとしている。それは、騎士の叙任を受けた時の誓いに反するもの。
だからこそ、これからエルネストのしようとすることの意味は重く、罪深い。
「……ドロテはこの国を腐敗させていく毒婦だが、今は間違いなく我らが主君の寵姫だ。お前のその申し出に手を貸すことで、関与した者たちの首が物理的に飛ぶだろう。もしそうなれば、私はお前の首を真っ先に差し出す。その覚悟と責任を、お前は負えるか?」
騎士団の存在意義は皇国の守護。
忠誠に背くと後ろ指を差されるようなことをしては、騎士の名折れ。
その汚名を背負い、かつ、大罪を背負う罪人となる覚悟を、エルネストは問われた。
その問いに、エルネストは。
「あります。主君のため、国の為ならば、汚名を負ってでも、ドロテを討ちます。ドロテによる理不尽な犠牲者を、増やしてはならない」
エルネストの答えに、ガヴェインは何かを噛みしめるようにうなずいた。
「……そうだな。私もそう思う。もう二度と、お前にこの剣を抜くような思いは、したくない」
二人の間に何があったのかは、詳しくは知らない。
でも、二人の間にあるわだかまりを、エルネストもガヴェインも、乗り越えようとしているのは伝わってきて。
騎士でもあり、血の繋がる親子でもある二人の間に交わされた、高尚な決断。この決断に、集っていた騎士たちも一蓮托生だと言うように凛とした表情で各々うなずきを返す。
その一連の流れを見ていたネリーの心が、打ち震えた。
【素敵だわ、素敵だわ! 浪漫ね! これが浪漫なのよ! 騎士の皆様の熱くて清らかな気持ちを受け取ったわ! 覚悟しなさい、ドロテ! わたしが来たからには、もうお痛はできないんですからね!】
感じた思いのまま、決意を新たに打倒ドロテを謳う雲の文字が、騎士たちの頭上をたゆたっていく。
やる気満々よ! と拳を握るネリーのその周りで、彼女の雲の文字を見上げた騎士たちは。
「……首がないのに愛嬌あるなぁ」
「エルネストが面白い嫁を連れてきたぞ」
「俺もあんな素直な子が嫁にほしい!」
ここ最近では稀に見るほど、明るく活気づいたとか。
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