中編

 それは一人にとって決闘だった。


 それはもう一人にとっては防衛戦だった。


 一人はもう一人から奪いたいものが存在した。


 もう一人はその一人から奪われたくないものが存在した。


 一人はそれが欲しかった。


 もう一人はそれが失いたくないものだった。



 たくさんの生徒が友達と放課後の予定を話しているいこいの食堂、一年生、宇津木詩織うつぎしおりはその名を名乗り三年生、三森久遠みもりくおんと対峙した、それはそれを見つめる生徒にハッキリ男子を巡る争いだとわかる代物だった。



「三森先輩は冠字屋かんじやくんの気持ちを知ってるんですか?」

 宇津木詩織は三森久遠と友人で同じ三年生の女子生徒と二人で現生徒会のメンバーの二人に沢山並んだ食卓の一つで向き合って座りアドバイスをしている所だった。


 そしてそこに火の玉のように突っ込んで行き三森久遠の前に一年生の頃は腰まであった長く明るい髪を振り乱し、宇津木詩織がそう突き詰めたのだ。


 呆気にとられたまま座る三森久遠の友人、元生徒会会計の三年生女子と現生徒会長と現会生徒会計の二年生女子生徒。


「どう言う意味かしら?」

 椅子を少しずらし座ったままで宇津木詩織を見上げ向き合った三森久遠は指をスカートの上で重ね、あごくらいまで下ろした真っ黒なショートヘアで静かに微笑んだ。



「余裕って事?」

 宇津木詩織はいきどおる。



 三森久遠は生徒誰もが認めるほど美人だった、スタイルも良く、勉強も出来て、去年は生徒会長を勤め、後輩にも優しい。


 そして更には冠字屋伊集久の近所に住む幼なじみのお姉さんなのだ。



 余裕の対応で当然だ。



「伊集久に迷惑かかると嫌だから二人で話しましょうか?」

 三森久遠には冠字屋伊集久を気遣い、この場で話す事では無いと言う理性があるように見えた。


 少なくとも他の生徒からは……。



***

 


 桜が咲いている。


 暖かい日差しもある。


 友達どうしたあいのない会話をする筈のベンチ。


 恋人が幸せいっぱいでお弁当するベンチ。



 でも今は戦場。



「何から話そうかしら?」

 三森久遠は遠巻きに心配そうにコチラ見る三年生の友人と、物見遊山でついて来た隠れてるんだか隠れてないんだかわからない生徒達を目で追うことも無く、真っ直ぐに何もない一階校舎廊下の窓の下の何もない壁を真っ直ぐ見つめそう話し始めた。


「三森先輩は冠字屋くんの気持ちを知ってるんですか?!」

 宇津木詩織はコソコソする野次馬を睨み付け苛立ち、それでも「フーー」っと息を吐き一階廊下の窓を真っ直ぐ見つめ先ほどより語気を強めそう繰り返した。



「ええ……」

 三森久遠は少し嬉しそうにそう言った。


「…………」

 宇津木詩織にとってその答えは以外だった、もっとはぐらかされると思っていた。


「みっ、三森先輩の気持ちはどうなんですか?!」

 宇津木詩織はそう言って『しまった』と思った、これで三森久遠が「好きよ」とでも答えたならどうにも出来ない。


「私は伊集久が好き、好きなんだと思う……」


 先ほどまで校舎の壁を見ていた三森久遠の視線は中庭の土に落ちている桜の花びらを見つめる。


 三森久遠はスカートの上で重なった指先を少し撫でる。


「好き、なんだと思うって……」

 さっきまで自信に満ちていた三森久遠が少し小さく見える。


「ねえ宇津木さん、伊集久は私の事を本当に好きだと思う? それはそれは恋愛として? それとも姉として? 私さっき「ええ」って答えたけどそれであってるの?」

 三森久遠は絶対にしてはいけない相手に少し詰め寄るように聞いた。



 三森久遠は三森久遠で不安なのだ。



 美人でスタイルも良くて勉強も出来て元生徒会長で後輩にも優しく更には冠字屋伊集久の家の近所に住む幼なじみのお姉さんでも恋愛は不安なのだ。



 聞かないで。


 なんて残酷な質問。


 外から見れば介入の余地すらない。


 負け確定のゲーム。


 それでも戦いたかった。


 なにもせず諦めたくなかった。


 嫌な奴で居て。


 意地悪させて。


 貴女達の邪魔をさせて。


 せめて可哀想なヒロインで居させて。



「そんなの知らない!! 私はアイツが好きだし振り向かせて見せる、貴女は余裕なフリをして悩んでるといいわ」

 宇津木詩織はスックとベンチから立ち上がりドタドタと足を地面に踏みつけながら校舎へと戻って行った。



「何よ!!!!」



 宇津木詩織はそう叫び、野次馬を睨めつけたあと三森久遠の友人に目をやり「行ってあげると良いわ」と視線を送った。

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