第10話 ようこそ、幻想の世界へ ~ 捜査:2


 現場検証も一通り終了し調査隊の面々が次の予定について話し合いを始めた頃、僕は一人事件現場で検証を続けていた。


 といっても、もう殆ど調べ尽くされているし、僕としても欲しかった情報はもう手に入れることが出来たので、ここに残る必要はないのだが……少しでも犯人につながるような「何か」がないものかと、芋虫のように這いつくばって目を皿のようにしながら探してみたが……やはりそう簡単には行かないらしい。



(そりゃ、この程度で証拠が挙がればこの事件もここまで拗れたりもしないよな)



 少なくともこれ以外に出来る事もない僕よりも、経験則なんかから多少なりとも専門的な意見を出せる彼らの方が「探索」という観点では格上だろう事は、探索者という彼らの肩書きからも明らかだろう。


 何より彼らの方が僕よりもこの手の検証には手慣れているだろうし、ここまでで同じような事件の調査に当たっていたのだから、手際も良い。


 取り敢えず自分の出来ることは粗方したので、ここらで切り上げようかと体を起こそうとした……その時だ。



「―――ここはお前みたいなガキの遊び場じゃない。遊ぶなら他所でやれ」



 若干苛立ちを含んだ苛ついた雰囲気を隠さない低い声が、僕のすぐ横の遥か頭上から聞こえてきたことに多少驚きつつ、体を起こしながら声のした方へと視線を向けると、やけにゴツい黒のロングブーツを履き込み、ダークブラウンの革鎧に身を包んだ全身黒という少々アレなファッションが真っ先に目を引いた。


 更に視線を上げていくと……これまた真っ黒なフードを目深く被っていることと、今の僕の体制もあって顔ははっきりとは確認できないが……フードからちらりと覗く顔はいかにも神経質そうだ。


 そんな愉快なファッションをしたフードの男が、不快感を顕にしながら僕を見下していた。



「……あぁどうも、すいません。気を付けます」



 這いつくばっていたせいで服に纏わり付いた土埃を払いならがら立ち上がりながら、あくまでも下手に謝罪する。


 こういうタイプは正しさを説いた所で言い訳だと因縁を着けられるか、そもそもこちらが説明のためにあれこれ喋ったことなんて聞き入れようともせず、理路整然に説明したことも言い返したという行動に拡大解釈し、歯向かってきたから更にキレるとかいう超絶面倒くさくて理不尽なヤツが多いのだ。


 ソースは前世の職場に居たクソ嫌われてたパワハラ上司。


 だからここは余計な言葉は交えず、適当に流すのが正解。


 何故ならこういう人間はこっちの態度とかそういう部分には全く興味はなく、歪んだ自己顕示欲とストレスの解消のために強い言葉を使いたいだけで、行動そのものには興味がないからだ。


 どこまでも自分中心の人間にとって周囲の評判と信頼をなんてものは元から存在しておらず、自己満足のためであれば容赦なく他人を貶す。


 どうやったらここまで歪むんだと思ってしまうが、こういう人間は少なくないというのが現実リアルのヤバい所だと思う。



「……チッ」



 そんな僕の対応につまらなそうに、更にその顔を醜悪に歪め、フードの男はわざとらしく僕にも聞こえるように舌打ちした後、踵を返して外へと歩き去っていったのを見てから、僕は小さくため息を吐き出した。



(やっぱこっちの世界ファンタジーでもああいう輩はいるんだなぁ……)



 僕は、今まで殆ど世間に触れることなく育った……所謂、箱入り息子というやつで、本や父さん母さんとの世間話などでなんとなく情勢なんかは知っていたりするが、今回の事件の噂を知らなかったぐらい、著しいほどの世間知らずなのだ。


 その上『FW』という世界ゲームの知識のせいで中途半端にこの世界の情報を知っている事で、先入観が先行してしまうせいで普通ならありえないようなミスをしてしまうことも多い。


 その最たる例がアルであり、「アルの性別は男」という先入観が強すぎて本人に性別を確認することもなく、女の子らしい格好をしていたアルを見ても多少の疑問は抱きつつも全く考えることはしなかったぐらいだ。


 それに、転生者という身の上もまた厄介なモノで、前世と今生のギャップや違いがでか過ぎて未だに馴染めないことも多々あるし、なんだかんだこの世界を『ゲーム』として考えている節もあり……かなり常識から外れている自覚はある。


 とはいえどんな世界でも人間性はそれほど変わらないものらしく、僕の常識と合致するためこういう取り繕ったようなコミュニケーションは得意であったりする。



「いやぁ、すんません。あいつもそれほど悪いやつじゃあないんです。あんまり気ィ悪くしてやらないでやってください」



 そんな事を考えていると僕の元に後ろ頭を掻きながら、諂うような笑みを浮かべやってきたのはこの調査隊のまとめ役的な事をしている立派な顎髭を蓄えた壮年の探索者―――ビアドさんだった。


 彼は父さんがかなり懇意にしているベテランであり、今回、調査隊のメンバーの募集や編成なども関わっているという、調査隊の中心人物である。


 

「あぁ、いえいえ。僕は平気ですよ。それに、元は僕が軽率な行動をしたせいですから、ああ言われてしまうのも仕方ないことだと思ってますよ」


「そうですかい?なら良かったですがねぇ」



 当然、彼は僕が当主の息子であることも知っているため、先程の一悶着の尻拭いフォローにやってきたのだろうというのはすぐに分かったし、そうやって返してやるのは簡単だった。


 実際、さっきのことは僕が発端でもあるし、あれでピキッてしまうようではパワハラ上司の相手など務まらないし……それより今はあんな細事よりも、気になっていたことがあった。



「それはそうとさっきの人、あまり見覚えがない人でしたけど……」



 ゴーシュへと向かう馬車に乗る前、僕はビアドさんの紹介で調査隊の面々と一通り顔合わせをしていた。


 だが、あんな特徴的真っ黒な格好をしているのなら、印象に残っても良さそうなものだが、あのフードの男とは顔合わせをした記憶がない事に違和感を抱いていたのだが……その疑問の答えは案外単純なモノだった。



「アイツぁ、俺らとは畑違い……所謂、傭兵ってヤツでしてね。今回の事件を起こしてる野郎は相当な実力者だろうってんで、ウチらも専門家に頼ろうってワケで、捜査隊にも何人か混じってるんですわ。それで、まぁ、ヤツはあんな性格タチなもんで、顔合わせも必要ねぇだろう、と」


「……なるほど、通りで」



 傭兵とはなんでも屋のような探索者とは種を分ける、モンスターの駆除から人殺しまで……金次第で何でも請け負う荒事の専門家だ。


 そんな仕事であるため探索者に比べて傭兵の世間的なイメージは悪く、仕事が仕事であるためなのか気性が荒い者や気難しい者が多い傾向にあるらしいが……その点はあのフードの男は傭兵らしいと言えるだろう。


 ……それに、あの身の熟し。


 軽装とは言え鎧を着込み、あんなにゴツいブーツを履いていたというのに、あのフードの男は足音立てず、気付けば僕の側に立っていたし、歩き去っていった時も足音が無音に近いぐらい非常に小さく、衣擦れの音すら出していなかった。


 恐らく、僕がフードの男の顔をよく確認できなかったのは、出来なかったのではなく、させなかったのだと、今になって納得していた。


 ただその事実もそれなりに重要だが、もう一つ。


 的確にあの男の性格を見抜き、ラウラと引き合わせなかったその判断は見事なもので、今のやり取りでビアドさんが世渡りが上手い理由も理解出来た……が。


 

「ビアドさんは、あの人のことをやけに気にしてましたけど、彼とは付き合いは長いんですか?」


「いやいや!俺ぁ、現役で探索者だもんで、傭兵のヤツとは今回みたいなことがない限りは縁がない連中でさぁ!ただまぁ……ほら、アイツ、ああいう性格だもんで、拗ねられでもしたら面倒でしてねぇ……」


「あはは……。ビアドさんも色々と苦労なさってるんですね」



 愚痴のようにも聞こえるその吐露は、間違いなく彼の本心なのだろう。


 疲れたような笑みを浮かべながら自身の顎髭を撫で付ける彼からは、部下の尻拭いに奔放するくたびれた印象から、納得せざるを得なかった。



「あぁ、そうだ。ちょうどビアドさんに聞きたいことがあったんですよ」



 あのフードの男から始まったビアドさんとの会話に一区切り付いた頃、僕はその時を見計らって少々わざとらしく、なかなか切り出せずに居た本題・・へ移った。


 ビアドさんも僕の声色が変わったことで真面目な話だと察したのか、先程まで僕たちの間にあった和やかな空気は一気に弛緩したものから、緊張したものに変わったのが分かった。



「聞きたいこと、ですかい?そりゃあまた、事件に関することで?」


「といっても今日調べた事件のことじゃなく、以前の事件についてなんですが……」


「直接調査に赴いてる俺から直接聞きたいと。……そういう訳ですかい?」


「察しが早くて助かります」



 本当にこの人の対人能力の高さには感嘆させられる。


 三日前……家を発つ前に父さんからある程度の事は聞いているし、報告書も確認させてもらったりもしたのだが、なんというか……概要ぐらいしか分からないようなすごくお粗末なもので、父さんから聞いた話のほうが詳しかったぐらいだ。


 父さんに直接報告したのもこのビアドさんだろう事は大体察しが付いていたし、だから態々彼を選んでこうして頼んでいるのだ。



「そりゃあ勿論、やぶさかじゃないんですがね。ただ、俺も全部の現場に赴いたわけじゃあないんで歯抜けになっちまう事もあるんですが……」


「いえ、ビアドさんの知る限りで大丈夫です。……今はとにかく、情報が欲しい」



 ビアドさんは若干歯切れが悪そうにそう言うが……問題ない。


 僕が知りたいのは、事件の詳細ではない・・・・・・・・・のだから。



「そういうことなら、勿論。俺が出来ることなら何でもやらせてもらいまさぁ」


「助かります」


 ビアドさんは僕の様子を見て少し目の色を変え、その後朗らかな笑顔を浮かべならがら自分の胸をどんと叩いて、快い返事をしてくれた事に安堵しかけていた、丁度、そんな時、僕の背後からパンプスの足音が自分の存在を示すようにこつんと打ち鳴らされた。



「ルドス様。言われていたモノを持って参りました」


「流石ラウラ、ベストタイミングだ」



 その直後、先程頼んでいたティーツァ領の地図を持って戻ってきたラウラは僕に手渡てくれた地図をそのままリビングにあったテーブルの上に広げた。



「……こりゃあ驚いた。流石に準備が良過ぎやしませんかい?」



 元々このためにラウラに地図を持ってくるよう頼んでいたのだ。


 そりゃあ当然、準備も良くなる。



「備えあれば、ですよ。……さて、始めましょうか」


「りょ、了解でさぁ!」



 驚くビアドさんを横目に小さく笑うと、すぐに地図へと目を落とした。

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