01-07 錬金術屋はじめ……られません!

 ひとしきり泣いて落ち着いたのか、そっと俺から離れるティンク。

 冷静になるとなんだか物凄く恥ずかしくなってきて、お互いに顔を合わせられない。


 すくっと立ち上がると、ティンクは寝室の方へと歩いて行った。


「え、えっと。私とりあえず着替えてくるから!」


「お、おう。あ、じゃあせっかくだしその麻の服は俺が貰ってもいいか? お前じゃサイズ合わないだろうし」


「分かったわ。ちょっと待ってて」


 ぎこちない会話を交わした後、寝室のドアがゆっくりと閉められる。


 待ってる間特にやる事もなく、麻袋から取り出して散らばったままになっていた道具を片付けながら時間を潰す。


(……思い返してみると、女の子を抱きしめたのなんて人生で初めてだな。何て言うか、あんなにふわふわで、凄くいい匂いがするもんなんだな)


 冷静になって思い返すと、心臓がバクバクと鼓動を速めていくのがわかった。


(ヤバい、今更になってなんか凄い事をしてしまった気がする)


 ――そんな事を考えていると、不意に寝室のドアが開く音がした。

 慌てて何事も無かったように片付けに戻る。


 あんまりジロジロと見ないように気をつけながら横目で寝室の方を確認すると、そこにはワンピースとトレンチコートを着た美少女が佇んでいた。


「ど、どうかな? 似合ってる?」


 真っ赤な髪と瞳によく合うワインレッドのコート。それを際立たせるようような黒い清楚なワンピース。

 やや派手な色彩で、ともすればこんな田舎じゃ浮いてしまうんじゃないかと思えるようなハイセンスな組み合わせだ。

 正直これを着こなせる女性は中々いないだろう。

 ――けれど、ティンクにはとても良く似合っている。まるで彼女のために仕立てられたかのように。


「お、おう。まぁまぁ……? じゃねぇか?」


 本心を言えば、小一時間でも凝視していたい程に反則級の可愛さです! けど、そんな思考がバレたんじゃ今後の関係に支障をきたしかねない。

 気恥ずかしさもあってつい素っ気ない返事を返してしまった。


「――ま、まぁまぁ……か」


 またギャーギャーと減らず口でも叩いてくるかと思ったけど、想定外に悲しそうな顔で俯くティンク。


「い、いや、嘘! 訂正する! 照れ隠しで言っただけだ! 本当はめちゃくちゃ可愛い!!」


「――ほ、ホント!?」


 今のしょげた顔が嘘のように、満面の笑顔で顔を上げる。


「あぁ、本当だ!」


 小走りで窓に近づき、クルクルと回ってガラスに映る自分を見ては、嬉しそうにポーズを取る。

 じいちゃんのプレゼント、そんなに気に入ったのか。……怒って泣いて、落ち込んで笑って。何だか忙しいヤツだけど――意外と可愛い所あるじゃんか。



 ……



「――で。これからどうするの? 見て分かると思うけど、私一文無しよ」


 俺が淹れたお茶をすすりながら、遠慮のひとつも無く言い放つティンク。

 ――こいつ、開き直りやがったな。

 見た目は超が付く程の美少女のくせに、性格はかなり難あり……。じいちゃんの手紙にあった通りだ。



「そうだなぁ……。俺だっていつまでも親の脛ばっかかじってる訳にもいかないし、そこに加えて見ず知らずの女の子の衣食住まで面倒見てくれ……とはさすがに頼めないな。となると――自力で生活していくためにもまずは仕事を始めないとな!」


「仕事……」


 難解な錬金学書を開いたかのごとく難しそうな顔をして固まるティンク。


「安心しろ。計画はある」


 おもむろに窓の外を指さしてみせる。


 工房の外、小さな雑木林を抜けたその先。街の生活道路に面した辺りにちょっとした小屋が見える。


「何? あの小屋がどうかしたの?」


「あれ、うちの所有物件なんだけど長い間誰も使ってないんだ。誰か使いたければ倉庫にでも好きに使っていいって前に父さんが言ってたんだけど。――あそこで錬金術屋を開く!」


「――錬金術屋?」


 ティンクが怪訝な顔で首を傾げる。


「そう! 錬金術師が商売をするとなると、一番手っ取り早いのが"錬金術屋"だ。素材を仕入れて、それを錬金術でアイテムに変える。そんでそのアイテムを売ってお金を稼ぐ。これが錬金術屋の基本だな」


「――それくらい知ってるわよ」


 せっかく丁寧に説明してやったのに、あっけらかんとした返事をされ拍子抜けする。


「何だ、知ってんのかよっ!!」


「当たり前じゃない、常識よ。私が聞きたいのは、錬金術屋をやるなら“許可証”はどうすんのって話よ。あんたその歳で許可証持ってるって事は無いわよね?」


「……へ?」


「"へ?"じゃないわよ! 錬金術屋の営業許可証よ! 何の実績もないヤブ錬金術師が訳の分からないアイテムを売りさばいたら大事故になりかねないでしょ。だから、医者とか武器商人と一緒で錬金術屋も開業には許可が要るのよ……って、まさか知らないで言ってたの!?」


 なにっ!? そうだったのか!! 全然知らなかった。

 だって誰も教えてくれなかったし……。


「い、いや、知ってるに決まってんだろ! 今からその許可を貰いに行くんだよ!」


「今からって……。いきなり行って"私は錬金術師です! お店開くんで許可下さい"て言ったところで"はいそうですか、こちらをどうぞ"って簡単に貰える物じゃないわよ!?」


「ぐ……ぐぬぬ」


 そういえば、街の錬金術屋でも王国の紋章が入った許可証が置いてあるのを見た気がする。

 言っちゃ悪いが、半分ボケたような爺さんの店でも置いてあるんだから、申請さえすれば簡単に貰えるんだろうと思ってた。


 固まる俺の様子を見て、やれやれと小さくため息をつくティンク。


「……仕方ないわね。――便箋とペンある?」


「え、あるけど……」


 戸棚にあった便箋と筆ペンを手渡すと、ペン先を口先に当てて『ウ〜ン』と少し考え込んだ後、何やら手紙をしたため始めた。


 サラサラと綺麗な字で一気に手紙書き終えると、それを便箋にしまい傍に有ったロウソクに火をつける。

 頃合いを見計らい、慣れた手つきで便箋の口に蝋を垂らすと机の上に置いてあったペンドライト家の印璽いんじを押して封をした。


「――出来た! そんじゃさっさと行くわよ!」


「行くってどこに?」


「決まってんでしょ。――王都よ」




 ―――




 隣町である王都までは馬車で約1時間かかる。

 歩いて行けなくもないが、今から歩くとなると今日中には戻ってこられない。

 俺はさておきティンクがそんなに歩けるかも分からないので、父さんに頼んで馬車を用意して貰う事にした。


 母屋に戻り事情を話すと、快諾し直ぐに馬車を手配してくれるという父さん。

 途中の話の流れから察すると、ティンクは俺が雇ってきた住み込みのメイドという事になっているようだ。

 兄さんが上手いこと手を回してくれたらしいが……『父さん、マグナスが突然工房に女の子を住まわせ始めたけど、ただのメイドだから大丈夫だよ!』 ――いやいや、さすがに無理があるだろ!


 父さんたちも本当のところメイドはウソだと気づいてはいるようだ。……けど、そこは末っ子に激甘な我が家族たち。

 父さんも母さんも姉さんまでも、何とも微笑ましいといった眼差しで俺とティンクの事をニコニコと見てくる。

 ……何だ? このえも言えない不吉な予感は?

 そう言えば……兄さんの騎士団入りが決まった頃から『マグナスには早く可愛いお嫁さんを貰ってずっと家に居て欲しいわね』とか言い出してたな母さん!

 これは、早々に誤解を解いておかないとえらい事になりかねない!


 ――そうは思いつつも、とりあえず今はその話は置いておこう。


 到着した馬車に乗り込み、家族に暖かく見送られながらティンクと2人王都を目指す。

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