第1話 精霊王との邂逅

 私、イリニ・ナフェリス・アギオス……アギオス侯爵家長女には一度目と二度目の人生があった。精霊王の計らいで、私は死に戻っている。三度目の戻る直前、精霊王は私の前世の記憶二人分を思い出させてくれた。というか出会わせてくれた。


 始まりは、神官長から聖女認定された十歳の時だ。


 父も母も魔法の力に長けていて、父は魔法使長もしていたこともある程だった。私が聖女認定されるのと同じ頃には王城勤めを辞し、侯爵家の主として商才を発揮しながらゆとりある生活を送っていた。

 私は自国パノキカト、北西の隣国シコフォーナクセーと北東の隣国エクセロスレヴォの三国共通の学び舎である貴族院に通いつつ、王城にて聖女としての詳細を学ぶことになる。

 小さい頃から侯爵令嬢としてマナーや言葉遣いを厳しく教えられ淑女として出来上がっていた私は、王城勤めもそこそここなせてしまい、この生活に何も疑問に感じていなかった。今思えばハードワークも甚だしい。


 聖女としての王城通いがあったのは、自国パノキカトの王太子殿下との婚約が決まったからだ。

 この国では聖女が排出された場合、自国の王と婚姻を結ぶのが慣例だった。聖女を手放さないための手段の一つだからか、王太子殿下との顔合わせは婚約の手続きが済んでからだ。

 最初こそ、私と王太子殿下は決められたとはいえ、互いに思いやっていたのではと思っている。王太子殿下も優しかったし、頻繁に顔合わせはしてくれていた。稀に笑いかけてくれることもあったぐらい。


 王太子殿下がその立場を不本意なものとし始めたのは、互いに通う貴族院に途中編入してきたパンセリノス・ピラズモス男爵令嬢が現れてからだ。

 王太子殿下は公務もそっちのけで、ピラズモス男爵令嬢に夢中になった。

 故に、私の次期王妃としての公務という仕事は増えるし、少しでも不出来があれば王太子殿下から怠慢だのお小言を言われるようになる。

 それでも、私は二度目までは確かに王太子殿下が好きだった。互いを思いやっていた僅かな時間の頃の王太子殿下が戻って来るのではと信じていて、今思えば我ながら笑えるぐらいテンプレな話だと思う。


 学生である期間がすぎても王太子殿下はピラズモス男爵令嬢を城に置くことで関係を続けた。

 彼の父である今代の王は黙認。

 私は城内で二人が睦み合う姿を見せつけられ、周囲から同情と蔑みの視線や言葉を受けながら、ただ苦しさに耐えて公務を続けるだけだった。結果、王太子殿下から婚約破棄を言い渡される羽目になる。


 婚約破棄の際、私は王太子殿下に二度殺された。

 どちらも婚約破棄を言い渡され、一度目は呆然と立ち尽くした所を騎士に取り押さえられる。抵抗したら、その場で王太子殿下が私の首を切った。

 二度目は前回のことがあったから、婚約破棄を言い渡された時に王太子殿下を説得しようと訴えかけたけど、逆に激昂した殿下に胸を貫かれた。

 戻る日は決まって婚約破棄を言い渡される一日前だ。もう少しゆとりをもって戻してくれてもいいと思う。

 そして王太子殿下への気持ちが綺麗に失われた三回目、婚約破棄前日に戻ろうとした時だった。


「可哀相なイリニ」

「どちら様です?」


 二回目の死……胸を貫かれ暗転し、目を開けた世界は暗闇のようなのに、どこか煌めいた空間だった。

 どこなのか分からないのに、頭にふと浮かんだのは宇宙で、そのよく分からない空間にふわりふわりと揺れながら私は浮いている。


「祝福を与えていたのに、私の存在に気づいてなかったのかな?」

「……まさか精霊王?」

「そうだね」


 私と同じ人間の姿で向かい合う見た目男性の姿をした存在が、この世界で信じられている精霊の頂点に立つ存在だ。

 神官長に神託を託し、私を聖女と指名する。指名の後、慣例となっている聖女受託の祭事に私が神殿へ入った際に祝福という名の聖女だけの魔法を授けた。

 姿を見ることなんてないと思っていたのに。


「精霊王がどのような御用件でこちらに?」

「あまりに見てられなくて来てしまったよ。君があの王子に斬られて死んだからチャンスを与えたのに、二度目も同じように死ぬから」

「それは……申し訳ありません?」


 謝るものじゃない気もするけど。死に戻りを頼んでいないし、聖女だからと特別扱いするのもおかしい。


「大丈夫、君は変わらず聖女だよ。けどそうだね、ちょっと孤独がすぎたか」

「はい?」

「君に仲間を与えよう」

「いえ、結構です」


 仲間って与えられるものじゃない。自分から動いたりして得るものじゃないの?

 というか、私今割と疲れているから休ませてほしい。


「まあそう言わないで」


 背後に二人の気配がした。

 振り向けば同じぐらいの年齢の女性が二人いる。一人は知っていて、もう一人は全く知らない。精霊王が視線を二人に寄越せば、その内一人が片手をあげた。


「ああ、知っていておかしくないですもんね」

「うん、彼女には世話になったから」


 精霊王の瞳が細められる。

 懐かしんでいるようにも思えた。先程までとは違う、色が鮮やかになるような瞳の変化だ。


「役者は揃ったね」

「役者?」

「君の前世だから」

「はあ」

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