絶対にあたしが本物なんですけど!

 ひとまず家の中で話すことにした一同。


 玄関を入り、右手のドアを開ければリビングが現れた。


 手前にL字型の緑のソファと大きなテレビ、左手にダイニングテーブルとキッチンがある。


 家自体は古いが家具は清潔で、フローリングは滑りそうなほどピカピカだ。


 ソファ前に立つ李津の視線は、手元のLINEに向けられていた。


「やっぱり、妹はひとりだよな?」


 開いているのは養父とのメッセージ画面。


 何度見ても『いよいよ妹ちゃんと二人暮らしだな!』と書いてある。


 だが、目の前には女の子の実体がふたつ・・・


 ここに来る前に身投げしようとしていた黒髪の少女。そして口を尖らせている茶髪の少女だ。数が合わない。


 ということは、真実はいつもひとつ!


 李津は黒髪へ人差し指を突きつけた。


「おまえ、本物の幽霊だったのか?」


「うえぇっ〜!? ま、まだ生きてるぅ、な、なんとかぁ〜〜!?」


 黒髪少女、なんとか生きているらしい。


 やり取りにため息をつくのはツインテールの少女。ゆったりとしたTシャツに膝上丈のスパッツを履いたシンプルな格好だが、スタイルがいいからサマになっている。


 彼女は腕を組むと、猫のような吊り目を李津に向けた。


有宮ありみや李津りつさんですよね?」


「そうだけど。えっと?」


「あたしは御堂筋みどうすじ莉子りこです。『お兄さんが呼んでるから一緒に住む?』と言われて、施設を出てわざわざここに来ました。2時間かかりました」


 猫目の少女、遠かったアピールに余念がない。


「あの、そ、それってわたしも同じでぇ! えっと綾瀬あやせつむぎ です。実のお兄さんが引き取ってくれるって園長に言われて、それでぇ〜」


「ね。コイツ、こんな意味不明なこと言ってる不審者なんですよ。だから追い出したのにまた戻ってきやがって。兄からも言ってやってくださいよ、あたしこそが妹だーって!」


 びしっと指をつきつける莉子に、「ひえぇ」と身体をすくませるつむぎ。


 要するに、先ほどつむぎが死相を浮かべて「追い出された」と言っていた相手は、こちらさんのことなのだろう。


 自信満々に語る莉子に反して、すまなさそうに李津は頭をかく。


「悪いけど、俺、妹のこと覚えていなくて」


「は!? えええっ!?」


 声を裏返らせ、莉子が振り返った。まさかの番狂わせ。頬がりんご色に染まっている。


「で、でも! 絶対にあたしが本物なんですけど!?」


「? 証明できるものを持っているとか?」


「ない……ですけど」


 李津はつむぎにも同様に尋ねる。


「そっちは? なにか持ってきてる?」


「そ、そのぉ、わたしはぁ〜」


「は? まさかおまえ、あるんですか!?」


 もったいぶるつむぎに、莉子は動揺した。ここで証拠を出されたら、今までの話がブーメランになる。羞恥が莉子の息の根を止めかねない。


「うぇえっ!? な、ないですぅ〜っ!」


「……兄、こいつ喋り方がバチバチにイラつくんですが!?」


「まあまあ」


 ひとまずはホッとする莉子だが、まだ気は抜けない。永住する気満々で施設に大口叩いて出て来たのだ。想定外すぎる状況に生きた心地がしなかった。


「どっちがホンモノか、判断する方法はないんですか?」


「うーん。おじさんに聞くしかないかな。ただ、今あっちは早朝だから、聞くなら明日の朝になるかな?」


「そ、そーなんですか……」


 莉子の声のトーンが落ちる。ショックが胃に来たらしく、腹を押さえている。


 そりゃあ夢にまで見た肉親が妹のことを覚えていないのだから、メンタルはズタボロだ。


 つむぎも同様に、気を落としてうつむいていた。


 夜の10時。


 全員の意気消沈によって、話し合いは終了した。


 こんな状況にした張本人も、心がつぶされそうになっている。


「と、とりあえず今日はここに泊まって、明日もう一度どうするか話し合わないか?」


 気まずさの圧死を避けるために発した李津の提案に、少女たちの視線が一斉に向けられた。


「えぇっ! ニセモノかもしれないのに、いいのぉ?」


 馬鹿正直なつむぎに、李津は苦笑する。


「この辺ホテルもないし、金だってもったいない。うちに寝る部屋くらいあるだろ。それに……」


 そう言って、ぐるりとリビングを見回した。


「今日、二人が掃除してくれたんだよな? そのお礼としても足りないと思うし」


 家は空き家だと聞いていた。しばらく誰も住んでいなかったから、着いたらまず掃除からだろうとも。


 しかしリビングの床はチリひとつ落ちてない。キッチンもテーブルもソファもテレビも、新品のように磨かれている。


 それは、李津が到着する前に、誰かによって・・・・・・掃除されたという事実にほかならない。


「へえ。こいつそーゆうとこ気づいてくれる系なんですね」


「おにーちゃんぅ〜〜!!」


 少女二人の顔色がぱっと明るくなる。兄への信頼度が少し回復した瞬間だった。


「とりあえず、疲れた……」


 ひと段落したと思った瞬間、力が抜けた。李津がその場にドサッと座り込むと、場の空気も一気に緩む。


「じゃあ、あたし荷物運びます! 兄の部屋は用意してあるので!」


「自分でやるからいい……って、ちょっとお!?」


 李津の制止も構わず、小さな体で大きなキャリーを抱えると、バタバタとリビングを出ていく莉子。


 さらにつむぎも、下手くそな愛想笑いを浮かべてにじり寄る。


「え、えとぉ。おにーさん、肩もみます?」


「いらない! 俺に構わなくていいからっ!」


 なにかと身の回りの世話をしようとする女の子たちに、李津は戦慄せんりつした。


 これでは海外の生活と変わらない。むしろ義母役が二人。悪化しているまである。


「……はあ」


 しかし、李津は抵抗を諦めた。


(こんなのも今日だけだろうし)


 そのままソファに倒れ込むと、嬉々として上からつむぎが襲い掛かる。見方によれば、ホラー映画の一コマのよう。ただ、マッサージはちゃんとしてくれた。


(だって、明日でどちらかが去るんだから)


 それまでくらいは、彼女たちとなるべく平穏に。


 上辺だけでも優しくしようと思った。





 ところで、これが日常になることを彼はまだ知らない。



 

 

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