死んじゃおっかな〜

 時は戻って1カ月前。夜の7時半。


 すっかり日が落ち、春先の夜風が容赦なく通行人の体温を奪おうと待ち構えるみぎり。


 関東のとある駅で電車を降りた有宮ありみや李津りつは、駅を出て目をぱちぱちとしばたたかせた。


「えっ、ロボは? 近未来、は?」


 先ほど海外から日本に到着したばかりの彼である。アニメや映画で想像していた日本と違いすぎて、戸惑いが隠せない。


 カラフルなネオンどころか街灯すらない。暗闇にぽつぽつと浮かぶ住居の明かりがむなしさを増幅させた。


「マジか……ここに住むのか、俺」


 本音がげろっと出る。


 ずっとニューヨークのど真ん中に住んでた分、景色のギャップがすごい。


 春から高校2年生になる彼がほぼ・・一人暮らしをする町は、過去にタイムスリップしたのかと勘ぐりそうになるほど文明が見当たらなかった。


「でも、気持ちいいな……」 


 目を閉じると風の音が聞こえる。


 ニューヨークでは経験したことのない優しいそれが、李津の心を落ち着かせていく。


 わがままを言って親元を出てきたのだ。弱音は吐きたくない。


 よし、と気合を入れ、新しい土地で一歩踏み出す。


「ま、日本にもウーバーイーツくらいあるだろー」


 ご明察、日本にもウーバーイーツはある。ただし、こちら配達圏外でございます。




 ◆




「…………」


 まぶたが半分下りた彼、かれこれ1時間ほど歩いていた。


 知らない町で、スマホ片手にバキバキに迷っている。


 舗装の甘い道で体の半分ほどの大きさの青いキャリーケースを転がした腕は、乳酸でパンパンだった。


 その上、ここに来てお腹がぎゅるるると悲鳴を上げる。


 そういえば飛行機を降りてから4時間、水分以外口に入れていなかった。


(この状況、もしかしてヤバい?)


 気づいてしまったが、知らない土地でどうすることもできない。


 疲労困憊でめまいを覚え、足元がふらつく。


 彼の目の前を、大きな影が横切ったのはそんなタイミングだった。


「っ!? Excuse meすみません!」

「ひいっ! ご、ごめんなさい〜っ!」


 橋の狭い歩道で同時に声が上がる。


「ひえぇ、許してくださいぃ! 愚鈍ぐどんでぇごめんなさい〜! すみません、すみませんぅ〜!!」


 率先して謝辞を述べる相手さん。ぶつかってもないのに多大に恐縮されていた。


 だが、どう贔屓目ひいきめに見ても今のは突然動き出した李津が悪いし、本人も自覚がある。


「いや、今のは俺が……」


 ばつが悪そうに相手を視界に収めて、李津の体は凍りついた。


 悪寒の理由は、頭を下げている同年代の女の子の容姿にある。


 黒ワンピースに黒タイツをはいた少女は、顔がすっぽり隠れるほど長い黒髪を前に垂らしていた。


 夜のシチュエーションと相成り、すごく不気味。


 遠回しにいえば日本のホラー映画みたいで、直接的に言えばめっっっっっちゃ怖かった。


「えっ、何か言いましたぁ?」


「……」


 ワンチャン知り合いができたら――という下心がなくもなかった李津だったが、こちらの方との交流は即座に諦めた。


「……」


 さっきまでは自分が謝らないとと考えていたのに、シカトしてやり過ごすヘタレな男である。


「……やっぱりわたしなんてぇ、ぐすん、グズで、のろまでぇ、迷惑しかかけないしぃ。いっそ死んじゃおっかなぁ〜」


 しかし背後から不穏な言葉が聞こえるではないか。


 おそるおそる振り返ってみれば、ちょうど女の子が川に身を投げ出そうとするシーン。


 まさかの衝撃映像。R指定。


「え? Oh, My God! F○CKうわああああああああああああ!!!」


 有宮李津、16歳。


 日本初日の思い出が「目の前で少女が自殺」に決まりかけていた。



 

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