1章 1節 3話

「前線部隊を一旦、後退させる。

ガル隊、ティープ隊は本陣へ帰頭。

その他の部隊は現地点で待機。」


ウルスは通信兵に指示を与えると、ミネルに近付いた。

彼女は今目の前で起きている事が

信じられないという感じだった。


「心、ここにあらず・・・と言った感じだね。ミネル。」


ウルスに声をかけられ、彼女は顔をあげる。

栗色のショートカットの髪が良く似合う彼女だった。


「こんなに簡単に終るものなの?」


彼女はB38の攻略が短時間に、

それも味方の損害なしで終った事に驚いていた。

実のところ、彼女は昨年の卒業生たちが

攻略を失敗したこのB38を抜くために

色々独自で調べていた。

仲の良かった先輩らに連絡を取り、話を聞いた事もある。

そこで得た結論は、全部隊による力技しかないという結論だった。

ある程度被害がでる事を想定していた。

それがこんなにも簡単に攻略されたのである。


「B40-3の砲台の存在は理解していた。

でも、あそこはB38を落とせば無視できる拠点よ。

わざわざ攻撃する必要なんて・・・。」


半分は独り言である。

前もってゲイリの作戦を聞いてはいたが、

成功するはずはないと思っていた。

B40-3を落としたところで、効果はないと思っていたのである。

ウルスはそんな彼女の肩に手をかける。


「君は間違ってないよ。ミネル。

普通の戦場であれば、こちらがB40-3を攻撃する意図を見せれば、

敵はそれに対処する。

ただ、今回はシミュレーションだから。」


ウルスは全てを語らなかったが、

言いたいことはミネルに伝わったようである。

敵の行動がコンピュータでプログラミングされた模擬戦だからこそ、

今回の作戦は成功したのである。

もちろん、ゲイリの作戦はそのコンピュータの

ルーチンを考慮しての作戦なのであったが。

彼女は右手の親指の爪を噛む素振りを見せた。

苛立ちを隠せないようである。


「シミュレーションだから、攻略法があるって事ね。

実践に即さないのであれば、意味がないわ。」


ミネルは言う。

ウルスは何かを言いかけて、それを止めた。

負けん気の強い彼女である。ここで言い合いをするメリットはない。


「いいでしょう。今回は彼の勝ちね。

とは言っても戦術シュミレーションでゲイリに勝った事はないのだけれど。」


彼女はそう言うと立ち上がる。

そもそも彼女の敵はゲイリではない。

この卒業演習というミッションが彼女の敵である。


「ゲイリはもうやる気がなくなったようだ。

この後は頼むよ。ミネル。」


ウルスは栗色の髪の少女にそう言った。

彼女もゲイリと同じく、作戦参謀として司令部に配置されていたからであった。


「あの男のそういうところが・・・。

全く男らしくないと言うか、責任感がないと言うか・・・。」


ミネルの独り言にウルスは苦笑する。


ウルスとゲイリは幼馴染である。

カルス王の息子として生まれた王太子ウルスは、幼少の頃より

里親に出された。

それが、ゲイリの生まれたブレイク伯爵家であり、彼とゲイリは

同じ歳ということもあって、兄弟同然に育てられた。

小等部卒業の直前に、ブレイク家の当主が死去し、

彼とゲイリは士官学校中等部へと進学する。

士官学校は中等部も高等部も全寮制であり、

当主を亡くしたブレイク家の被保護者の彼らが

進学するのに好都合だったのである。

彼らはブレイク伯爵の死後、家を出た形となった。

貴族の子息が士官学校に通うのは別に珍しくなかったが、

王族ともなると長いスノートール王国の歴史の中でも2例目であり、

王太子が入学するのは、初めての事である。

中等部からそのままエスカレーター式に高等部へと進学したウルスは、

1年の頃より学年でトップの成績を誇り、

メキメキと頭角を現していった。

ウルスの属する128期生は、この王太子を中心としてまとまっており、

その彼と常に共にいるゲイリも、学生の間では有名人ではあったが、

ウルスの幼馴染というポジションだけがクローズアップされており、

ゲイリ自身が認められているわけではない。

従って、ウルスに近付きたい人間からは敵視されることが多く、

かの幼馴染は邪魔扱いされている。

ミネルの感情も128期生の生徒たちの総意とも言えた。

唯一、ゲイリが誇れるものがあるとすれば、戦術シミュレーションで

ほぼ無敗の成績を打ち立てているところであるが、

その勝ち方がミネル曰く「せこい」と言われており、

無敗ではあったが、時間切れなどの引き分けも多かった。

そんな幼馴染をウルスはフォローするのが日課になっていたのだが、

周りから見ると、それがまた腹立たしいらしい。

王子に気を使わせるゲイリは、何様だ!という事である。


「ミネルも休憩をとって。

右翼と左翼が追いついたら、忙しくなるよ。」


「ええ、ウルス。貴方も。」


2人はそう会話すると、再び距離を取った。

この高等部の3年間でウルスはいつもこのように周りに配慮してきた。

成績優秀、家柄は王族、容姿も整った美男子に成長していたが、

彼が128期生の中心となったのは、何よりその気配りの賜物である。

元々周囲に気を張るタイプの人間ではあったが、

士官学校に入学して以来、更に磨きがかかっていた。

128期生の生徒の中で、いや、教鞭を振るう教官を含めて、

ウルスが次の王になる事に反対する者はいないであろう。

それほどまでに、信頼された男として成長していたのである。

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