第6話 ROOM9

「それで少年よ」

「俺はトオルだ」


 そう俺は自分の名前を教えた。こんな見た目幼女に『少年』と呼ばれる屈辱だけは避けたい。後で悪魔に名前を教えたらやばいんじゃないかと思ったが、もうしゃべってしまったから仕方がない。


「ではトオルよ。お主が参加してゲームは始まった。今は仲間共々、準備の最中だ。お主も準備をするがよいぞ。ケケッ……」

「準備ってなんだよ。それに説明してくれないと何もできん」

「わがままな奴ぞな。知っておるくせに」

「変なことを言うな。これは初めてのゲームだよ」

「初めて詐欺じゃな」

「詐欺じゃない。本当に知らん。知らんから、この状況に戸惑っているのだろうが。それに少々ビビっている」


 目の前の幼女は人間ではない。そう思うことにした。そうじゃないと、目の前の現象に説明がつかない。


「そういうことにしておこう。仕方がない。それでは、説明するぞな。ここはROOM9、ケケッ」

「ここは俺の部屋だ」

「夜21時からはROOM9じゃぞ」

「なんだよ、その適当な名前」


『ばある』が指を差すので、パソコン画面を見る。画面上にROOM9と赤く点滅しているのが見えた。


「仲間の部屋もあるぞよ」


 よく見るとROOM6炭酸、ROOM7堕天使、ROOM8SATOとある。


「この部屋はダンジョンと直結しているぞよ」

「ダンジョンだって?」

「そうダンジョン。お主らの役目は、このダンジョンに侵入してくる冒険者どもをぶっ殺すことぞな。ケケッ!」


 俺は、『ばある』の頭をコツンと叩いた。


「痛っ、何をするぞな!」

「殺すなんて言葉を小さい頃から使うな! それは使ってはいけない言葉だ」

「トオルは面倒なことを言う奴じゃ。わちきは悪魔ぞよ。悪魔が殺すという言葉を使って何が悪い!」

「悪魔でも使うなよ!」


 もう1回、『ばある』の頭をコツンと叩いた。


「うっ。お主は悪魔を恐れぬのか。まあ、言葉なんかどうでもいいぞな」

「それにだな。この部屋がダンジョンと直結しているなんて、でたらめ言うなよ。この部屋はいつもと変わらないじゃないか!」


 俺は部屋をぐるりと見渡す。特に変わった様子はない。


「そう思うぞな?」


 そう言って、ばあるが指を差す。その方向は窓だ。今は夜だから真っ暗だからガラスは黒く塗りつぶされている。


(いや、待てよ!)


 いつもは外の景色が宝石のように輝いているはず。それが漆黒の闇である。

 俺は椅子から立ち上がると、ガラスに手をあてて外を見ようとした。だが、大きなガラスの窓の向こう広がるのは闇。最上階のマンションから見える見事な夜景はどこにもない。

 次にベランダに出るサッシを開けようとする。どんなに引っ張っても鍵のレバーが回らない。

 今度は部屋のドアへ近寄った。ドアを開ければこの自称悪魔幼女が言ったことを確かめられると思ったのだ。ドアノブをひねる。


「あれっ……。嘘だろ……」


 ドアノブのレバーはびくともしない。まるで鍵をかけたように動かない。断じて鍵なんかかかっていない。中からかけられても外からは無理だ。


「レベルが低いうちは外には出られないぞよ」

「マジかよ!」

「これはお主のためでもあるぞよ。レベルが低いのに外に出たら死ぬに決まっているぞよ」


 どうやら、ばあるが言うことに真実味が出てきた。この部屋は何処か違う部屋に移転されてしまったようだ。


「とにかく、準備をするぞよ。ケケッ!」


 そう言ってばあるはパソコンのモニター画面を指さした。右上にメニューなるアイコンがある。それをクリックするとちょっとおしゃれなカフェのメニューのようなものが出てきた。さらにクリックすると開いて文字が見えた。飲み物の注文表の如く、このゲームで買えるものが並んでいる。


<ガーディアン>

コボルト戦士……2KP レベル2 犬の顔をした戦士 

ゴブリン戦士……2KP レベル2 小鬼の戦士

オーク戦士……10KP  レベル3 豚の顔をした戦士

ウィル・オー・ウィスプ……1KP レベル1 儚く光る物体

スケルトン戦士……2KP レベル2 骨の戦士

コボルト戦士小隊……20KP コボルト戦士25体

ゴブリン戦士小隊……20KP ゴブリン戦士25体

<トラップ>

落とし穴……5KP ダメージを与える

油床……3KP   滑る

感電する床……10KP  ビリビリする

岩……10KP   上から岩が落ちてくる

動く壁……10KP  横の壁で押す

矢が放たれる壁……10KP 矢が連射される

<拡張フロア>

1フロア……10KP

階段……20KP

セットフロア……800G


「なんだか、よくわからないし、そもそもKPってなんだ?」

「KPはキルポイントの略。冒険者を殺すともらえるポイントぞな」

「キルポイントって英語かよ。悪魔も英語を使うのかよ」


 俺のツッコミを無視する『ばある』。淡々と説明をする。


「KPはゲームが終わったら、換金できるぞな。レートは1KPで1000円。ちなみにこの換金は一方通行。日本円のような人間の貨幣ではKPは買えないぞよ」

(ゲームじゃないじゃないか……)


 普通のゲームは日本円をゲーム内の通貨にする。いわゆる課金のシステムである。このばあるが説明するゲームは根本から違うことに俺は気づいた。


(これは……ゲームじゃない)

「何だか、違法な匂いがプンプンするな。というか、違法だろ?」


 ゲームで課金することはあっても、報酬を実際の金品で客がもらうのは犯罪である。

 お金なら賭博になるだろうし、ゲーム内のアイテムやコインなどは景品なんとか法に抵触する場合がある。射幸性を煽るようなものは制限があるのだ。

 しかし、この小悪魔は平然と彼女にとっては当たり前のことを口にした。 


「悪魔に人間の法律は適応されないぞよ」

「都合がいいな、その設定」

「始める前には50KP進呈するぞな。メニューから選ぶとそこのコンピューターに記録されるぞな。ケケッ……」


 俺は『ばある』が持ってきたメニュー表をじっくりと見る。レベルに簡単な説明。 必要なKPが記されている。俺は疑問に思った点を質問する。


「ガーディアンのモンスターのレベルがあるが、これはどういう基準なんだ?」


 よくゲームでもレベルなんて言葉が使われているが、あの設定基準が分からない。レベル100と聞くとものすごく強い気はするが、MAXが1000レベルもあれば100はそんなに強くないということにもなる。


「レベル1で戦闘訓練されていない大人が倒せる強さという設定になっておる」


 そう言うと、ばあるはカサカサという音に反応した。俺の机にあった雑誌を持つと、その音がした方向の黒い小さな物体めがけて叩きつける。


「まあ、この生物はレベル1ぞな」

「ゴキブリだろ!」

「こんなのはダンジョンにたくさん生息しているぞな」

「そこからこの部屋に入ってきたのか?」

「元からいたぞよ」

「う~っ」


 普通、高層マンションにGが侵入することは難しい。飛んで外から入ることはできないからだ。きっと、エレベーターに乗った住人と一緒にやって来たのだろう。

 しかし、このベッドと机とパソコンしかない殺風景な部屋に進入するとは不幸な奴だ。ずっと腹ペコだから動きが襲いに違いない。

 部屋は毎日母さんが掃除をしている。いつ見てもきれいだから、元からいたと言われると少々頭に来る。母さんの名誉に関わる問題だ。

 だが本題はGの話ではない。今は現実にはありえない境遇に自分がいることは確実なのだ。


「こんな弱い生物はレベル1設定じゃが、何とか倒せるレベルまで1ぞな。レベル2は戦闘訓練を受けた冒険者が1対1で何とか倒せるレベルぞな」

「なるほど……」


 となると、このメニュー(?)にあるコボルトとかゴブリンというモンスターは、冒険者1人と同じ強さというわけだ。

(強くないか?)ちなみに、コボルトというのは、犬の頭をした亜人類。ゴブリンは鬼のような顔をした亜人類。いずれも小柄な人間程度のファンタジーRPGでは定番の雑魚モンスターだ。


「冒険者にもレベルがあるぞよ。まあ、初級冒険者ならレベル2のモンスターは問題なく倒せるぞな」

「それを早く言えよ。やっぱり、雑魚じゃないか!」

「さらに冒険者の職業にもよるぞな。魔法使いだと、魔法でたちまち複数のガーディアンを倒すことができるぞよ。ゴブリンが10匹いてもスリープの魔法で全員おねんねぞよ。ケケッ……」

「もっと強いガーディアンはいないのか?」

「もちろん、あるがどうせ交換できないから、初期メニューには載っておらんぞよ」


 最初に付与されるのは50KPである。広いダンジョンに配置するとなると、確かにあまり強いガーディアンは交換できないだろう。

 ちなみにガーディアンは排除されても、次の準備時間になると復活するらしい。購入したらずっと手駒として使えるのだ。

 またトラップは翌日、配置を変えることができる。但し、ダンジョンの構造は変えることができないとのことだ。



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