第5話 禁止事項其一


 シデは恐る恐るノエルの顔色をうかがっている。主だけがニコニコとして緊張感が皆無だ。


「どうっすか坊ちゃん」


 ノエルの体調を心配してか、料理の出来栄えを心配してかはわからないが、どのみちこのあと、シデもヴラドもその食事を回避することは出来ない。


「ノエル」


 ヴラドもノエルの顔を覗き込んだ。珍しく頬を紅潮させてノエルは目を輝かせているかのようだった。だが次の瞬間両方の目から大粒の涙が溢れだして光とともに落ちていった。


「坊ちゃん!?」

「……主様、」


 表情をくしゃくしゃにして、ノエルが何か主に伝えようと言葉を紡ぐ。


「とても。とっても。おいしいです」


「お口にあってよかった」


 主は泣いているノエルを一度抱きしめて後ろ頭を優しくなでてから、次々に皆の分の料理を並べた。


「さあ。どうぞ召し上がれ」


 シデとヴラドも席につき、目の前の料理を眺める。見たこともない創作料理の数々だ、だが意を決し口へ運ぶ。


「んん! すっげうまいっす姫さん天才すぎ」

「たしかにこれは非常に美味だ」


「ふふ。どんどん食べてくださいね。ノエルさんも吐いてもいいのでガンガン食べてください」

「は、吐いても……?」

「そうです。吐くのは辛いですし体力も使いますが、それでも食べなくては心も弱ります。わたくしの料理は皆さんを元気にするためのものです。苦手なものは無理せず、まずは好きなものだけ口へ運んでください。楽しんで」


「ノエル坊ちゃん。ヴラドの旦那はマナーにうるさいっすけど、きっと姫さんが庇ってくれるから気にせず食うっすよ」

「いや、お前はちゃんと上品に食事をするべきだシデ」


「ノエルさんにはわたくしが食べさせてさしあげます、はい、あーん」

「だ、もう大丈夫です主様、自分で食べてみます。主様もお食事をなさってください」

「そうですか。気が変わったらまたいつでも言ってくださいね?」



 主は席につくと、指を組んで目を閉じた。


「この世界の食材に感謝をこめて」

 いただきます、と小さく呟いて食事を始めた。


「わたくしの世界では味わったことのない味わいですわね」

「本当は肉とか野菜とか果物もありゃよかったんすが……明日町まで買い出しに行ってくるっすね」

「まあ。でしたらシデさん、わたくしもご一緒させてくださいませ。荷物持ちとしてもお役にたちますわ」


 ぱあぁっと顔を輝かせた主に、ノエルがナプキンで口許を拭ってから苦言を呈した。


「ダメです。危険です」

「危険?」


「そっすよ姫さん。この世界には危険があるんす。でなきゃ誰もドールになるのがわかっていて魔法ばっか使ったりは」

「まだ戦えるほどに快復していません。自分では主様をお守りできない」


 真剣なノエルの訴えに主は頬に手を添えてしばし考える。


「ですが」


「わたくしがここに来たのは、皆様に守ってもらうためでなく」

「わたくしが皆様をお守りするのです」

「なにものにも。皆様を脅かすすべて。わたくしが」


「まだ知らないことばかりですけど。いつか」


 その危険をも排除できればいい。まだ見ぬそれを口に出して軽々しく言えもしないが。


「──とにかく。主としてひとつ、皆様にお願いしたいのは。もう魔法は使ってはいけません」

「ですが主様」

「皆様を。ドールから人へ戻します。そして魔法は禁止です」




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