「事実です」 -3-
食後のデザートとお茶まで済み、ルイスの実年齢について、ギルバートが妙にショックを受けたこと以外は、ディナーはつつがなく終わった。
しかしルイス、ハンナ、エヴァンの会話は続いており、全員が席を離れぬまま、二杯目の茶が振る舞われ始めている。
その茶が入ったポットを運んできたのは、清潔なシャツとベストで身なりを整えたテディである。
「おやエヴァン様。先ほど使用人の方々をご紹介いただいた時には入っておりませんでしたが、この子は? さすがにフットマンとして働かせるには少々幼すぎるのでは」
ネイサンが一四歳の時にエヴァンのフットマンになったように、この世では一〇代で勤め始めるのは珍しいことではない。しかし、テディは実年齢よりも若く見える上、まだ一一歳である。
テディの姿を見て、ルイスがそう危惧したのも無理からぬことであった。
「ああ、ご紹介が遅れました。彼の名はテディです。しかし、彼は使用人ではありません。ちょっとした事情がありまして、毎日、日が落ちたらこの邸宅へ来るようにと言いつけてあるのです」
エヴァンがルイスに説明している間に、テディのことを知っているハンナは、茶を注ぎにきた彼へ話しかける。
「テディ、きちんと勤めを果たしていますか? エヴァン様にご迷惑をかけてはなりませんよ」
「ご心配には及びません、シスター。オレはなんでも覚えが早いって評判なんですから」
テディはポットを手にしたまま、エッヘンと言わんばかりに胸を張ってみせる。
先日の事件の後、エヴァンは盗みを働いたテディへ罰を与えた。その罰の内容は、日中は家で農業や家事を行い、日が落ちたら、毎日エヴァンの邸宅へ来るというもの。
邸宅でフットマンの見習いのような仕事をする日もあれば、ギルバートに文字や計算などを習う日もあり、セルゴーをはじめとした兵士に剣の訓練をつけてもらう日もある。名目上は罰となっているが、テディにとってはまたとない学習の機会になっていた。
ちなみにテディが盗んだ火炎岩は売り払われる前であり、彼が罪を認めた時に、近くの小川の中に隠したと場所も白状した。よって、火炎岩は元あった火炎小屋に戻され、窯も修復が済んでいる。
もっとも、実際はテディが火炎岩を売りに行く前だったわけではない。彼は盗んだ翌日に市場で売り払おうとしたものの、出どころのわからないような火炎岩を、年端も行かぬ子供から買えるかと、商人に断られていたのである。
エヴァンが説教で言っていた、商人にとって信用が大事なものであるということを、テディは事前に体験していたのだ。
「ほう、なるほど……その事情というのも面白そうですね。よろしければぜひお教えいただきたいのですが、いかがですか?」
テディとハンナの様子を見ながら、ルイスが瞳を輝かせる。エヴァンは一度テディの様子を確認してから、先日の事件のあらましをルイスへ話した。
テディはどこか恥ずかしそうにしているが、エヴァンに言わないでくれと止めはしない。盗みを働いた自分を、もはや過去ものであると、区切りをつけられているからである。
「そのようなことがあってから、俺も以前から考えていた、学舎を作る計画を進める気持ちが高まりました」
「学舎を作る、と言うと?」
テディの話から派生して続いたエヴァンの言葉に、ルイスが問いを重ねる。
「すべての者に、望む職につく権利を与えたい。しかし、望む職につくにはその職に関する教育が必要です。俺は領主の息子として生まれ、間違いなく恵まれた環境にあった。だからこそできたことは、限りなく大きい。そこで生まれによる不公平をなくすため、望む者全てに、教育を提供したいと考えています。もっとも、今テディにしているようなことを皆に行ったり、家庭教師を全員につけたりすることは不可能ですから、人がたくさん入れる大きな建物を学舎とし、そこでまとめて授業を行うのです」
エヴァンの説明を聞き終え、ルイスは昼にエヴァンと出会ってからこの時初めて、笑顔ではなく神妙な表情を浮かべた。
「ふむ……本当に、エヴァン様は面白いことを考える」
ルイスは変わらずにそうエヴァンの試みを評するが、口にしていない懸念があることは、彼の表情から明らかである。そのことには、当然エヴァンも気づく。
だが、彼の様子に最も強い反応を示したのは、その場にいたテディである。
「エヴァン様の試みは、本当に素晴らしいことです。どうしてそのような顔をなさるのですか? ルイス様はただ、変化を恐れているのでしょう」
「テディ」
エヴァンはテディの名前を呼んで軽く嗜める。だが、その言葉に続け「しかし」とルイスに再び話を向ける。
「今お話しした計画に何か問題がありそうでしたら、ぜひお伺いしたい」
ルイスはしばし無言で、それからたっぷり沈黙の時間をとってから、意を決したように顔を上げ、話し始めた。
「テディくんにもわかるように話そうか。エヴァン様はもちろん、ご存じのことだとは思いますが」
という前置きに続いて。それは、この世界の在り方から始まる。
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