「一生……になる気がする」 -3-

「民に気づかれねぇように警備ってことは、主人も犯人は、集落の者の仕業だと思ってるのか?」

 ロウが小声で問うと、エヴァンは苦い顔をして頷いた。

「できればそうでなければ良い、とは思っているが。火炎小屋の窯の鉄格子が緩くなっていることに気づけるのは、日常的にあの火炎小屋を使う者だ。特に不審な人影を見たという者もいなかったし、集落の中にいても、不審に思われることのない者。つまり、集落の人間の犯行だと考えるのが普通だ。鉄格子は壊れたままだし、小さいながらも火炎岩がまたあの火炎小屋に戻ったことは、皆に伝わった。火炎岩を売ることが目的だったのなら、犯人はまた盗みにくる」

 小屋を監視しておけば、犯人が再度火炎岩を盗み出したところを捕まえれば良い。盗みがプロの犯行ではないと聞いた時に、エヴァンの作戦は決まった。

「あのセルゴーっていう兵士は、特別信頼が置ける者なのか? 主人は兵舎に着くと同時に、あいつを名指しで呼び出してたが」

「ユレイトに尽くしてくれている兵士のことは皆信頼しているが、セルゴーは元大工なのだ。火炎岩が盗まれたとすれば、火炎小屋にも何かしらの損害が出ているだろうというのはわかっていたからな。様子を見られる者を連れて行った。実際にセルゴーは、経年劣化で脆くなっていた鉄格子を外されたのだと、見抜いてくれた」

「なるほど。評判通りだ」

 エヴァンはもちろんとばかりに大きく頷く。

「ユレイトの兵士は、皆優秀だからな」

「いや、俺が評判通りだと言ったのは、主人のことだ」

「俺の?」

 予想外の言葉に、エヴァンは目を瞬かせてロウを見た。

「身分の低い者のこともよく気にかけ、各人の性格や好みなども把握するような、立派な領主だって聞いてたからな。兵士団に所属する兵士の経歴を把握してるからこそ、そういう采配ができるんだな」

「ユレイトの兵士団は所属している兵士が三〇人しかいないからな。邸宅の使用人も少ないし、必然的に皆のことを把握できるというだけの話だ。他の領主だって、領地がユレイトのように狭ければ、きっと同じようにやるさ」

 謙遜するエヴァンに、ロウは優雅なパフスリーブに包まれた肩を、ひょいとすくめた。

「どんなに把握できるような規模であったとしても同じことだ。身分が下の人間を、同じ人間として捉えられねぇ奴にとっては、毎日、自分の部屋を掃除してる奴が誰かなんてことすら、意識の外にあるもんだと思うぜ。憶える気がない奴は何一つ憶えねぇよ。人間ってのは、そういう生き物だ」

 妙に達観したような物言いのロウに、エヴァンは首を傾げる。

「ロウは元農民で、メイドになるために旅をしてここまで辿り着いたと言っていたが、使用人の経験もあるのか?」

「いや、俺自身は使用人として働いた経験はねぇよ。ただ、俺は孤児でな。それはまぁひどい幼少期を過ごしてきたんだが。その時に何かと世話を焼いてくれたのが、セルジア領主邸で働いてたメイドたちなんだ。彼女たちの働きぶりを間近で見ていたし、よく愚痴を聞いてたから、他の領地の一般的な使用人と、雇用主の様子は理解してる」

 領主の息子として生まれたエヴァンにとっては、悲惨だったというロウの幼少期については、ぼんやりとした想像をすることしかできない。しかしそのことを淡々と語ったロウは、あくまで事実を事実として述べただけのことであり、共感や同情を求めている訳ではなかった。

「もしや、ロウがメイド服が好きになったきっかけも、幼少期にメイドによくしてもらったからなのだろうか」

「ああ、そうかもしれねぇな。物心つきたてぐらいの時から、あそこのメイド達にはよくしてもらってた。村で彼女達の姿を見ると、嬉しく感じたものだから」

 ロウは顎を撫でながら、ぼやくように同意する。彼の様子に、エヴァンは目を細める。ロウがメイドとしてメイド服を着ることにこだわる理由が、エヴァンにも少しだけは理解できたような気がして。

 と、ロウは自信のことから話を切り替えるように、ペールブルーの瞳を真っ直ぐにエヴァンへと向けた。

「ところで、ここユレイト領では、盗みの罪では死刑にはならないと聞いたんだが。それは本当のことか?」

「ん? ああ、もちろん。盗みで死刑にするなど、罪と罰の比重があっていないだろう」

 エヴァンもまた、先日のギルバートが反応したように、ごく当然のこととして応える。

「今回の火炎岩の犯人が捕まったとしても、そいつを死刑にすることはないな?」

「当然、何かしらの刑罰は与えなけばならないが。火炎岩窃盗程度で死刑になることは、絶対にないと断言する」

「もし犯人が子供だったらどうする」

「子供、か、そうだな……窃盗をすることには何か理由があるはずなので、まずはその理由を聞いてからでないとどうするかは判断ができないが、大人の窃盗よりも、いっそう改心の機会を与えてやらねばならないと思う」

 妙な念押しをするロウに、エヴァンは首を傾げながらも答える。すると、ようやく納得したようにロウは頷く。

「それを聞いて安心した。さ、主人、早く邸宅に帰ろう。仕事もまだ残ってるんだろ」

「ああ……」

 彼は気持ちを切り替えるように言うと、帰り道を先にスタスタと歩き始めた。主人の前を歩くメイドはそういない。エヴァンは続けて歩き出しながら、その妙に逞しく感じる背中を見てくすりと笑う息を漏らす。

 と、先を歩いていたロウが、長いスカートを翻しながら振り向いた。

「俺はきっと、あんたに一生仕えることになる気がする」

 『一生』という重い言葉を用いながら、ロウの口調はあくまでも軽い。まるで、「今日の夜は晴れるから、よく星が見える気がする」といった、他愛無い話をするような様子だ。

 風が吹く。まだ寒さの厳しいユレイトの地に、春が到来したことを告げる暖かい風だ。風はロウの髪を軽く乱し、その繊細に整った顔に毛先を遊ばせる。

 一瞬の光景であり、短い言葉。

 しかしエヴァンの記憶には、そんなロウの姿と言葉が、深く刻み込まれた。

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