「彼は男性です」-2-

 ことの始まりは、エヴァンが兵士団を率いて北方ゴブリン討伐の遠征に向かってから、五日後のこと。

 冬節七五日と呼ばれるその日は、希望者の中からメイド選定を行うための、面接日に設定されていた。「領主邸にてメイド募集。応募条件:健康であること」の知らせは、荘園中に発布されていた。

 当初、面接は午後から行うと布告していた。だが、面接希望者が早朝から門前に並び始めたため、ギルバートは急遽予定を変更して、朝の九時から面接を始めた。

 この世界の人口の大部分は農民である。そして、農民は生まれながらに土地に縛られている。領地は領主が所有するため、そこに根ざす農民もまた、ある意味では領主の所有物だということだ。農民は領主の許可なく土地を移動することはできず、職業の自由もない。これを「土地の制約」という。

 農民が領主邸のメイドになるということは、土地の制約から解放されることを意味している。農民からしてみれば、今回の募集は人生の転機たりえた。

 とりわけ、領主のエヴァンは人道的な優れた統治力で知られている。加えて、三二歳という若さと、勇壮で見目麗しい容貌も相まって女性人気が高い。

 農作業から解放されたい、綺麗な邸宅で働きたい、あわよくばエヴァンとお近づきになりたいと願う荘園中の女たちが、こぞって領主邸に集まったのだ。

 ギルバートはリリーと共に、邸宅の二階にある応接室にて、途切れることなくやってくる希望者の面接を行なっていた。

 二五歳と歳若く、本来は何の決定権もないリリーを面接に同席させたのは、ギルバートの判断だ。新たなメイドを採用した場合、その者ともっとも多く共に時を過ごすことになるのはメイドのリリーだ。ギルバートは彼女と、新たなメイドとの相性を重要視したのである。

「基本的な家事は、問題なく行えるということですね?」

「ええもちろん。弟と妹が合わせて一〇人もいるものですから、毎日がまるで戦争のようなものです。洗濯や掃除など、仕事の速さにかけては誰にも負ける気がしません。体が強いのも自慢でして、近所を含めて全員が病気になった時も、私だけ元気だったんですよ。それに、弟妹たちにお話を聞かせることも得意なんです。よくあるおとぎ話から、実際にあった歴史の話まで。あまりにお話をせがまれるものだから、何度か自分でも物語を作って話してみたんです。そうしたら、その話が面白いって村中で評判になって、他の家の子供まで聞きにきたりなんかして。領主様を退屈させない自信があります。きっと、この邸宅でもお役に立てますわ」

 たったいま面接を受けているエマという女は、淀みなく怒涛の勢いで話し続ける。そして大きく口を開けて、ガハハと豪快に笑った。話好きな点と笑い方に難は感じるものの、ギルバートはなかなか好感触を得て、手元のメモ紙に丸をつける。

 いっぽう、横に座っていたリリーは、エマの笑い声を聞いて眉を顰め、大きくバツを描いていた。ギルバートは彼女の手元の紙を横目で眺めながらも、笑顔を崩さない。

「なるほど、大変興味深い。面接は以上になります。エントランスで結果を受け取ってからお帰りください」

 そう最後の案内をすると、ギルバートは手でドアを示す。

 リリーが却下したため、彼女には不合格の結果を出すことにしたのだ。エントランスでネイサンから配られる封筒の中身は全て不合格の通知であり、もし面接に合格した場合は、この場で合格を伝えることになっている。

 エマが出ていき扉が閉まると、ギルバートはリリーの方へ向きなおった。

「リリー。来た者を全員不合格にしていては、いつまでたっても新たなメイドを採用することができませんよ。面接はあくまで一次試験であって、明日には実技試験があるのですから」

 ギルバートが苦言を呈す理由は、リリーが今まで一度も丸をつけないからだ。

「別に、全員を不合格にするつもりはありません。そうおっしゃるギルバートさんは、ちょっと判断が甘すぎませんか? 希望者が山のように来ているのですから、皆を通していたら明日も大変なことになりますよ。あんな下品な笑い方を隣でずっとされていたら、たまったものじゃありませんから。そもそも彼女、喋りすぎです」

 可愛らしい声ながらもキッパリとものを言うリリーに、ギルバートはある種の納得をしながらも、吐息を漏らした。朝からすでに二〇人面接しているが、正午近くになっても、まだ終わりが見えない。そもそも、本来の面接開始時間はこれからであり、希望者はまだ増えていくことが予想される。

 ギルバートは立ち上がると、あとどれほど残っているものかと、部屋の窓から敷地内を見下ろした。

 エントランスポーチと、そこから道が繋がる正門が見える。面接希望者は邸宅の中に入りきれておらず、庭を挟んで、正門からさらに外まで列が続いている。

 そのとき、ギルバートは邸宅前に並ぶ人の数ではなく、別の場所に目を奪われた。正門前で、守衛と見知らぬ男が何か揉めている。

「問題が起きたようです。リリー。わたくしは外の様子を見てきますので、面接を進めておいてください」

「そんな、困ります」

「合否は、わたくしの判断抜きで決めていただいて構いませんから」

 リリーは困惑顔をしていたが、合否の決定権を委ねられると、途端に目を輝かせた。

「承知いたしました。希望者の見極めは、このリリーにばっちりお任せくださいな」

 自身の胸元を叩き、実に頼もしい様子で笑顔を見せる。

 ギルバートはそんな彼女の様子に頷くと、部屋を後にした。背後では、リリーが実に凛とした様子で、次の面接希望者を呼んでいた。

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