第38話 『裏』世界樹について

 その後も、出来たおやつを食べながら、私たちはカゲから色々と話を聞いた。

 そこで、彼がいたのは、この世界とは別の世界であることがわかった。


「こことは別の世界って……。もしかして、キミが一連の騒ぎの犯人ってこと……?」


「……」


 ナチュラさんの問いに、カゲは沈黙する。それは肯定を意味するようで、私たちは驚いて言葉が出なかった。

 カゲが別の世界から来たことはわかったが、一体なぜこんなところにいるのかが謎だった。


「どうして、森を荒らそうなんて思ったの……? それに、きみはどうしてここにいるの?」


「……」


 カゲは何も言わずにうつむいていたが、やがてポツリと呟いた。


「……おかしくなった」


「え……?」


 私は思わず聞き返すと、カゲは涙をこぼしながら続ける。


「みんな……おかしくなっちゃったんだ……」


 どうやら、カゲがいた世界で何かがあったようだ。私は不安になりながら尋ねる。


「その……何かあったっていうのは……?」


「……ホープが、ホープがおかしくなったんだ……!」


「ホープ……?」


 私はその名前に覚えがなかった。ナチュラさんも知らないらしく、首を傾げている。


「……ホープって、何のこと?」


 ナチュラさんが尋ねても、カゲは泣きじゃくるばかりで何も話そうとしなかった。

 だが、ユグは違った。ユグはカゲにそっと寄り添うと、私たちに話しかけてきた。


「カゲくんは、わたしと同じなんだよ」


「え……?」


 ユグの言葉を聞いて、私とナチュラさんは困惑した。すると、ユグはカゲの手を取りながら言う。


「カゲくんも、精霊なの。『カゲドラシル』って名前なんだって」


「……!?」


 私は驚きのあまり絶句した。ユグは、世界樹の精霊『ユグドラシル』だが、カゲも精霊だという。


「どうりで体重が軽いわけね……」


 ナチュラさんは納得している様子だったが、私は未だに混乱したままだった。


(えっと……カゲがユグの同類なら、カゲにも世界樹みたいな存在がいるはず……。それが、『ホープ』なのかな?)


 私は疑問を抱きつつ考えると、カゲに向かって尋ねた。


「えっと……それで、ホープがおかしいってどういうことなの……?」


「……」


 カゲはしばらく黙っていたが、しばらくしてぽつりとつぶやく。


「……ホープが、暴れ始めたんだ」


「えっ!?」


 私は思わず声を上げた。まさか、カゲの世界でも異変が起きていたということに衝撃を受ける。


「暴れたって……いったい何をしたの?」


 ナチュラさんは真剣な眼差しでカゲを見つめる。すると、カゲは辛そうに口を開いた。


「……こっちの世界樹を、乗っ取ろうとしたんだ。真っ黒い魔力を使って……」


「……っ!? それってもしかして……」


「この前の異変のことじゃない!?」


 私は息を飲むと、ナチュラさんと顔を合わせた。

 私がこの世界に来る原因になった世界樹の異変は、カゲの世界の『ホープ』──『裏』世界樹とでもいうべき存在の仕業だったのだ。


「おれは、ホープから『こっちの世界を荒らせ』って言われたんだ……」


 詳しく話を聞くと、乗っ取りに失敗した裏世界樹は、カゲをこちらの世界に送り込んで、再びこちらの世界を乗っ取ろうとしたらしい。


「こんなことしたくなかったけど……でも、逆らえなくて……! だって……おれは、ホープに生み出されたものだから……!」


 カゲは悲痛に叫ぶと、崩れるようにテーブルに突っ伏す。


「おれは……優しいホープが好きだったのに……! なのに……! なんで……!」


「カゲ、くん……。ぐすっ……」


 黙って聞いていたユグも、耐えきれなくなったように泣き出してしまった。私とナチュラさんはそんな2人を慰める。


(ユグ……)


 ユグも、かつて世界樹─『リリ』に突き放されたことがある。だからか、ユグにとってカゲの気持ちはよくわかるのだろう。


(なんとかできないかな……)


 私は考え込むが、良い案は思い浮かばない。すると、ナチュラさんが口を開いた。


「ねぇ、カゲくんの話だと、そのホープを止めればどうにかなるんじゃない?」


「……確かに」


 ナチュラさんの提案に、私は同意するように呟いた。


「それに、このまま放っておくこともできないしね」


「はい……」


 私はナチュラさんに答えると、カゲに視線を向ける。


「……ねぇ、カゲ。ホープさんのところに案内してくれないかな?」


「……え」


 カゲは驚いたような顔で、私を見る。


「私たちにできることがあれば協力したいの。お願いできるかな?」


「……」


 カゲはしばらく迷っている様子だったが、やがて小さくコクンとうなづいた。


「……ありがとう。それじゃあ、早速行こう!」


 こうして私たちは、裏世界樹を止めるため、動き出すことになったのだった。



◆◆◆



 私たちは、その後すぐに準備を始めた。

 カゲによると『ミラージュの湖』から、こちらの世界に来たらしい。

 私たちも一度行ったことがある場所だが、カゲの世界と繋がっているとは思わなかった。


(前は、そこで変な夢を見たんだっけ……)


 私はぼんやりと思い返していると、ユグに声をかけられる。


「フタバお姉ちゃん! じゅんびできた??」


「あ、うん! 今行くよ!」


 私は慌てて返事をすると、ユグと共に部屋を出た。



◆◆◆



「……ここだ」


 カゲに連れられてやってきたのは、以前訪れたことのある『ミラージュの湖』だ。

 だが、前に来た時とは違って、辺り一面に霧が立ち込めていた。


「……すごい霧ですね」


 キョロキョロと周囲を見ながら言うと、ナチュラさんも同意する。


「そうね……。これじゃあ、どこにいるのかわからないかも……。フタバちゃん、大丈夫?」


「はい。私は平気です」


 私はそう返事をすると、カゲの方へ向き直った。


「カゲ。それで、どうやってそっちの世界……裏世界に行くの?」


「……えっと、ここに飛び込むんだよ」


 カゲはそう言って、水面を指差した。


「ここに……? 本当に大丈夫なの?」


「……うん。おれは、そうやって来たから」


 ナチュラさんの問いに、カゲは静かに答えた。


「……わかったわ。それじゃあ、行きましょう」


「はい!」


「うん!」


 私たちは大きく返事をすると、意を決して水の中へと飛び込んだ。



◇◇◇



 水中に飛び込んでから少し経つと、私たちは水面から顔を出せた。そして、目の前に広がる光景を見て唖然とする。


「なに……これ……」


 私は呆然として呟いた。

 見渡す限り、黒一色に染まった世界が広がっている。空も地面も区別がつかないほど真っ暗で、まるで闇の中に立っているようだった。どこか、以前夢で見た世界に似ている気もしたが……。

 ユグも目を丸くしているが、ナチュラさんだけは冷静に周囲を観察しているようだった。


「ここが、『裏』世界ってことなのかしら……」


 ナチュラさんが呟くと、カゲがコクッとうなずいた。


「……そうだよ。ここは、ホープの力で作られた世界なんだ」


「ホープの……」


 私は呟いてからハッとする。


「もしかして、『ホープ』って世界樹の名前なの?」


「うん。『グレート・ホープ・ツリー』……それが、おれの宿る世界樹の名前だよ」


 カゲがそう言った瞬間、背後で轟音が鳴り響いた。思わず振り返るとそこには……巨大な樹があった。


(これが……裏世界樹……?)


 真っ黒い幹を持つ大樹が、天に向かって伸びている。それは、私たちの世界──『表』世界の世界樹とそっくりだった。ただ、様子がおかしいことは一目見てわかった。


(なに、あれ……!?)


 樹全体に黒いモヤのような何かがまとわりついている。そのせいか、異様に禍々まがまがしい雰囲気を放っていた。その異様な気配に、私は思わず後ずさる。


「なんなの、この感じは……?」


「こわい……」


 ナチュラさんもユグもおびえているようだ。無理もない。私も初めて見た時は怖かった。だが、今は違う。


(怖いだけじゃない……。なんか、胸が苦しい……?)


 私は胸に手を当てながら思った。なぜ、これほどまでに嫌な予感がするのだろうか。すると、その時だった。


──《……カゲ、いるのか》


 お腹の底に響くような低い声。その声を聞いた途端、全身に悪寒が走った。


(なに……この声……!?)


 私は冷や汗を流しながら、声の主を探す。だが、周囲に人影はないようだ。だが、声は続く。


《どこに隠れている……? 俺様の命令には従えと言ったはずだぞ……?》


 どうやら、この声はカゲに向けられたものらしい。カゲはビクッと肩を震わせると、恐る恐る口を開く。


「ごめんなさい……。でも、おれは……おれは……」


 カゲは震えながら、必死で言葉をつむごうとしている。だが、それは裏世界樹の声によってさえぎられた。


《言い訳など聞きたくない! お前は俺様の操り人形なのだ! 俺様の言うことを聞けばいいのだ! わかっているのか!?》


 声が響き渡ると、カゲは体を強張こわばらせる。


「……うぅ」


 カゲは目に涙を浮かべると、その場に崩れ落ちた。

 そこへ、黒いモヤがムチのように襲いかかって来たではないか!


「危ない!」


 私は咄嵯とっさに叫ぶと、カゲをかばって避けた。ギリギリのところで攻撃を避けた私に、ナチュラさんとユグも駆け寄ってくる。


「フタバちゃん! 大丈夫!?」


「フタバお姉ちゃん! ケガしてない!?」


「私は大丈夫です! それよりも……」


 私は裏世界樹の方を見る。先程の黒いムチは、再び私たちを襲おうと狙いを定めている。


《……チッ。避けられたか》


 忌々しそうな舌打ちが聞こえてきたと思うと、また別の方向から同じものが迫って来た。


「……っ! みんな、逃げましょう! このままだと危険すぎます!」


 私は焦燥感に駆られながら叫ぶ。


「そうね。フタバちゃん、こっちよ!」


 ナチュラさんはそう言うと、ユグの手を引いて走り出した。


「カゲ、立てる?」


「うん……」


「一旦、表世界に戻ろう」


 私はカゲに手を差し伸べると、立ち上がらせた。そして、ナチュラさんたちの後に続いて走ったのだった───。

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