第12話 雪降る国の心優しい『ミファの木』

「いやぁ……。本当にすごかったなぁ……」


 私は帰り道で、さっきの出来事を思い出しながら呟いた。

 ちなみに、今はすでに日が暮れていて、辺りは薄暗くなっていた。


「わたしも、楽しかった!ビューンって、飛んだの!」


 ユグが身振りを交えつつ、感想を語る。


「ふふっ……。2人とも、楽しそうだったわね」


 ナチュラさんが微笑みながら言った。


「はい!とても貴重な経験ができました!」


 私は興奮気味に返す。

 すると、ナチュラさんは「それは良かったわ」と満足げに言った。



 それからしばらく歩き、私たちは研究所に戻ってきた。


「……あら?手紙が届いているわ」


 先に中へ入った私だったが、ナチュラさんの声を聞いて玄関へと戻る。彼女の手には一通の手紙があった。


「誰からでしょう?」


「差出人は……。……えっ!?」


 私が尋ねると、手紙を裏返したナチュラさんは驚いたような声をあげた。


「どうかしましたか?」


「ええ……。これ、『クレア・フリント』さん──ブラウ国の代表者さんからみたい」


「ブラウ国の……?」


 私は首を傾げる。なぜ、代表の方が?


「とりあえず、読んでみてもいいかしら?」


「あ、はい。どうぞ……!」


 私の返事を聞き、ナチュラさんは封筒を開けると、中の便箋びんせんを取り出した。そして、読み始める。


「……『突然のお手紙、申し訳ありません。実は、魔法植物のことでご相談したいことがありまして……。よろしければ私たちの国まで、お越し頂けないでしょうか?お忙しいところ申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願いいたします』」


 ナチュラさんは読み上げた後、「……だそうよ」と言って顔を上げた。


「魔法植物について……。何かあったんでしょうか?」


 私は不安を感じて尋ねる。


「さぁ……。わからないけれど、行ってみましょうか。明日、出発の準備をしておきましょう」


「わかりました!」


 こうして、私たちは急遽きゅうきょ、ブラウ国を訪問することになったのである。



◆◆◆



 翌日。準備を終えた私たちは、ナチュラさんの魔法で国境付近まで来ていた。移動魔法は、このヴェルデ国内までしか使えないらしい。


「ところで、ブラウ国ってどんなところなんですか?」


 私は隣を歩くナチュラさんに聞いた。


「そうねぇ……。私も数回しか行ったことがないから、詳しくは知らないのだけれど……。確か、気温がとても低くて、雪が多い土地だと聞いていたわ」


「そうなんですね」


 私は相槌あいづちを打つ。


「それにしても、寒いのは苦手だわ……。防寒対策をしっかりしないとね」


 そう言って、彼女は自分の身体を抱くようにして震えた。


「『ゆき』?それってなに?」


 ユグが不思議そうに尋ねてきた。


(あぁ、ユグは見たことがないのか)


 私は納得する。この世界には季節というものがなく、ヴェルデ国は基本的に年中暖かい気候だ。そのため、寒さを知らないのだろう。


「えっとね……簡単に言えば、白いふわふわしたものがたくさん降ってくるんだよ。地面が真っ白に染まって綺麗なんだ」


 私はユグに説明する。


「そうなの!?見てみたい!」


 ユグは興味津々といった様子で言う。


「ふふふ……。着いたら、いくらでも見られると思うわ」


 ナチュラさんはそう言いながら、クスリと笑った。


 そうして話しているうちに、だんだんと空気が冷たくなってきた。どうやら、目的地に着いたようだ。


「……ここが、ブラウ国?」


 目の前に広がる光景を見て、私は呆然とした。そこには一面の銀世界が広がっていたからだ。


「ええ。そうよ」とナチュラさんが言う。


「わぁ……!すごい!きれい!」


 ユグが感嘆の声を上げる。

 私たちは少しの間、景色に見とれていたが、しばらくして前に進み始めた。



◆◆◆



 私たちは、とある家の前に立っていた。


「……失礼します」


 ナチュラさんがノックして呼びかけると、しばらくして扉が開いた。出迎えてくれたのは、濃紺色のうこんしょくの髪の女性だった。眼鏡をかけていて、真面目そうな印象を受けた。


「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください」


 女性はそう言うと、私たちを家の中へと案内してくれた。


「改めまして、ようこそいらっしゃいました。私は、クレア・フリントといいます。このたびは、わざわざお越しくださり、ありがとうございます」


 深々と頭を下げて挨拶する女性に、ナチュラさんが言った。


「いえ、こちらこそ。お招きいただき、光栄ですわ。私はナチュラ。こちらは、フタバちゃんとユグちゃんよ」


「よろしくお願いします!」


「よろしくね!」


 私とユグは笑顔を浮かべる。


「それで、ご相談というのは……?」


 ナチュラさんが尋ねた。


「はい……。実は、ある魔法植物が不調をきたすようになったんです。原因を調べているのですが、一向に分からず困っておりまして……。そこで、魔法植物に詳しい方にアドバイスを頂こうと思った次第です」


「そういうことだったのですね」


 ナチュラさんは納得した様子で返す。


「はい。……それで、その魔法植物というのが『ミファの木』という木でして……」


 そうして、私たちはクレアさんから詳しい話を聞いた。



◆◆◆



 クレアさんに案内された場所には、モミの木のような木が生えていた。この木が『ミファの木』らしい。


「ミファの木は炎の魔力を持っていて、私たちはその葉を貴重な熱源として使っていたのですが……。どうも最近、葉がたくさん落ちてしまうようになって……」


 クレアさんは悲しげな表情で語る。


「葉っぱ、いっぱい落ちてるね……」


 ユグも寂しそうに言った。


「何か、心当たりはないのでしょうか?」


 ナチュラさんが尋ねると、クレアさんは首を横に振って答えた。


「いいえ……。残念ながら、全く……」


「そうですか……」


 ナチュラさんはため息をつく。


(原因不明の落葉かぁ……)


 私は考え込む。こういったことは、何かしら原因があるものなのだが……。


「……そうだわ!フタバちゃん、この木に原因を聞いてみてくれないかしら?」


 ふと、ナチュラさんが思いついたように言った。


「……!そうですね!やってみます!」


 私は返事をする。

 それから私は、木に向かって話しかけてみた。


「こんにちは……。あなたのことを教えてもらえませんか?」


 しばらく沈黙が流れる。そして……


──《……おや、私に話しかけているのは、お嬢ちゃんかい?》


 木から、優しい老婦人のような声が聞こえてきた。


「はい。私はフタバと言います。……あの、突然すみませんが、あなたはどうしてこんなにたくさんの葉を落としてしまったんですか?」


《そうねぇ……。いて言えば、もう歳だから……かねぇ》


「……えっ!?」


(そ、そんな理由で……?)


 私は驚く。しかし、考えてみれば当たり前のことかもしれない。人間だって歳をとると、体力が落ちたり免疫力が低下したりと様々な影響が出る。おそらく、ミファの場合もそれと似たような状態なのだろう。


《でもねぇ……。私としては、もう少しだけ頑張りたいと思っているのさ》


 ミファは穏やかな口調で言う。


「おばあちゃん、もっと元気になりたいの?」


《そうだねぇ……。この国の子らは、私のことを大事に思ってくれている……。だからこそ、少しでも長く生きて、恩返しをしたいんだ》


 ユグの質問にも、優しく答える。


(うーん……。何とかならないかなぁ……)


 私は考える。正直、木の寿命を延ばすことなんてできない。だが、このまま何もしないというのも、何だか嫌だった。


「……あっ!それなら、私に良い案があります!」


 私は思いつきを口に出す。


「本当ですか?それは一体、どういう方法で?」


 クレアさんが期待を込めた目で見てくる。


「えっと……。私の持っている栄養剤を与えれば、少しは元気にできるんじゃないかなって思うんですけど……。……ダメですか?」


 私は恐る恐る聞いてみる。


「いえいえ、そんなことはないですよ。むしろ、ぜひお願いしたいくらいです」


 クレアさんは嬉しそうに微笑む。


「よかった……!」


 私はホッとする。それから私は、リュックの中から瓶を取り出した。中には薄緑色の液体が入っている。


「ミファさん、栄養剤をあげても大丈夫ですか?」


《ええ、もちろんよ。……お嬢ちゃん、ありがとうね》


「いえ……。では、いきますね」


 私はそう言うと、蓋を開けて中の液体を木の根元にかけた。すると、ゆっくりとだが、木の葉が再生し始めた。


(やった……!成功だ……!!)


「すごい……」


 クレアさんは驚いたような顔で呟く。


「やったね!お姉ちゃん!」


「よかったわね……!」


 ユグとナチュラさんもニコニコしながら言う。


《なんだか力が湧いてきたよ。本当にありがとうね、お嬢ちゃん》


「いえ……。力になれて良かったです!」


 軽く枝を揺らすミファに、私は笑顔で返したのだった───。

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