第4話 うお座女子の特徴その4「押しに弱い」

「この前は本当にありがとうございました。」


海老とハーブがたっぷりと入った生春巻きにスイートチリソースを付けて頬張る藤代さんに、私はそう言って頭を下げた。


日曜日の昼下がり、私はアジアンな装飾がお洒落なベトナム料理店のテーブル席で、藤代さんと向かい合って座っていた。


ダークブラウンの薄手のセーターにジーパン姿の藤代さんがカチャリとフォークを置き、口元をナプキンで拭いた。


「それはこっちの台詞。あの日は朝イチで重要な会議があったから起こしてもらえて本当に助かった。ありがとな。」


「彼女さんに起こしてもらえばいいのに。」


レモングラスの香り漂うフォーを口に入れて咀嚼したあと、私が何気なくそう言うと、藤代さんは少し怒ったように眉間を寄せた。


「そんな女がいたら合コンなんて行くかよ。」


「でも藤代さん格好いいから、彼女いるけど数合わせで来ていたのかと思いました。」


「心外だな。彼女がいるのに合コンへ行くなんてどう考えても不誠実だろ。彼女に対しても、合コン相手に対しても。俺はこう見えて一途な男だよ?」


「それは失礼致しました。」


私が小さく頭を下げると、藤代さんも私の真似をして頭を下げて見せた。


「それ、癖か?」


「え?」


「いや、永尾さん、すぐに頭を下げるだろ?」


「職業柄かもしれません。私、仕事が受付嬢なので。でも性格もあるかも。」


「やめた方がいいぜ。簡単に頭下げると相手に舐められる。本当に自分が悪いと思ったときだけ謝ればいい。」


図星を指されてカチンときたので、私も藤代さんの真似をして腕組みをしてみせた。


「藤代さんこそすぐに腕組みする癖、止めたほうがいいと思うわ。腕組みって相手を拒絶している証拠だって心理学では言われているそうよ?」


「拒絶してるわけじゃない。」


「じゃあ何かしら。」


「緊張してんだよ。これから告白というヤツをするつもりだから。」


「え?」


何かの聞き間違いかと思い、私は自分の耳を疑った。


藤代さんはその鋭い眼差しで、私の瞳をじっとみつめた。


「俺は、気のない女と食事をするほど暇じゃない。」


「・・・・・・。」


「まわりくどい駆け引きは俺の性分じゃないからハッキリ言うが、どうやら俺はあんたに惚れたらしい。出会ったあの夜から俺の五感と心があんたを求めてる。永尾千鶴さん、俺と付き合ってくれないだろうか。」


「ごめんなさい。」


今度こそ本当に悪いと思ったので、心置きなく頭を下げた。


「・・・即答かよ。」


藤代さんは肘をつき体勢を崩すと、大きくため息をついた。


「でも、今日ここへ来てくれたってことは、少なくとも俺が嫌いってわけじゃねえんだろ?


何が駄目だった?顔か?性格か?」


「ううん。顔はすごく好みのタイプよ。アナタはちょっと不愛想だけど、本当は優しくて真っすぐで正直で、とても素敵な男性だと思うわ。」


「お世辞はいい。本音を聞かせてくれ。」


「だって藤代さん、いて座でしょ?」


「は?」


「この前も言いましたけど、うお座の私といて座のアナタは、とても相性が悪いんです。きっとお付き合いをしてもとても長く続く運命とは思えない。私、男性とは結婚、いや一緒に老人ホームに入る時のことまで考えてお付き合いしたいんです。」


「俺、そんな馬鹿げた理由でフラれんの?」


「馬鹿げた理由ではありません。パープル☆星羅先生の本にそう書いてあるんです。」


「パープル☆星羅・・・?!」


「知ってますか?有名な占星術師なんです。」


「・・・なにがパープル☆星羅だ。ふざけた名前つけやがって。」


「パープル先生を侮辱しないで下さい。」


私はバッグの中から白い長封筒を取り出し、藤代さんの前に差し出した。


「これ、先日のタクシー代です。どうぞ、お受け取り下さい。」


藤代さんは素直に封筒を受け取ると、中に入っていた一万円札を右手で引き抜き、左手の中指で弾いた。


「わかった。これは受け取っておく。これはもう俺の金だ。俺がどう使おうと自由だよな?」


「ええ。お好きにどうぞ。」


「じゃ、この金でこの後、あんたとデートしたいって言ったらどうする?」


「え?」


「もちろん、無条件でとは言わない。」


藤代さんは自分の財布から鈍く光る10円玉を取り出した。


「この10円玉を今から放り投げて俺がキャッチする。手の平を開けて10という数字が書かれた面が上だったら、今日一日俺に付き合ってくれ。これだって2分の1の運命、だろ?」


「わかったわ。面白そうね。」


私がそう言うやいなや、藤代さんは10円玉を軽く宙に放り投げて、素早くキャッチした。


そしてその大きな手の平を開くと、平成7年と表示された文字の上に10という数字が大きく書かれた裏面の10円玉が現れた。


「アナタの勝ちね。どこへでもお供するわ。」


私がそう言って微笑むと、藤代さんは10円玉をひっくり返してニヤリと笑った。


「実は平等院鳳凰堂が描かれている表面にも漢数字で十円と書かれてある。俺は数字と言っただけで漢数字を除くとは言っていない。つまりあんたがこの賭けを飲んだ時点で俺の勝ちは決まってたってわけ。」


「呆れた。アナタって意外と策士なのね。」


いて座の男性って相手にその気がない場合、早々にあきらめるってパープル先生の本に書いてあったけど、藤代さんはなかなか押しが強くて執念深い人だわ。


私はそう思いながら、勝ち誇った表情の藤代さんを見上げた。


「そうだ。私からもひとつお願いしてもいい?」


私は人差し指を一本立てた。


「ん?」


「あんたって呼ぶのやめて欲しいの。千鶴って呼んでくれない?」


私の言葉に藤代さんは嬉しそうに白い歯をのぞかせた。


「OK。千鶴ちゃん。」

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