幼ナーガは今日も生きてます!!

なかみゅ

 序章 幼ナーガの愛すべき日常が終わる時

第1話 幼ナーガのお食事風景



「あーん」



 とある沼地の深い霧の中、お姫様みたいに可愛らしい全裸の美少女がぬかるんだ泥に尻をついて、幸せそうに山盛りの生魚を丸呑みにしていた。


 濡れて額に張り付いた長い水色の髪は月光を編んだように透き通って、あどけない顔を彩る大きな瑠璃色の眼は宝石のような輝きを秘めている。


 瑞々しく健康的な白い裸体の全身を水滴が伝う。まだ膨らみ始めたばかりのような、小さな椀を乗っけたような乳房はかろうじて髪に隠れている。


 きっと成長すれば絶世の美女になるだろう。


 ところで何故斯様かような美少女がすっぽんぽんで珍奇な痴態を晒しているのかというと、彼女は人間ではないのだった。


 少女は蛇尾族ナーガの娘である。


 少女の可愛らしくちょこんと窪んだお臍の下辺りからはびっしりと瑠璃色の鱗に覆われた美しい尻尾が伸びていて、蛇みたいに泥の上をのたくっている。

 大好物は茶色く濁った川で捕まえたお魚である。


 と言う訳で、少女は今まさに誰にも邪魔されたくない至福の一時を味わっている。


 少女はご機嫌そうな声をあげながら、びちびち跳ねる大きなお魚を無理矢理に口の中に詰め込んでは、次々と丸呑みにしていく。

 大きく開かれたお口の中はぎざぎざと鋭い歯が沢山並んで強そうである。唇を閉じてもはみ出してしまう二本の白い犬歯が可愛らしい。


 彼女の身の丈の半分くらいあった魚の山が全部平らげられてしまうと、少女のお腹は産まれる直前の赤ちゃんが入っているみたいにぽっこり膨らんで重たそうである。

 人間だったら腹がはち切れてとっくに昇天していること間違いなしである。


「けぷっ」


 少女は腹を撫でながら小さくげっぷを吐いた。


「お腹いっぱい」


 少女が満足そうに呟くと、傍で見ていた屈強な大男が愉快そうな笑い声を上げた。


「相変わらずの食いっぷりだ、セレン! 夢中で飯にありつく幼子程愛らしい姿もない!」  

「ガレディア」


 少女は尻尾を使って器用に立ち上がった。男が自分の腰の辺りの高さにある少女の頭に左手を置くと、彼女は照れたようにはにかむ。


 男は竜族の一種、竜人である。


 猛々しく逞しい六本の角を生やし、少女を見下ろす深緑色の瞳は鋭くも悠々と奥深い。

 全身は硬い緋色の鱗に覆われ、二本の足は頑強な爪で地を踏みしめ、背後は長く強靭な尾に守られている。


 この男、その昔稀有なる美しさ故に檻の中で囚われていた少女を攫ってきたのであるが、別に可哀想だとか正義の為だとかそんな高尚な動機があった訳ではない。

 

 美しかったから。


 その一言が万事であり、同情心などは欠片も持ち合わせていなかった。

 強いて言うなら男にとって絶対の正義とは「少女が美しくあること」であり、これを害する者は悉く皆殺しにしてよい。


 故に男は服を着る文化のない蛇尾族の少女の裸体を毎日仔細に眺め回しては身長や乳房やその他諸々の発育の程を観察しつつ愛でてやり、少しでもその身に不調があればいかなる部位であれ一切躊躇することなく弄りまわしてその原因を究明し改善せしめることに死力を尽くした。


 男は人類倫理に照らし合わせるなら間違いなく変態と定義される類いの生き物だ。 


「あ、ガレディアの分、忘れてた」


 ふいに少女がしまったという顔でぽつりと呟いた。


 少女はいつも男に獲物を分けてやっているのだが、陸に打ち上げた魚は一匹も残っていない。

 もう一度川へ潜りに行こうとして、膨れたお腹ではろくに泳げないと気付く。


「……お魚、捕りに行けない」


 少女は水音のする方と自分の腹とを交互に見やって悲しそうに眉を寄せる。食事の調達は少女が己を守ってくれる男にしてやれる唯一のことだったから、どうしても譲りたくないらしい。


「子どもはよく食うのが健康によい。たまには俺も狩りに出よう」

「でも」

「ならば次回は今日の分まで狩ってくるのだ。俺は其方の悶々とする様を眺めているのみでも満足だが、これで気も済もう」


 少女はようやっと納得して愛らしい顔に嬉しそうな微笑を浮かべた。


「……うん。今度、いっぱいお魚捕ってきてあげる」


 やがて男が狩りと食事を終えたら二人は帰ることにした。 

 少女は重たいお腹を抱え、少し猫背になって億劫そうにずるずる這いずってゆく。


「動くのが大儀そうだな。抱えてやろう」

「うん」


 男は少女の背と尾っぽに手を回して抱きかかえてやった。

 少女の胸元に張り付いていた髪が自重で落ちて、小さく柔らかそうな乳房が露わになる。


 男はいつも通りの足取りで泥の上を歩み始めた。



 二人は小さな住処に戻った。泥を固めて作った蔵である。中には何もなく少女と男が入れば一杯だが、少女にとってはこの上なく快適な宿だ。


 男の腕を離れると少女はひんやりした泥の上に横たわった。膨らんだ腹を囲うように尾っぽをくるりと二重に巻いて、枕代りに頭を乗っけて、心地よさそうにうつらうつらとし始める。


 好物のお魚を腹いっぱいに詰めてこうするのが少女の天にも昇る悦びなのである。

 少女はもうじき眠りにつく。

 何事もなければ腹の魚をすっかり消化してしまうまで数日間は夢の中である。少女は半ば微睡みながら甘えるような声で男に囁いた。


「おやすみ。ガレディア」


 蔵の壁に凭れて胡坐を掻く男は穏やかな笑みを浮かべながら応じる。


「ああ。よい夢を。セレン」


 少女はゆっくりと瞳を閉じた。

 男は眠らない。


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