21話。エルザの手下から猫耳少女を助ける

【エルザの手下。エドガー視点】


「オラオラ! 早く走らねぇと、黒焦げだぜぇええ!」

「ひゃああああッ! 痛いのですにゃん!」


 幌付きの荷台に乗った俺は、雷撃魔法を猫耳少女にぶつけて楽しんでいた。


 ミスリル鉱石を聖王都まで運ぶため、ひとりの猫耳少女に荷車を引かせていた。

 本来は馬に引かせるのだが、馬よりも獣人の方が脚力、パワーともに優れている。その上、痛めつけて楽しむことができるので、最高だった。


「ヒャハハハハッ! 夜までに到着しねぇと、お前の妹を奴隷商人に売っぱらうぞぉおおお!」


 俺が所属するエルザ一党は、まさに最強の冒険者クランだ。旧魔王直轄領を占拠し、魔族どもを奴隷にしてミスリル鉱山でコキ使っていた。


 もし身体を壊して動けなくなったら、奴隷商人に売り払うっていうムダの無いシステムだ。

 魔族は使い捨ての便利な労働力。中でも獣人娘は容姿が良いので、高く売れるって寸法だ。


「ひゃああああッ! それだけは、ご勘弁ですにゃ!」


 猫耳少女は必死に荷車を引っ張って、爆走する。

 コイツの妹は、劣悪な労働環境のために鉱山病にかかっていた。治療をするのも面倒臭いので、妹は奴隷商人に売ることが決まっている。


 だが、もし姉であるコイツが2倍働けば、それは取り止めると約束していた。

 無論、そんな約束など守るつもりなど、俺らには微塵も無い。姉妹そろって、骨までしゃぶり尽くしてやるぜ。


「おいエドガー、警戒だけはちゃんとしろ。俺たちの任務は、無事にミスリル鉱石を聖王都まで運ぶことだぞ」


 元騎士のウォルターが、口を挟んでくる。

 荷台には野盗対策の護衛として、俺を含めて3人が乗っていた。いずれも手練だ。


「あっ? 俺たちは天下のエルザ一党だぜ? 俺たちにケンカを売ってくるようなバカが、いるはずもねぇだろがよ」

「そうですぜ、ウォルターの兄貴。この前、荷を奪おうとした連中をハデに殺ってからは、とんと平和になりましたぜ」


 エルザの姉御の命令で、矢や魔法を弾く魔法障壁を展開して移動している。

 だが、そこまでする必要は無いんじゃねえかと正直思う。


「聖者ヨハンによると、魔王が出現して聖王都を狙っているとのことだ。なら魔王の手の者が、道中に出現しても、おかしくはなかろう? エルザ殿もそこは警戒しておられる」


 ウォルターが生真面目に告げた。


「へっ! 例え、魔族が何人現れようが、俺たちの敵じゃねぇ。あのグリゼルダとかいう吸血鬼もたいしたことなかったじゃねえか?」

「ハハハハハハッ! その通りですぜ兄貴。あの程度が前魔王の娘だってんなら、上位魔族も怖かねぇや!」


 舎弟が、陽気に笑って同意する。

 その時、荷車のスピードが、がくんと落ちた。猫耳娘が足をもつれさせたのだ


「って、おい、怠けやがって! もう一発、ケツに浴びせてやるぜ!」

「はぅううう……ッ! も、もうやめてくださいにゃ!」


 早めに聖王都に着いて、色街で遊びたいてのによ。

 苛ついた俺は、猫耳少女に鞭代わりの雷撃を浴びせた。


「オラ、【ショック・ボルト】!」

「ひぎゃあああッ!?」

「……よせ、エドガー。見苦しい。自分の足で荷を運ぶことになりたいのか?」

「あっ? 俺様に意見する気か、ウォルター! 多少、腕が立つからって、調子に乗るなよ!?」

     

 俺はさらに猫耳娘に、雷撃をお見舞いしようとするが……


「はぁ?」


 俺は心底、戸惑った。

 魔法を放ったのに、何も起きなかったのだ。

 不発などレベル350に達した上級クラス【大魔導師】である俺にとって、あり得ないことだ。

 しかも……


「なっ、魔法障壁が消えた……!?」

「敵襲だ!」


 荷車を覆っていた魔法障壁が消滅する。

 慌てた瞬間、荷車が後ろから引っ張られ、強引に急停車させられた。


「はぎゃあああッ!?」


 俺は慣性の法則に従って、路上に投げ出されて転がる。突然のことだったので、ろくに受け身を取ることもできなかった。


「久しぶりなのじゃ。エルザの手下ども!」

「あぁああああ!? グリゼルダ様なのにゃ!?」


 猫耳少女が、感激の声を上げた。

 路上には美貌の吸血鬼グリゼルダが、仁王立ちしていた。


「痛えっ!? てめぇ。奴隷として、売り払われたハズじゃ?」


 コイツの仕業か!? 俺は激怒して、飛び起きた。


「どうやって、奴隷契約の魔法を解除したか知らねぇが。まさか、仲間を助けに来たとか、抜かす気じゃねぇよな? てめぇひとりごとき、俺たち3人の敵じゃねぇぜ!」

「ひとりではありませんわ」


 底冷えするような声が、背後からかけられる。

 メイド服姿の少女が荷車の後ろから、顔を出した。


「なに? こいつも魔族か? まさか、こいつが荷車を止めた……!?」


 だとしたら、とんでもない怪力の持ち主だ。

 こんな強力な魔族が、グリゼルダの配下にいたのか?


「待て、エドガー。俺たちの魔力がゼロになっているぞ!」

「はぁ!?」


 ウォルターの指摘に、初めて気づく。

 魔力が突然、カラになっており、それで魔法が使えなくなっていた。

 こんなことは、今まで経験したことが無かった。


「まさか、てめぇらの仕業か!? 魔法の反応が無かったってことは、スキル攻撃か!?」

「いや、それはおかしい。以前、戦った時は魔力を奪うようなスキルは使ってこなかった」

「ど、どうするんですか、エドガーの兄貴!?」


 どうするも何も、魔法が使えない状態で上位魔族など相手にはできない。しかも、グリゼルダは新しいスキルを獲得し、以前より強くなっているようだ。

 隙を見て逃げ出すしかない。


「お前ら、エルザの舎弟か? 俺の質問に答えてもらおうか」


 すると10代半ば程の少年が、木陰から姿を現した。見たところ貴族のようだが、その手には闇属性クラスであることを示す【暗黒の紋章】があった。


「カイ様、作戦は大成功なのじゃ!」


 グリゼルダが少年に向かって、うれしそうに告げる。


「はぁはぁーん?」


 俺はピンと来た。


「そうか。てめぇが、グリゼルダを買った新しいご主人様ってか? それで俺たちを襲わせたんだな」

「けッ! 【黒魔術師】って……闇属性クラス、最下級じぇねぇかよ。驚かせやがって」

「坊主。俺は元騎士だ。魔法を封じて勝った気になっているのなら悪いが。この間合いなら一瞬で、お前の首を落とすことができるぞ」


 ウォルターが腰の剣に手をかける。

 状況が理解できたことで、俺は強気を取り戻した。

 この小僧は、上位魔族を金で買って粋がっているようだが、姿を見せるとは極めつけのバカだ。

 この小僧の身柄を抑えてしまえば、この状況を逆転できる。


「おい、この魔族娘どもを下がらせて詫びを入れろ! てめぇは誰にケンカを売ったか、わかっているのか!?」

「少し違うな。ケンカを売っているんじゃない。宣戦布告だ。俺はお前らを……エルザを破滅させるつもりだ」  


 呆れたことに、小僧はとんでもない大言壮語を吐いた。


「こ、こいつ、ホンモノのバカか。エルザの姉御を破滅させるだと……?」 

「それで、エルザの予定について知りたいんだが。あの女は聖王都からの使者をもてなすために、今日はミスリル鉱山には来ないということで、間違いないか?」

「……死ぬが良い」


 ウォルターが、目にも止まらぬ斬撃を放った。小僧を敵と見なしての本気の一撃だ。

 だが、小僧はそれをわずかに後ろに下がって、かわした。

 俺は仰天した。


「て、てめぇ、何者だ。クラスを授かったばかりのガキじゃねぇな!?」

「カイ様、ここはわららに任せて欲しいのじゃ【黒雷(くろいかずち)】!」


 グリゼルダから黒い雷光が放たれる。

 それに貫かれた瞬間、俺の身体に強烈な痺れが走った。


「がぁっ!? 麻痺(パラライズ)効果のある闇魔法だと!?」

「もう【黒雷(くろいかずち)】をモノにしたのか。すごいな、グリゼルダは」

「カイ様の教え方が、上手かったからなのじゃ。さすがはレベル999の魔王様なのじゃ」

「なっ!? レベル999だと!? エ、エルザの姉御ですら、レベル450ほどだぞ!?」

「し、しかも、魔王……!?」


 俺たちは全員、電撃で麻痺状態にされて地面に転がった。

 レベル999など人間を超越している域だ。その上、黒魔術師ではなく、魔王だと?


「控えなさい人間たち。こちらにおわすお方こそ、魔王カイ様です」

「わららはカイ様の四天王のひとり、【吸血姫グリゼルダ】なのじゃ」


 メイド娘がうやうやしく腰を折り、グリゼルダが誇らしげに名乗る。


「……で、さっきの質問だが?」


 魔王カイと呼ばれた小僧の手に、黒炎をまとった禍々しい魔剣が出現した。生存本能が全力で危機を告げる。

 ひと目で、とてつもなくヤバい代物だとわかった。


「あ、あんたの言う通りだ! エルザの姉御は、しばらく鉱山には来ない!」

「エドガー、貴様ぁあああッ!?」


 俺は即行で、エルザの姉御を売った。騎士道野郎のウォルターが怒鳴るが、どうでも良かった。

 この場をやり過ごすには、これしか無い。


「他にも、何か聞きたいことがあったら、何でも聞いてくれ! 全部、答える!」


 だが、カイからの返答は非情なものだった。


「そうか、ありがとう。もう知りたいことはない。素直に答えてくれた礼に、お前はアンデッドにはしないでやる。【終焉(デス)】」


 それは死神を呼び寄せ、対象を即死させる闇魔法だった。

 俺の肩を、白骨の手が掴む。

 それを認識した瞬間、俺の意識は消えた。

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