14話。聖者ヨハン、史上最強の魔王を敵に回してしまう

【聖者ヨハン視点】

 

「バカなっ!? アークデーモン!?」


 聖堂騎士たちが、浮き足立ちました。

 アークデーモンは容赦なく拳を振るい、鎧ごと人体を砕きます。


「げはぁあああああッ!?」

「業火に焼かれよ、聖者ヨハン!」


 さらにアークデーモンの両手に、真っ黒い炎が出現しました。私に魔法攻撃を仕掛けるつもりのようです。

 ま、まずい。アレを喰らったら、確実に死ぬ。


「せ、聖堂騎士ども、盾となってこの私を守れぇええええ!」

「ハッ!」


 聖堂騎士たちが前に出て盾を構え、幾重にも魔法障壁を展開します。


 ズッドォオオオオーン! 


 アークデーモンより放たれた黒炎が直撃。大爆発が起こり、彼らは悲鳴を上げて吹き飛びました。


「なっ、なんだソレは……! なぜ、上位悪魔が……ッ」


 アークデーモンが人間、しかも聖女に従うなど、信じられない光景です。

 私は仰天しつつも、自分に回復魔法をかけて傷を癒しました。

 捨て駒の聖堂騎士どもが、時間を稼いでくれたおかげで助かりましたね。

 

「……この子は、カイが私につけてくれた護衛です」

「ま、まさか……?」


 だとしたら、カイはまさに魔王と呼ぶにふさわしい実力を備えていることになります。


「もう一度、告げます。傷つけた人々に謝罪し、帰ってください。そして、二度と私とカイに関わらないで」

「ひっ! ヨハン様! い、今の我々の装備では……っ!」


 アークデーモンの真っ赤な目に睨まれて、聖堂騎士たちが震え上がります。

 確かに、対悪魔討伐用の装備も無い状態では、アークデーモンなどとは、まともに戦えないでしょう。


 ですが……

 くくくっ、この小娘は激甘の愚かな者ですね。今、徹底的に畳み掛ければ、私たちを全滅できたものを。

 私は土下座して、許しを請うフリをしました。


「お、お許しください! 聖女コレット様! 私は教皇様に命令されただけで、本当はこのようなことはしたくなかったのです。この通り、誠心誠意、謝罪いたします! 魔王誕生が阻止されたのであれば、もうコレット様を追いかけることもいたしません!」

「ヨ、ヨハン様!?」


 私の豹変ぶりに、配下たちは愕然としています。


「……本当ですか?」

「はい。神に誓って本当です」


 聖職者にとって、神との誓いは命よりも重いものです。

 コレットは疑わしげな顔をしていましたが、やがて、ほっと息を吐きました。


「わかりました。では全員、武器を捨ててください」

「はい、コレット様。あなたたち、武装解除しなさい」

「……ハッ」


 聖堂騎士たちは釈然としない様子で、剣や盾を地面に放り投げました。


「次に馬を一頭、貸していただきます。あなた方は、私が姿を消すまで、両手を後ろに組んで一歩も動いてはなりません」


 ほう。この娘、やはり頭は悪くないですね。

 魔法は手から撃ち出すタイプが9割を占めるので、これで我々は魔法の使用も封じられました。

 私は敵意が無いことをアピールするために、率先して両手を後ろに組みます。


「コレット様、この者どもを許すのですか? 今すぐ後腐れなく、皆殺しにすべきでは?」


 アークデーモンが、余計なことを吹き込みます。

 私の背中に一瞬、冷や汗が流れますが……


「……皆殺し? いいえ。許しを請うている人に、そんなことはできないわ」


 コレットは怪訝な顔をして、それをはねつけました。

 くくくっ。まあ、それが聖女候補として育てられた御令嬢の感覚ですよね?


 愛だの正義だのといった建前を、本気で信じていらっしゃる訳だ。実に滑稽です。

 聖女など、我々、聖教会に都合良く使われるだけの道具に過ぎないというのに……


「聖女コレット様、不幸な行き違いにより、大勢の怪我人が出てしまいました。どうか、お力を貸していただけないでしょうか?」


 私は重傷を負って呻く聖堂騎士たちに視線を投げました。

 途端に、コレットの顔に罪悪感が浮かびます。実にわかりやすく、コントロールしやすい娘ですね。

 彼女は一瞬、考え込みましたが、やがて決断しました。


「……そうですね。『汝の敵を愛せよ』が、神様の教えです。【全快(キュアオール)】」


 コレットは両手を掲げて、回復魔法を放ちました。

 光のシャワーが燦々と降り注ぎ、怪我人らは目を瞬きます。


「ああっ、い、痛みが引いていく……!」

「なんと、慈悲深い! ありがとうございます聖女様!」

「コレット様、あなたは本当に良き聖女でいらっしゃる!」


 聖堂騎士らは感銘を受けたようですが、私は笑いを堪えるのに必死でした。

 本当に甘ちょろい小娘ですね。


 ですが、一度に全員を回復しきることはできなかったようで、未だに苦しげな者もいました。

 コレットは続けて、回復魔法を使おうとしましたが、私が遮りました。


「ありがとうございます聖女コレット様。今ので、かなりの魔力を消耗されて、さぞお疲れでしょう。後は私が引き受けます。さあ、コレを飲みなさい、楽になれますよ」

「ハッ、ありがとうございます、ヨハン様」


 私は回復薬に偽装した魔法薬を、怪我人の男に渡しました。

 医療行為に見せかけたので、コレットはそれを咎めることはしませんでした。

 男がそれを一口飲むと……


「おっ、おおおおおぅーッ!?」


 男の筋肉が爆発的に膨れ上がり、鎧が内側から裂けました。

 これは、教皇から奥の手として渡されていた魔法薬【レベル・ブースター】です。レベルが強制的に800まで上がる代償に、肉体が崩壊して死に至るという、劇薬。


「クハハハッ! これで形勢逆転です。さぁ、アークデーモンを討伐しなさい! お前たちも武器を拾って、一斉にかかるのです!」

「えっ、ヨハン様!?」


 聖堂騎士らが、困惑の声を上げました。


「ヨハン殿、どういうことですか……!?」

「聖女コレット様をお連れすることこそ、我らが神聖かる任務! 従わぬ者は、異端者として処罰しますよ!」

「……ハッ!」

「コレは……す、すばらしい! すばらしい力だぁ!」


 【レベル・ブースター】を接種した聖堂騎士は、みなぎる全能感に歓喜しました。

 コレットはようやく自分が騙されたと気づいたようですが、もう遅いです。

 自分から敵を回復させてしまうとは、バカの極みですね。


「ぬっ! コレット様、お下がりを……!」


 アークデーモンが、コレットを背後に庇います。


「ヒャアアアアッ! くたばれ悪魔! さっきはよくもやりやがったな!」


 レベル800の聖堂騎士は、テンションが振り切れた状態で剣を振り回します。人間とは思えぬ猛攻撃です。

 アークデーモンがそれを弾いて反撃しようとした瞬間、私はコレットを狙って光魔法【聖矢(ホーリーアロー)】を放ちました。光の矢が、闇を切り裂きます。


「きゃあ!?」

「ぐぬぅっ!?」


 アークデーモンは身を挺してコレットを守り、大ダメージを受けました。

 そこにさらに、聖堂騎士団からの魔法の集中砲火が浴びせられます。

 

「まさか、上位悪魔ともあろう者が、ここまで忠実な人間の犬に成り下がっているとは!?」


 まったく笑いが止まりませんね。

 さしものアークデーモンも、全身を滅多打ちにされて、動きが鈍りました。


「な、なんて卑怯な……それでも聖者ですか!? 恥を知りなさい!」

「くくくっ、もちろんですよ。教皇様より賜った神聖なる任務をなんとしても遂行する。この私こそ、善であり、正義です!」

「えっ、この人から血が……?」


 コレットは息を飲みました。

 レベル800の聖堂騎士の全身から、血が噴き上がったのです。

 やはり、まだ未完成の魔法薬だけあって、肉体の崩壊が早いようですね。


「俺の身体がぁ……い、痛い、痛いぃいいッ!」


 アークデーモンを剣で貫きながら、聖堂騎士は悲痛な声を上げました。


「ガァアアア!? お、おのれ、人間! コレット様、お逃げください!」

「アークデーモン!?」


 コレットが手を伸ばしますがアークデーモンは倒れ、そのまま空気に溶けるように身体が崩れていきました。


「ひゃあああ、ヨハン様、お、俺の手がぁ……ッ! は、早く、かかか回復を!?」


 勝者も無事では済みません。聖堂騎士の肉体が、グズグズに崩壊していきます。うわっと、思わず目を反らしたくなる有り様ですね。


「えぇえい、汚い、近寄るな!」


 私は縋りついてきた聖堂騎士を蹴り飛ばしました。


「そんな!? お、俺は命がけで悪魔を倒してッ!」

「今、癒しの力を……!」


 絶望に染まる男の手を握って、コレットは回復魔法をかけました。


「温かい……ッ! あ、ありがとう、ありがとう聖女様ぁ! 俺はなんてことを……」


 涙を流し感謝と懺悔を口にしながら、男は息絶えました。いかに聖女の力でも、【レベル・ブースター】の副作用を止めるのは不可能ですね。


 コレットの手は、男の血と肉片でベトベトに汚れました。

 彼女はしばらく放心したように、崩壊した男の死体を見下ろしていました。


「あーあっ、汚いですね。服も汚れているじゃありませんか? まずは、お着替えを」


 これからこの小娘を連れて行くのに、これではやや不都合です。


「き、汚いですって? あなたは部下を死なせておきながら、何を……!」


 コレットが私を、きつく睨みました。

 くはっ。

 たかが、ゴミが一匹亡くなっただけで、何を憤っているのでしょうか?


「聖者ヨハン。あなたこそ、人に仇なす悪魔です!」


 コレットは怒りに燃えて、杖を構えました。

 私は鼻で笑うと、彼女の手を叩いて杖を落とさせます。


「聖女コレット様。あなたは、魔王にたぶからされてしまっているようだ。アークデーモンなどを護衛につけているとは、なんとも嘆かわしい!」


 私はコレットの肩を、両手で掴みました。


「【聖縛鎖(ホーリーチェイン)】! 悔い改めよ、聖女!」

「なっ!?」


 コレットの身を、輝く鎖が縛りつけました。

 これは異端者を改宗させるための魔法です。

 口さがない者は、奴隷契約魔法の一種とも呼びますが……まあ、似たようなモノです。


「魔王カイと戦うことに全面的に協力せよ。利敵行為の一切を禁じます!」

「な、なにを……きゃああああッ!?」


 輝く鎖【聖縛鎖(ホーリーチェイン)】が、コレットを締め付けました。骨が軋むほどの圧迫に、彼女は悲鳴を上げます。


「くくくっ! あなたは今、カイに会いたいなどと、考えていたのではありませんか? 残念ですが、それは利敵行為とみなされ、【聖縛鎖(ホーリーチェイン)】はあなたを責め苛みます!」

「痛い、あっ、ああああぁ!?」

「ヨハン様、そ、そのコレはあまりにも……やり過ぎでは?」


 配下のひとりが、生意気にも意見してきました。

 せっかくの勝利に水を差されて、実に実に不愉快です。


「聖女様は、我らに慈悲をしめしてくださった訳ですし……」

「現時刻をもって、あなたの聖堂騎士としての身分を剥奪します。神聖なる任務を妨げる者は、魔王に通じる異端者です。懺悔しながら死になさい」


 私はその男の腹に短剣を突き刺しました。


「ギャアアアアアッ!?」

「くくくっ、コレット様、私に逆らう者がどうなるか、ご理解いただけましたか?」


 無論、これはコレットへの教育の一環でもあります。私に対する恐怖を植え付けて、絶対服従させるのです。


「あっ、あああなたは、狂っています……!」


 コレットは痛みを堪えながら、私を睨みつけました。


「こんなこと、神様はお許しにならないわ。きっと天罰が下ります」

「ふはッ! 天罰? その神から私は【聖者】のクラスを与えられたのですよ。すなわち、この私が成すことは、すべて正義なのです! 誰も私を裁くことはできない。私は常に裁く側、神の代弁者なのです!」


 私はコレットを高笑いと共に見下ろしました。


「……ぐぅううっ、ごめんなさい、カイ。こんなハズじゃ」


 コレットは痛恨の涙を流します。

 【聖縛鎖(ホーリーチェイン)】が与える苦痛によって、彼女は失神しました。


 くくくっ、これで何もかも思い通り。私は2週目世界に行って、やがてこの世界の支配者となれるでしょう。

 ああっ、楽しくなってきましたね。


※※※ 


 この時、聖者ヨハンは、予想だにしていなかった。

 カイを敵に回してしまったことで、死ぬより恐ろしい地獄に落とされることを。

 カイがやがて史上最強の魔王となり、カイによって聖教会が壊滅することを。

 その魔王の誕生を、自分が後押ししてしまったという事実を……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る