6話。魔王の領地を取り戻すことを約束する

「これは……カイよ。アレスに呪いをかけたのか? な、なんと格調高い見事な術式であるか! おぬし、呪術の腕前も相当なモノじゃのう」

「はい。魔族であっても、これほど闇の魔法を巧みに使いこなせる者はいないでしょう」


 魔族の少女グリゼルダとサーシャが、感嘆の息を吐いた。


「グリゼルダ。信じられないかも知れないけれど、良く聞いてくれ」


 俺はグリゼルダに正直に真実を語った。


「俺は5年後の未来から、ステータスを引き継いだ状態でやってきたんだ。俺は勇者パーティの一員として、魔王となったグリゼルダと戦うが、土壇場で勇者アレスに裏切られて殺される」


 グリゼルダとサーシャは、目を丸くした。


「いや、ちょっと待つのじゃ。時間が戻る? それにわらわが、魔王じゃと?」

「そうだ。だから俺は、勇者にも人間にも、ホトホト愛想が尽きているんだ」

「……にわかには信じられませんが、グリゼルダ様。げんにクラス授与式の前に【黒魔術師】を極めるというあり得ない矛盾を、カイ殿は体現なさっておいでです」


 俺を警戒していたサーシャが、態度を軟化させた。


「それにグリゼルダ様が魔王となられる! それはとても信憑性が高いことだと存じます」

「む、むぅ……しかし、勇者アレスとは。まさか、おぬしではなく、アレが勇者になるのか? 神の目も節穴じゃな」


 グリゼルダは唖然とした。

 神の目が節穴というのは、俺も完全に同意だ。

 そうでなければ、神は人間をもてあそんでいるとしか思えない。

 

「理解してもらえたか? 俺がお前たちの名前を知っていることも証拠になると思うが……」

「そうじゃな。カイが、わらわたちを何か罠にはめようとしておるなら、もっとマシな嘘をつくじゃろう。なにより、カイはわらわたちの命の恩人じゃ! そうであろう、サーシャよ」

「はい、グリゼルダ様。私もここまで話を聞いて、カイ殿は信用できるお方だと考えを改めました」


 ふたりとも納得してくれたようだ。


「良かった。それじゃ、これからのことだ。グリゼルダの領地は、エルザ一党に奪われたのか? なら、俺がエルザを叩き潰して領地を奪い返してやる。ヤツのことは良く知っているからな」


 勇者パーティのメンバーだったエルザの能力や性格は熟知している。

 5年後より未熟なら、徒党を組んでいたとしても、倒すのは難しくないだろう。


「な、なんと本当か!?」


 グリゼルダは顔を輝かせた。


「そうじゃ。ヤツはわらわの領地で、良質なミスリルが採掘できると知って、我が領民を奴隷にして働かせておるのじゃ!」

「グリゼルダ様。カイ殿……いえカイ様ほどの黒魔術師が協力してくだされば、心強いですね」

「うむっ。これで亡くなった父上にも顔向けできるのじゃ!」


 グリゼルダとサーシャは、ハイタッチしてはしゃいでいた。


「その代わり、俺と幼馴染のコレットをグリゼルダの領地に住まわせてもらえないか?」


 無論、コレットの意思を確認する必要もあるし、実際に住んでみたら、水が合わない可能性もある。なにしろ、魔族領だ。聖王国とは気候風土が、まったく異なるだろう。

 だが、イザというときに身を寄せる場所にはできる。これもコレットとの安住の地を探すための第一歩だ。


「そのくらいなら、お安い御用じゃ。そのコレットというのは……まさか、おぬしの恋人か?」


 なぜか、グリゼルダは拗ねたような声を出した。


「婚約者なんだ。今日、【聖女】のクラスを授かる予定になっている」

「なに……? 聖女を連れ回すとなれば、聖王国から追手がかかるのではないか? あっ、いや、無論、カイからの恩義には、厚く報いるつもりではあるのじゃが……」


 グリゼルダは渋面を作った。

 正直な娘だ。俺はグリゼルダに好感を覚えた。

 要するに、厄介ごとを領内に持ち込んで欲しくはないのだな。


「安心して欲しい。今後、グリゼルダの領地が聖王国に襲われるようなことがあれば、俺が責任を持って撃退する。今は別行動を取っているが、コレットには護衛のアークデーモンをつけてあるんだ」

「な、なんとアークデーモンとな!? 聖騎士団、1個中隊にも匹敵する戦力ではないか?」

「アークデーモンの召喚を維持した状態で、私たちを助けて下さったということですか!? 信じられないほどの魔力量です」


 グリゼルダたちは呆気に取られた。

 魔王に褒められるというのも、こそばゆいな。

 魔王グリゼルダなら、このくらい訳もないと思うが……やはり今の彼女の戦闘能力は、魔王状態とは比較にならない程、低いのだろう。


「よし、じゃあ、さっそくこの屋敷から脱出しよう。これに着替えてくれ」


 俺は用意していたメイド服をふたりに差し出した。奴隷用の貫頭衣では、逃亡に支障がある。


「なんと、用意周到じゃな。カイには、本当に感心させられる。サーシャ、着替えさせてくれ……あっ、カ、カイはアッチを向いておるのじゃ!」

「はい、グリゼルダ様」


 少女たちはさっそく着替えを始める。

 俺も別に覗きなんかする気はない。俺が彼女らに、背を向けた直後だった。


「ヒャッハー! やったぜぇえええ! 俺様は勇者のクラスを得たぞぉおおおおッッッ!」


 気絶していたアレスが飛び上がって、特大の歓声を上げた。

 その右手の甲には、勇者の証たる【光の紋章】が燦然と輝いている。


「ぐひゃひゃひゃ! 兄貴、そりゃもしかして、【暗黒の紋章】。しかも最底辺の【黒魔術師】ってかぁ!? 勝った、兄貴に完全に勝ったぁああ! 俺様の時代が来たぜぇええ!」


 勇者の初期スキルのひとつに【起死回生】がある。どんな傷や状態異常も24時間に1度だけ、たちどころに癒してしまう回復系スキルだ。

 【起死回生】を使って、傷を完全回復したみたいだ。


「……もう正午か。予定通り、勇者のクラスを得たんだなアレス」

「この下衆が、勇者じゃと!? やはり、カイの言ったことは本当じゃったか!?」


 メイド服姿のグリゼルダが息を飲む。サーシャも着替え終わっていた。手際が良いな。

 俺は彼女たちを庇うために前に出た。


「兄貴、さっきはよくもやってくれたな。礼はたっぷりさせてもらうぜ。ヒャハハハハ! まずは聖剣の試し斬りだぁ! 来やがれ、デュランダル!」


 ズドォォォオオ──ンッ!


 落雷のような轟音と共に、まばゆい輝きを放つ聖剣が、アレスの手に出現した。

 勇者は、世界最強の聖剣デュランダルを喚び出して使うことのできる【聖剣召喚】スキルを持っている。


「本当に来やがったぜ、これぞ勇者の剣! 俺様が正義である証だぁあああッッッ!」


 1週目の俺の命を奪った聖剣──その切っ先を再び向けられて、俺の怒りに火がついた。

 アレスへの復讐の第二段階。それはその自慢の聖剣を叩き壊すことだ。


「アレス、俺に剣を向けたな……お前は地獄を見ることになるぞ」

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