43 婚約式

 婚約式が数日後ともなると、国内の貴族はもとより各国からのお祝いが連日のように届いていた。

 各国の大使も続々と訪れていて対応にも忙しい。


 まだ結婚式でもないのに、ここまで、とはソフィアも思ったが、帝国の皇太子のそれともなるとそういうものらしい。


 警戒対象のトアール国については、大使の一行の中に従者と称して現国王らしき人物が入国したとの情報が入ってきた。

 入国直後から影を数人配備して、独り言一つも聞き逃さない態勢をとってはいるが、油断はできない。



「ルイス、あいつにフィフィの姿を近くで見せるのは危険だ。おそらくフィフィがジュリア様の娘と知っていて、見定めに来ている可能性が高い」

「身分を偽っているので大きくは出てこないでしょうが、近づけないように手配済みですよ」

「万全の態勢で頼む」


「まあ、彼がどう動いても阻止するだけの自信はありますけどね。潰すチャンスとも言えます」

「お前は、虫も殺せないような顔をして、けっこう腹黒いよな」

「レオ様、人聞きのわるいことを。僕は、側近としてただ真面目なだけなのに」

「俺は、奴が帰国するまでフィフィを一瞬たりとも離さない!」

「はいはい。フィフィ様のナイト役は頼みましたよ。そっちは僕がきっちり対処しますから」



 ◇◇◇


 婚約式当日、ソフィアは朝から体を磨かれ、この日のために準備された美しいドレスを身にまとう。


 今日のドレスは、白のシルク地にダークブルーとエメラルドグリーンの縁取り刺繍を施した清楚ながら高価なドレスだった。

 ダークブルーとエメラルドグリーンは二人の瞳の色だからどうしても取り入れたかったのだ。レオナルドが、だが。


 いつも下ろしている髪はアップにし、かなり大人な雰囲気に仕上がっていた。



 サマンサとアンジェラが控室にやってきてソフィアに声をかける。

「まあまあ、こんなに美しいご令嬢は、この帝国中どこを探してもいないわね」

「さすが、私の自慢の義妹ソフィーだわ」

「アンジェラ、私たちが先にソフィーのドレス姿を見てしまってレオナルドが文句を言いそうね」


「母上も姉上もずるい! 俺もまだフィフィのドレス姿見ていないのに」

 と廊下から声がしてきたので3人とも思わず笑ってしまう。



 サマンサとアンジェラと入れ替わる形で、レオナルドは意気揚々と部屋に入って来たが、ここで人生3度目のフリーズだ。

 もう慣れてきた。


(女神だ。女神が降臨している)


 もう俺は君にかしづくことしかできない。



「めが?」

 また首を傾げられてしまった。


「め、目がくらむほどの美しさだ。呼吸するのも忘れてしまいそうだよ。フィフィ」

 このセリフも恥ずかしいが、女神よりはマシ、……なのか?


「ありがとう。レオも素敵よ」


「フィフィ、本当に愛しくて仕方がない」


 ダメだ、すべてが可愛すぎる。

 もう我慢も限界だ。

 婚約式が終わったら、結婚前ではあるがこの衝動に素直に行動してしまおう。


 レオナルドの脳内は今日もある意味順調のようだ。

 結局、我慢する流れになるところまでが最近のルーチンである。




 婚約式そのものは、教会で書類に署名をして、その後の儀式も比較的簡単なものだった。


 だが、教会の正面の扉を開けると、大勢の貴族や各国の大使、国民やらの大歓声で迎えられることとなった。


 ソフィアは驚いたものの顔に出ないよう努めた。

 先ほどの儀式が簡単に済んだので外がこのようになっているとは思っていなかったのだ。


「フィフィ、今からここで挨拶するよ」

「えっ? 私、挨拶の言葉は何も考えて来ていないわ」

「君は笑顔でミールを抱っこするだけでいい」

「?」


 すると、レオナルドがみんなの前で挨拶を始める。

「今日ここで私の正式な婚約者となった女性を紹介する。ランドール王国、エトワール侯爵令嬢のソフィア嬢だ。そして、ソフィア嬢が精霊に選ばれし唯一の女性であることを見せよう」


 さっきから大人しくレオナルドの肩に乗っていたミールがソフィアに抱っこしてほしそうにしている。


「レオ? 今ミールちゃんを抱っこするの?」

「ああ、そうしてくれ」


 ソフィアがミールに触れたことで、ミールの姿が可視化される。

 ソフィアは胸の前あたりでミールを抱きかかえると笑顔で観衆の方へ向き直った。


 きゃぁぁぁ! 黒猫様よーーー!!

 ソフィア様も黒猫様もかわいいーーー!!!


「私の精霊は、皆も知っての通り黒猫の姿をしている。名前はミール。ソフィア嬢が触れている間だけ皆が見ることができる。それは彼女が私にとってより縁の深い女性、つまり私の唯一、ということである」


 ミール様ぁ!!!

 ソフィア様!!!


 最前列は猫好きが占拠していたようだ。

 しまいには拝む人まで現れた。

 教会前の広場は熱狂の渦に包まれた。

 なんだかカオスだ。



 教会の外でのお披露目を終えて、列席してくれていたエリザベス、マリアベルのところに向かう。


「ベス、マリィ、出席してくれてありがとう」

「当然よ。ソフィー本当にきれいだわ」

「私たちの式の時も来てほしいわ」

「もちろんよ」

 久しぶりの再会に話の華が咲く。




 その3人の様子を、かなり遠い場所からじっと見ている男がいた。

 時折オペラグラスのようなものを覗き込んでは、ぶつぶつとつぶやいている。


「あのシルバーの髪の娘はかなりいい女だ。欲しいな。隣のピンクの娘も膝の上にのせて愛でてみたい。だが……」


 その男の目には、プラチナブロンドが映し出されていた。


 その男は隣にいた側近らしき男に小声で話しかける。

「どういういことだ。ジュリアと同じくらい、いやそれ以上の美しさじゃないか。何年か前に調べた時は、平凡でパッとしない容姿だと聞いていたが、嘘の報告だったのか」


 それはつまり、ブライアンがソフィアにカチューシャをつけさせた後に、トアール国の調査が入っていたということになる。


「欲しい。あの娘を余の後宮に入れるように手配しろ」

「あの娘とは、帝国皇太子の婚約者のことですか?」

「そうだ。あとは、あそこにいるシルバーとピンクの二人のことも調べておくんだ」

「皇太子の婚約者を後宮に入れるなど不可能でございます。連れ去るだけでも宣戦布告のレベルです。戦争になります。諦めていただけないでしょうか」


「どんな手を使ってもいい。我が国が関与していることがバレないようにうまくやるのがお前たちの仕事だろう。猶予は3カ月だ。それ以上はお前たちの首が飛ぶぞ」


「3カ月ですか……計画を練る時間だけでも全然足りませ……」

「死にたいのか」

「……御意」

 側近らしき男の顔色は悪かった。

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