41 筆頭婚約者候補!?

 新聞を握りしめて、怒りをあらわにしている彼女はヴァレンティナ・バーツ侯爵令嬢だ。

 帝国でレオナルドと釣り合いのとれる年頃の令嬢としては一番爵位の高い令嬢である。


 小さい頃に、高位貴族の子供たちを集めたお茶会でレオナルドに一目ぼれした彼女は、自分こそがいつかは彼の隣に立つ存在だと思い込んでいた。


 年齢もレオナルドの1つ下なので、同じ学園に入学すればよりお近づきになれると思っていたのだが、レオナルドが他国へ留学に行ってしまい、会う機会がなくなってしまったのだ。


 自分の知らないところでレオナルドが婚約者となる女性を連れて帰国するなど、彼女にとっては許容しがたいことだった。


「何が、精霊に選ばれし女性よ。その女にレオ様は騙されているのよ。精霊なんて存在していないのに」


 ヴァレンティナは自分の目に見えないものは信じない質だった。


「最後にレオ様とお会いしたのは3年前のお茶会だわ。お年頃になった今の私を見ればレオ様も私を選ぶはずよ」



 数日後、ヴァレンティナは、父親に頼み込んで一緒に登城し、レオナルドの執務室に帰国の挨拶と称して押しかけた。


「私が誰だかわかるわね。レオ様に会わせて頂戴」

「バーツ侯爵令嬢、こちらへの入室はご遠慮ください。殿下の執務の邪魔になります」

「大丈夫よ。私はレオ様の筆頭婚約者候補だから」


 ヴァレンティナはドアノブに手をかけようとするが近衛騎士に止められてしまった。

「お約束のない方は、入室できません。お帰りください」

「あなた、私の邪魔をするなんて良い度胸ね。覚悟しなさい! お父さまに言いつけてやるわ」



 その頃、執務室内では、外の廊下が騒がしいのに気づいていた。

「ルイス、外で何が起こっているんだ?」

「どこかの令嬢が突撃してきたみたいですね。ああ、この声はヴァレンティナ嬢ですね」

「侯爵家の令嬢か? あまり顔が思い出せないな」

「いい評判を聞かないわがままな令嬢ですよ。彼女に時間を使う必要はありませんね」

「俺はフィフィ以外の女に時間を使うつもりはないよ」

「それより、レオ様そろそろ温室に向かいませんとフィフィ様を待たせてしまいますよ」

「まだ少し早いだろう」

「ですが、ヴァレンティナ嬢が廊下に居座り続けているうちは、ドアから出られませんよ。だから、ほら、そちらのテラスから出ていってくださいよ」

「扱いが雑だなぁ。ま、でも遠回りするしかないか。そういうことなら今すぐ出ないとフィフィに会う時間が減ってしまうな」


 今日はレオナルドがソフィアに城の敷地内にある皇室専用の温室を案内することになっていたのだ。




「もう、何よ! レオ様に会えなかったじゃない!!」

 ヴァレンティナがイライラしながら父親のところに戻る途中、温室が見える渡り廊下を通りがかった時だった。

 上品な装いをしたプラチナブロンドの女性が侍女と体の大きな騎士を連れて、温室の入り口付近にいるのを見かけてしまったのだ。


「誰かしら? あの髪色の令嬢に心当たりはないわ。もしかしてレオ様を騙して帝国に着いてきた女?」

 だとしたらその嘘を暴いて、帝国で裁いてもらう必要がある。


「私があの女の嘘を見破れば、レオ様が私に好意を向けてくれるはずだわ」



 ソフィアは温室に向かっていた。珍しい植物や花が育てられていて、レオナルドに案内してもらう予定だ。

『今日14時頃、温室を案内しよう。もしフィフィのほうが先に着いたら、温室内のソファーに座って待っていてくれ』

 朝食の時にレオナルドに言われていたので、少し早めに着くよう皇太子宮を出たのだった。


 エマとバルトと一緒に温室に入ろうとしたところで、後ろから女性に声を掛けられた。


「ちょっとあなた! ここで何をしているの? そこは皇室専用の温室よ。部外者は入らないで頂戴!」


「えっと、エマ? 彼女はどちら様?」

 ソフィアは困惑した。

 その女性は栗色の髪のダークブラウンの瞳でもちろん初めて見る令嬢だった。


「バーツ侯爵家のヴァレンティナ嬢です。いろいろ性格的に問題のある令嬢で……」

 エマが小声で教えてくれた。


「もしかしてあなたがレオ様の自称婚約者の外国人?」

 イライラした様子できつめの言葉を投げて来る令嬢を見て、エマとバルトがソフィアを守るように前に立つ。


 まだ帝国貴族の勢力図からバーツ侯爵家の立ち位置を詳しく教わっていない状態では対応が難しいため、あまり関わらない方がいいととっさに感じたソフィアは一旦温室から離れることにした。

「エマ、部屋に戻りましょう」


「ちょっと待ちなさいよ! 私は、この国のバーツ侯爵家のヴァレンティナよ。私がレオ様の筆頭婚約者候補なの。だからあなた、諦めて国に帰りなさい」

「まあ、帝国の皇太子様に婚約者候補がいらっしゃったとは存じ上げませんで。不勉強で申し訳ございませんわ」


 礼儀もわきまえず、思い込みの激しいタイプの人間とは関わらないのが賢明だ。

 さっさと立ち去りたいのだが、そのヴァレンティナと名乗った令嬢はさらに畳みかけて来る。


「レオ様と私はねぇ、昔からの仲なの。今日もレオ様に会うためにここに来たのよ。だから、あなたの入る隙なんて一ミリもないわ! これ以上レオ様に付きまとわないで!」

「ヴァレンティナ嬢は今日、レオナルド殿下と面会のお約束がある、ということでしょうか?」

「そんなことあなたに答える必要はないわ。とにかくレオ様を返してちょうだい」


 話が堂々巡りだ。


 エマやバルトもげんなりした顔をしている。

 高位貴族の令嬢でここまで話が通じない相手も珍しい。

 

 そろそろ約束の時間だが、レオナルドがここに来てしまったら、さらに面倒なことになってしまう。


 だが、対処法が見つからず時間だけが過ぎてしまうのだった。

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