39 王弟リオール
ほどなくして、リオールの侍従がやってきたので、二人でついて行く。
通常の夜会の休憩室とは別方向のかなり奥まった場所に向かっているが、よほど重要な話なのだろうか。人が近づけない部屋を選んだようだ。
「来てもらってすまないな」
既にリオールは部屋で待っていた。
二人が椅子に座ると絶妙なタイミングでお茶が出てくる。
「聞いているかもしれないが、学生時代、僕は君の母君ジュリアに惚れていてね。ブライアンは親友でもあったが恋敵でもあったんだ。結局、僕は負けてしまったけどね。まあ、昔の話だ」
少し寂しそうな顔をしたリオールを見て、ソフィアは言葉が出せなくなってしまった。
「今日、ソフィア嬢を見て、もう婚約者を迎えるお年頃の女性に育っていることに驚いたんだ。今の君ならこれから話す内容も受け止められるだろう」
そう言ってリオールはお茶を一口飲む。
「まず、僕は君に謝りたい。ジュリアを助けられなくてすまなかった」
「えっ?」
「ジュリアは、あの日……、誘拐されたんだ」
「誘拐!? ですか?」
「ジュリアが乗せられた馬車を僕たちがもう少し早く見つけていれば、彼女は死なずに済んだかもしれないんだ」
リオールの話によると、当時、彼は何者かに誘拐されたエトワール侯爵夫人の捜索隊の指揮を任されていたそうだ。
だが、馬車の捜索に時間がかかってしまった結果、ジュリアは命を落としたのだという。
状況から見て、ジュリアは走る馬車から逃げようとして飛び降りたらしいということだった。
若くして侯爵位を継いでいたブライアンは悲嘆にくれ、しばらく社交の場に出て来られないほど憔悴してしまったという。
「その頃、君はまだ小さすぎてジュリアの記憶がないと聞いている。僕が彼女を助けられなかった結果、本来母親から当たり前に受けるはずだった愛情を君が知らないまま育つことになってしまったんだ」
「いえ、閣下のせいではございませんわ。その分、父と兄が私のことをとても大切にしてくれましたので」
「後でわかったんだが、その誘拐事件の黒幕は、トアール国の現国王だ。外交でこの国を訪れた時に、ジュリアを見かけて欲しくなったらしい」
「人妻を連れ去ろうとしたいうことか? あり得ない」
「あの国王はそんなのお構いなしだ。欲しいものは手に入れる。ただそれだけだ」
「罪に問うことはできなかったのか?」
「証拠不足でね。何しろ実行犯や容疑がかかった関係者は皆不審死を遂げてしまったんだ」
「トアール国には後宮があって、今も側室が大勢いると聞いているが」
「その通り。あの国王、もう50代後半くらいになる筈だが、今もなお新しい側室を娶ってずいぶんとお盛んらしい。婚約者がいようが、人妻だろうが気に入ったら強引に連れ去って既成事実を作るのが奴のやり方だ」
だから、とリオールは話を続ける。
「ソフィア嬢、あの国の国王には気をつけるんだ。もしあの男がジュリアのことを覚えていて、執着心が残っていた場合、君は奴に狙われる可能性がある。さすがに帝国皇太子の婚約者にどうこうするなどとは思いたくはないが、用心に越したことはないからね」
「……はい」
「レオナルド殿下、よろしく頼む」
「ソフィア嬢のことは私が必ず守ります。誰にも手出しさせません」
「帝国の皇太子であるあなたなら大丈夫でしょう」
「リオール閣下、重要な情報に感謝申し上げる」
「ありがとうございます」
お礼を言って二人が部屋を出ていこうとしたところで、リオールがソフィアを呼び止める。
「ソフィア嬢」
エスコートしていたレオナルドが立ち止まり、ソフィアが振り返るとリオールが声をかけた。
「……カチューシャを外せてよかったな」
「……っ、ご存じだったのですか?」
ソフィアの目が驚きに見開かれると、リオールはゆっくり頷いた。
「僕もその開発に携わった一人だからな」
「ソフィア嬢。君なら立派な帝国の皇太子妃になれるだろう。頑張って」
「はい。ありがとうございます。リオール閣下もお元気で」
ソフィア達が部屋を出て行ったあと、リオールはテラスに出て、一人夜空を見上げた。
「ジュリア、成長したあの子を見たら君を思い出してしまったよ。不器用な僕はやっぱり君を忘れられないみたいだ」
そして、小さな声でつぶやいた。
「夢でもいい。君に会いたいよ」
◇◇◇
リオールの話が衝撃的な内容であったため、会場に戻る気分になれなかった二人は、来賓であるレオナルドのために用意されていた部屋に入った。
レオナルドはソフィアの頬に手を添えて、表情を確かめる。
「フィフィ、大丈夫か。少し顔色が悪い。あのような話を聞いてしまったら平常心ではいられないだろう」
「私、お母さまのこと、馬車が横転した不運な事故だとずっと思っていたの」
「義父上も君が本当のことを知ってしまうのは避けたかったんだろう」
ソフィアは頷くとレオナルドの胸に飛び込んだ。
「レオ……ぎゅってしてください」
珍しくソフィアから抱きつかれてレオナルドは不意をつかれる形になったがしっかり抱き返す。
「フィフィ……」
「もう少しだけこうしていてくださいませ」
「少しと言わずいくらでも。俺の婚約者様」
ソフィアの頭を撫でながら、レオナルドは、初めてブライアンと会話した時のことを思い出していた。
『……その時は相手と刺し違えてでも娘を守るつもりで生きてきました』
あの時ブライアンが頭に思い浮かべていた相手は……
そいつだ。
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