30 令嬢たちの休暇

 ほどなく学園も建国祭の休暇に入った。


 建国祭の間、王国はお祭りムード一色だ。

 毎年、それぞれの家庭で過ごし方はいろいろだが、1週間の休暇ということで誰もが楽しみにしているのだ。


 特に注目すべきは、音楽系のイベントである。

 街中や公園でも小さめだがステージが何か所か設置されており、予約をすれば素人でも演奏が可能なため人気となっている。

 演奏をたくさんの人に聞いてもらって、プロの楽団や貴族の目に留まれば、その道も開ける可能性があるのだ。


 それを聞くために人が集まり、人が集まる場所には、露店がたくさん出て、普段買うことのできない珍しい他国の品まで手に入ったりするのだ。

 音楽に興味がなくても買い物が楽しみという人もいるくらいだ。


 そして、一番の目玉は、王都で一番大きな音楽ホールでの演奏会だ。連日、選ばれし演奏家たちが素晴らしい楽曲を披露していた。


 音楽ホールでの演奏の中には学生枠があり、学園の音楽祭でトリを務めたチェリストのイーサンと、ソフィア達3人がコラボして4重奏で出場したのだ。


 イーサンの深みのある音が加わったことで音楽祭の3重奏と同じ曲とは思えない素晴らしい演奏となり、拍手喝采を浴びたのだった。


「先輩方、ありがとうございました。僕みんなに自慢できます」

「こちらこそ、未来のチェリストと一緒に演奏できて誇らしいわ」

「プロデビュー楽しみにしているわね」


 謎解きイベントでイーサンとソフィアが同じ班になったことのご縁で成立したものだったが、本当にいい思い出になったと思う。



 演奏会の後、ソフィアは、翌日からの旅行の準備をしていた。

 去年までは楽しみにしていた、今年ももちろん楽しみではあるのだが、この女子旅が少しだけ憂鬱なソフィアだった。


 結局レオナルド、ルイス、そしてエドワードは、同じ日程で同じリゾート地に来ることになっていた。実質的に6人の旅行とも言えなくない状況だ。

 彼らは初日はすぐ近くのハイクラスホテルに宿泊することとなっているが、2日目の午後からは公爵家の別邸に移動し滞在する予定だ。


 ソフィアはなんとかレオナルドに会わずに済む方法を模索してみたが、いい案が浮かばないまま旅行の日を迎えることになる。



 朝から公爵家の馬車が迎えに来て、ソフィアが乗り込んだ。

 この旅行の間は、ソフィアの素顔に慣れたいからカチューシャを取るように言われている。2人の前や邸内では素顔での参加だ。


 伯爵家でマリアベルを乗せ合流すると、他愛のない話が始まった。


 だが、ここのところため息の多いソフィアをエリザベスとマリアベルは心配していたのだ。

「ソフィー、何か悩み事でもあるの?」

「馬車の中なら誰にも聞かれずに悩み相談できるわよ」


「ベス、マリィ、ありがとう。……私ね、片想いって辛いなって気づいたの」


「え? ソフィー? 片想いが辛いってどういうこと?」

「ちょっと待って……話が見えないわ。誰が、誰に? 片想いをしているの?」


「私が、レオ様に、片想いなのよ」


 ……?


 どういう思考回路をしていたらこの結論にたどり着くのか。

 事情を知っているエリザベスやマリアベルからすると、明らかにレオナルドはソフィアにベタぼれだ。

 あんなに分かりやすく、熱い視線を向けているのを生暖か……微笑ましく見ていたので、今のソフィアの悩みが理解不能なのだ。


「えっと、レオナルド殿下がソフィーのことを好きでないと?」

「私には女性としての魅力がないから仕方ないのよ」


 えっ、自信なさすぎ!


 エリザベスとマリアベルは思った。


 カチューシャをつけている時間があまりにも長く、見た目をバカにされることが多かったソフィアは、少し自己評価が低めに育ってしまったのかもしれなかった。


 周りの人間は、レオナルドの重たい愛情からソフィアを守るのに必死だったのだが、それが裏目に出た結果とも言えた。


「ソフィー、レオナルド殿下は、ソフィーのことが好きすぎて、暴走しないように抑えていらっしゃるのではないかしら」

「ベス、レオ様は私に男女の間の好きとか嫌いとかそういう感情は持っていないと思うわ」


 まさか殿下、ソフィーに告白していないとか言わないわよね……。


 これは面倒なことになっているとエリザベスとマリアベルは心配になるのだった。



「気分が暗くなるのでこの話はおしまい。私、大丈夫よ。二人の近況を聞かせてね」


 そこからはいつものガールズトークだ。

 3時間ほどで馬車は公爵家別邸の前に到着したが、話に夢中になっていたため、もう着いたのという感覚である。


 馬車から降りて、エリザベスはマリアベルに小声で伝える。

「マリィ、この旅行の間にソフィーの誤解が解けるように動くわよ」

「わかったわ」

「エドと、ルイス様にも協力してもらいましょう」




 到着した日は、女子旅を満喫したいということで、湖の見えるテラスでお茶をしたりしながら3人で楽しい時間を過ごした。



 2日目は朝食の後、エリザベスとマリアベルはそれぞれお散歩デートだ。婚約者の彼らが迎えに来て外に出かけて行った。

 湖の周りの景色が楽しめる散策ルートがいくつかあるのだ。



 ソフィアはエリザベスに勧められて邸内の図書室で本を読むことにした。別邸の図書室と言っても公爵家のそれはかなりの蔵書数で図書館とも言える規模ものである。


 これならレオナルドの顔を見なくて済む。

 本を読んでいる間は、片想いの締め付けられるような苦しい気持ちも一時忘れられるだろう。


 ソフィアは図書室の奥の方にあった読書机に向かい本を読み始めた。

 前から読みたかった本だったため、すぐに本の世界の住人だ。


 誰かが図書室に入ってきたことも、背後から人影が近づいていることにも気が付かないほどに。



「……フィフィ」

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